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一章:SとK
喧嘩 03
しおりを挟むデスクの内側、足を置く場所の隅に、ひっそりと置かれているカバンを手に取った。
黒いビジネスカバンだ。
シンプルだが機能性の高いカバンである。
重宝しているカバンなのだが、結構長いこと愛用している。
そのためか、草臥れている感は拭えない。
そのカバンを肩に掛けて立ち上がる。
もういい加減帰らないと、クロが心配するだろう。
「話は其れだけかい? 川路さんが心配するから、ボクはそろそろ帰るよ。ああ、明日遊ぶならお金も渡さないといけないな」
目線より下にある継生の顔を覗き込むように会釈をし、扉に足を向ける。
ふと思い付いたことを口にする。
余計なお金になるか、お金が活きるかは、背後の男に掛かっている。
自分の出番が訪れないことを祈りながら横開きの扉に手を掛けた、その時だった。
「先生は、川路さんのこと、どう思っているんですか? 好き、なんですか?」
ガタッ、と継生が立ち上がる音に続いて、彼の切羽詰まったような言葉が背中に降りかかる。
余裕がないようだ。
何をそんなに焦るのか。
ボクには解らない。
ボクはゆっくりと振り返り、口端を上げた。
ふわり、と微笑む。
継生が息を飲むのが聞こえてきた。
滅多に笑わない人間が笑った驚きに、だろう。
「愚かな、質問だね。全く愚問だよ、敷家君。好きか嫌いで図れるような想いなら、こんなにも苦しんだりは、しないさ。愛しさも憎しみも、後悔も自戒も、ある。言葉一つで表せるような想いでは、ないんだ。君のように単純だったなら良かったよ」
フン、と鼻で嗤う。
自嘲である。
言葉を探している継生を置き去りに部屋を出た。
気持ち扉を閉める音が大きかったかもしれない。
珍しくも感情が昂っているようだった。
イライラしている。
継生が馬鹿なことを聞くからだ。
ボクは、感情を抑えるように息を吐き出した。
髪に片手を差し入れ、ぐしゃりと掻き混ぜる。
彼には、言葉の意味を理解出来ないだろう。
単純な人間に、二重にも三重にも絡まった想いを理解出来る筈がないのだ。
腹が立つ。
あんな単純な男に、良くもまあ、精神科医が勤まるものだと思う。
彼の場合、コネも多いにあることは知っている。
お金持ちの子息という話だ。
病院に寄付をしている家の長男。
病院側も扱いには気を使うのだろう。
病室の広さからも其れは現れている。
クロも怪訝に思っているようだった。
敢えて聞いてはこない臆病振りが、彼らしい。
イライラを抑えながら歩く。
気付けばバス停が目の前に見えた。
既にバスは待機している。
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