みおそてぃす

一章：偵察

智如と雪代さん家の関係 08

溜息を吐き、身の内から恐れを追い出したかった。

「そうだな」

だが、息は出て行っても、恐怖はいつまでも智如の中に残っている。
明紫亜から体を離し、振り切るように立ち上がった。

「そうと決まれば早速、電話するかな。明紫亜、ありがとう」

ぼふん、と掌が明紫亜のキノコのような茶褐色の髪に埋まる。
電話をするために向かったキッチンで、折り畳んでポケットに突っ込んでいた履歴書を取り出した。


＊　＊　＊　＊　＊　＊


　数時間前に工場へ突然やって来た青年は、チャラい見た目に反してスーツをきっちりと着こなし、面接して欲しいと履歴書を差し出してきた。
非対称の茶色の髪で今時の若者といった彼の手は、可哀想な程に震えていた。
その場で断ろうと口を開いたのに、智如は彼を事務所に通していたのだ。
何故なのかは解らない。
ただ彼のはにかんだ笑みを眩しいと感じた。
冷子や明紫亜の悲しみを閉じ込めた明るい笑顔とは違う、逆に悲しみを吹き飛ばした太陽みたいな、カラリ、とした笑顔だった。


　彼は、志島 淳志（シジマ アツシ）と名乗った。
智如の奥深くに棲み着いている冷子の笑顔を、掻き消してしまう強さが彼にはあったのだ。
恐ろしかったのだろう。
いつまでも彼女に囚われていてはいけない、と思いながら、何処かで冷子を忘れて生きていく未来を恐れている。
淳志の存在を無意識に恐れ、それなのに、彼を引き剥がすことも怖かった。
身動き一つ取れない臆病な智如の元に現れた青年の笑顔を想い出しながら、智如は電話番号を押していくのだった。