SとKのEscape

Neu(ノイ)

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一章:SとK

時に想い出は残酷で 08

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まさか、と嫌な予感がする。
母親を退かそうとしても、彼女は動かなかった。
僕は母の体を動かそうと躍起になっていて、近付いて来る足音に気付いていなかった。

「クロ君? どうしたんだい?」

不意に、玄関の方からサンの声がした。
彼は察しが良い。
異変に気付き、戸惑っているようだった。
僕はありったけの力で叫ぶ。

「さっ、サンくっん、か……母さんが、うごっ、動かないんだ! サン君、救急車、を」

呼んでくれ、と精一杯叫んだ。
父が玄関に向かおうとするのが気配で感じ取れた。
母親の体を力一杯押すと、ごろん、と畳に転がる。
口から頭から目から、血がダラダラと流れていた。
もう少し頑張って、と胸の中で母親に言葉を掛けて、僕は父親の背中に飛び掛かった。
サンの邪魔はさせない。
彼は絶対に救急車を呼んで来てくれる。
そう信じて、僕は父親の拳と脚に耐え続けるのだった。




 真っ白い天井が目に入る。
あれ、と怪訝に思い横を向こうとした瞬間、首から背中に掛けて激痛が走った。

「っい、たぁ」
「気付いたかい、クロ君」

横には真っ赤な目をしたサンが椅子に座っていた。

「こ、こは?」

掠れる声で問い掛ければ、一言「病院」とだけ返ってくる。

「あっ、か、母さんは!? うご、動かなくなって! でも、大丈夫だよね?」

痛む体にムチ打って起き上がりベッドから降りようとすれば、サンの手に止められてしまう。
サンは目を合わせないままで、俯いて首を否定の形に動かした。

「う、嘘……だよね? 悪い冗談は、よしてくれよ。だって、病院にいるんだから、助かっただろ!? なあ、サン君!」

僕は感情のままにサンを怒鳴り付けていた。
信じたくなかったのだ。
それでも、現実は突き付けられる。

「ごめん、クロ君。救急車が着いた頃には、もう手遅れで。どうにもならなかったんだ。折れた骨が心臓を貫いてた」

聞きたくない、と耳を塞いでも、残酷な言葉は僕に届く。


 生きる意味を、僕は無くしてしまったのだ。
彼女を守るために、地獄のような日々も、死にそうな痛みにも、狂いそうになる程の屈辱にも耐えてきたのに。
もう母親はいないのだ。
僕は何のために生きたら良いのか、解らなくなってしまった。
ただ、口からは訳の解らない咆哮が飛び出して、僕は起こした体を反転させると、ベッドヘッドのパイプ部分に頭を打ち付けた。
ガンッガンッガンッ、と響く音が心地良かった。
頭も体も、心も、全てが痛くて悲鳴をあげていても、その行為は僕に心地好さを与えてくれたのだ。
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