SとKのEscape

Neu(ノイ)

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一章:SとK

現実逃避 07

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サン以外の人間に、下の名前で呼ばれたことはない。
頷くも擽ったい気持ちになり、はにかんでしまう。

「河東先生は名前で呼んでいるじゃないですか。ずっと羨ましくて。有り難う御座います。クロさんって、呼びますね」

すっ、と継生の大きな瞳が細まった。
嬉しいのだろう、抑え切れない笑みが溢れている。
照れ臭そうに片手で口許を覆い隠す継生は、やはり可愛らしいなと思う。
僕には兄弟がいないが、居たらこんな感じなのだろうかと、つい想像してしまった。
そうこうしている内にも、列は進み、やっとカウンターが見えてくる。


 サンと名前を呼び合うようになったのは何時だったか、ふと思い出す。
あれは友人になってから、一ヶ月程の時だったか。
僕は初めて、サンを家に呼んだのだった。




 あの頃の僕は、家に帰るのが恐ろしくて堪らなかった。
優しい大好きな母親と、全てを壊す大嫌いな父親。
酒の臭いが充満する、狭いボロアパート。
其処は、地獄のような場所だった。
思い出す度に、体のあちこちが痛みを訴える。
錯覚だと、解っている。
それであっても、刻まれた痛みと恐怖は、消えることなどないのだ。
一生、消えないのだろう。
七歳にして僕は、人生を悲観していた。
そんな僕に、初めての友人が出来たのだ。
嬉しかった。
どんなに心が躍ったことか。
友人が一人出来るだけで、こんなにも希望が沸くなんて、僕は知らなかった。


 母に話すと、喜んでくれた。
そして、呼んだらどうかと、そう言ってくれたのだ。
僕が今までになく嬉しそうで楽しそうにしていたのが、母には伝わったらしい。
僕は、母の心遣いに言葉が出なくなるぐらいに胸が詰まった。


 学校でサンに告げると、目を瞬かせて僕を見ている。
表情は相変わらず読めない。
返事がなかなか返って来ないので、ダメなのか、と思い俯くと、サンの照れたような、それでいてぶっきらぼうな言葉がやってきた。

「別に、行けないこともないけど。17時までには帰るよ。家の人間が煩いからね。川路君の家は、どこら辺なの?」

顔を上げてサンを見詰めた。
心なしか、頬が緩んでいるように見える。
視線は逸らされているが、それでもサンは頷いてくれたのだ。

「あ、ありがと、かとう君。あの、その、うち、ボロくて狭いし、人、呼べるようなとこじゃないんだけど、大丈夫かな?」

家のある地区を答えた後、オドオドと尋ねれば、サンに鼻で笑われた。
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