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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
秘密の関係 111
しおりを挟む高鳴る心臓が苦しいと喘ぐ。
どっどっ、どっ、と主(あるじ)に苦しみを訴えている。
それでも、その苦しみごと愛しくて「ふんえ」と変な声が飛び出てしまう。
「言っただろ? 甘やかしたいんだよ。ほら、大人しくして」
あまりにも心臓が暴れ立てるので、口から出ていくのではないかと怖くなった。
振り向いて断ろうとした明紫亜の目論見は叶わず、耳元を擽る低音に身動き一つ取れなくなる。
やっ、と口を吐いた拒否の言葉は無視され、イヤイヤ、と振った首は司破の腕に固定されてしまう。
「髪の毛乾かすぐらいで泣きそうな声を出すな。苛めてるみたいだろうが」
えう、あう、うう、と言葉にならない戸惑いを吐き出す明紫亜の頬を司破の掌が撫ぜていく。
ゴオォォォッ、と温風が髪を乱していき、頬を擽っていた司破の手に髪を梳かれる。
「だっ、て。だっ、て。こんなの、変、です」
両手で顔を覆い隠す明紫亜は羞恥で死ねそうだった。
恋人とはこんなにも身近なことまで委ねてしまう存在なのだろうか、と涙すら目に浮かぶ。
「あ? 何がだ?」
「こういうのは、夫婦で、することだもん。恋人の段階でするだなんて聞いてない。だって、ユキちゃんはソーゴ君にしかしないし、マコさんだってソーキチさんにしかしてなかったもん。僕達、まだセックスもしてないのに……破廉恥です」
本気で訳が解らないと問う司破に明紫亜がボソボソと答えた。
雪代家の当主である雪代 蒼吉(ユキシロ ソウキチ)と妻の真胡(マコ)は、蒼護の父母であり、明紫亜とは血の繋がりはないが祖父母のような二人だ。
ドライヤーのボディー部分で頭頂部を軽く叩かれ、明紫亜の口は不満気に尖っていく。
「本当にお前は。……変なキノコだな。もっと恥ずかしいことも破廉恥なこともしてんのに、このぐらいで何が破廉恥だ」
ぐぬう、と呻く明紫亜の髪に温風を当て、靡く髪を梳く司破の手は優しい。
恥ずかしくて死にそうで、それでも明紫亜の心は綿菓子みたいに、ふわふわ、としてしまう。
ふぬぬう、と低い声を出しながらも司破にされるがままに身を任せていた。
優しく頭皮を刺激され、心地良さに目蓋を下ろす。
「……司破さんになら、破廉恥なことされても全然嫌じゃないもん。気持ちいいの、スキ。恥ずかしいけど、我慢します」
うっとりと告げる明紫亜の口からは、くふくふ、と笑い声が漏れている。
温められて乾いた髪は、ほわほわ、と膨らんでキノコにと戻っていく。
おしまいだ、と言うように司破の手に頭を軽く叩かれる。
「ケーキ、用意しといて」
洗面所に向かう司破に「はーい」と手を上げた。
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