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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
秘密の関係 76
しおりを挟む司破の温もりが手から消えた後に、彼の指が伸びて来て顎を掬われた。
上向いた視界に入るサイボーグのような無表情が明紫亜を見詰めている。
いつもの彼よりも熱い視線だった。
司破と出逢ってから何度目になるのかも解らない、狡い、が頭の中を埋め尽くす。
この男はいつだって、明紫亜が散々悩んで絶望してしまう大事を些事だと言い切る。
新しい価値観を植え付ける。
今までの自分が如何に小さくて狭い世界に囚われていたのかを突き付けられた。
それらはとても優しく明紫亜を包み込むのだ。
痛い筈の言葉は、心地良く心を撫でていく。
「司破さんの存在は、僕にとっては唯一無二なんだと思う。他の人じゃ駄目なんです。誰に反対されても司破さんといたい。独りに、しないで、ね。僕を、捨てないで」
ケーキの箱の持ち手を強く握り過ぎて、ぐしゃ、と潰れてしまう。
杉木を拒む恐怖に堪えてでも司破といたいと願ってしまうのは、いつだって司破が明紫亜の心に残っていくからだ。
司破の存在が、言葉が、誰にも見せずに抱え込んできた柔く弱い部分を明紫亜自身に曝け出させてしまう。
必死で隠そうとするのに、優しく暴き立てるのだ。
涼子にでさえ遠慮して言えなかった明紫亜の心の深い部分を抉っていく。
彼にならば自分の全てを捧げてしまえる、そんな信頼すらあった。
「そう。捨てやしないが。他の男に跡つけられてんじゃねぇぞ、馬鹿キノコ。杉木、か?」
特に怒った様子もなく静かな口調が狭いエレベーターの中で響き、明紫亜の顎を支える指が下降する。
首筋を撫でた司破の瞳が、すっ、と細くなった。
感情の窺えない顔で見詰められ、無意識に息を詰めてしまう。
保健室で噛まれた首筋に噛み跡が残っていたのだろう。
明紫亜は司破の目を逸らすことなく見遣り、こくん、と頷いた。
「ごめんなさい。でも僕。ちゃんと拒んだんだよ? 司破さんしか愛せないって、怖かったけど、言えた。本当の気持ち、隠さないで伝えたよ」
司破にだけは解って貰いたい。
どんなに杉木の存在が明紫亜の中で大きくとも、司破に代われる人間など存在しないのだ。
杉木の唯一無二が明紫亜ならば、明紫亜の唯一無二は司破なのである。
唯一無二の存在に拒絶されるのは恐ろしい。
きっと自分は杉木にとても酷いことをしている。
司破に拒絶されたら正気でいられる自信がない明紫亜には、彼の痛みを良く理解出来た。
それでも明紫亜は司破を選んでしまうのだ。
心が体が、明紫亜の細胞全てが、司破を欲してどうにもならない。
その気持ち全部が伝わらなくても良い。
ほんの一部だけで良い。
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