上 下
47 / 59
二章:訪れた変化

誘拐された場合(2)02

しおりを挟む


 鬱々と考え込んでいると、古い扉が開く音が響いてくる。
後ろを振り向くと、神父が息を切らして走ってきた。
俺の隣で立ち止まり、険しい表情でこう口にする。

「街外れで女性に担がれるミルを見た人がいた。介抱しているような素振りだったから気にならなかったそうだが、女には見覚えがなかったそうだ。急ごう、フィン。ミルに危険が及んだ時に彼が出て来ないとは言い切れない。最悪、死人が出る。キルが暴走する前に止めなくては」

俺の肩に手を置いたブランが誰に言うでもなく呟き唇を噛み締めては俯き首を左右に振っている。
キルが誰なのか。
何故、死人が出るのか。
聞きたいことはあったが、今はそれよりもミルを助けることの方が優先事項だった。
ミルに危険が及ぶと考えただけで手当り次第に破壊したくなる。
ふつふつ、と煮え滾る激情を押し込め、扉に身体を向けた。


* * * * * *


 ブランの運転する車に乗り込み、向かった先は郊外の畑と果樹園が広がる一角にある寂れた工場だった。
既に廃業しているのだろう、機能している様子はみられない。
もう使われていない筈の工場の敷地内に一台、車が停まっていた。
その車の横に駐車し、車から飛び降りる。
ブランの背を追い掛けるようにして工場まで走った。


 神父越しに見えた工場内は、使われていない大型の機械が埃を被り点在している。
そんな機械と機械の間の埃まみれの床に転がる女が一人。
その上に跨り女の首を締め上げているミルがいた。


 姿形は確かにミルだった。
しかし、その表情は決して彼が浮かべはしない残酷なものだ。
殺人鬼の顔だと瞬時に察したのは、ブランの言葉のせいなのか、はたまた数年前に聞いたミルの言葉のせいなのか。
同類だからだ、と囁かれた気がしたのは自意識過剰なのか。
見たこともないミルを目の前にして、俺の頭は真っ白になっていた。
心の奥底から人間を嫌悪し、甚振ることを愉しんでいる。
命を奪うことにさえ何の躊躇もみせない悪魔だった。
ミルの姿をした悪魔は、俺が恐れていた俺自身そのものにも思える。


 俺が動けずにいる間にブランがミルを取り押さえ、女は命を奪われずに済んだ。
神父に声を掛けられ漸く働き始めた俺の思考は、ミルの頬の腫れにばかり向いてしまう。
ほっそりとした色白の顔には、殴打の痕が残り痛々しい。
ミルを傷付けた人間を生かしておきたくなかった。
今すぐにでも殺してしまいたい。
焼き切れそうな理性で抑え付けた衝動を嘲笑うかの如く、キルと呼ばれたミルに胸部を叩かれる。
ミルを守れるのは自分だ、と牽制された気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

おしっこ8分目を守りましょう

こじらせた処女
BL
 海里(24)がルームシェアをしている新(24)のおしっこ我慢癖を矯正させるためにとあるルールを設ける話。

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

処理中です...