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一章:SとK
時に想い出は残酷で 06
しおりを挟む「や、やめ、やめて、下さい。おも、おもっ、思い出したく」
「辛いのは解ります。それでも、貴方は今を生きて行くのだから、受け止めるべきでしょう? 河東先生が許しても、僕は許しません」
もう頭の中がぐちゃぐちゃに回り、訳が解らなくなった。
嫌だ嫌だ、とそれしか言葉が浮かばない。
継生から目を逸らすのに、彼はそれすらも許してはくれなかった。
片方の手が顎を掴み、固定される。
継生の大きな瞳が、僕を貫いていた。
「おねっ、おねがっ、……っ……!」
意味の解らない涙が瞳に溜まる。
可愛らしい彼の顔が、ぐにゃりと歪んだ。
弾む息の中で、必死で懇願しても、継生は手を離してくれない。
目から涙が零れ落ちた。
「クロさん。僕は昨日、貴方に好きだと告げました。貴方は過呼吸を起こして倒れた。貧血なんかではありません。河東先生は、貴方に嘘を吐いているんです」
「あ、あ、あ、嘘だ。な、なに、好き、って、男、同士。僕は、ひんけつ、で」
頭が割れるように痛かった。
今すぐにでも継生を振りほどいて自由になりたい。
それでも、スポーツをやっている彼と、運動不足の僕の筋力の差は大きすぎて、彼はぴくりとも動かない。
はっはっはあっ、と息が苦しくて、縋るように継生を見詰めても、彼は顔色一つ変えずに言うのだ。
「僕は同性の貴方を好きだし、異性にするみたいに、キスやセックスだってしたいと思ってる。貴方は何を抱えているんですか? 一体何が貴方から記憶を奪っているんですか?」
淡々と告げながらも、継生は力強く僕の体を腕の中に閉じ込める。
それさえも認識出来ないぐらいに、僕の頭はある単語に反応していた。
ある映像が頭を駆け巡る。
幼い僕が父親に犯されていく場面が、脳裏を埋め尽くす。
ああ、ああ、ああああっ、と叫ぶ。
声の限り叫んだ。
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