あべらちお

Neu(ノイ)

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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼

秘密の関係 29

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明紫亜が母親を嫌うのはやめようと思えたのは、冷子のお陰だった。
彼女の言葉があってはじめて、明紫亜は母の不器用な優しさに気付けたのだ。


 ぎり、と唇を噛み締めると、細く長い息を吐き出し、気持ちを切り替えようと両頬を叩く。
冷子を思い出す時、胸がどうしようもなく痛む。
大丈夫、と小さな呟きを溢し、明紫亜は部屋から出ていく。
一階に降りていくと小畑が夕飯の支度を始めていた。

「おばちゃん。友達と約束あるから、少し出掛けてくるね。遅くなるかもしれないけど、お迎えとかいらないからね? ご飯は帰ってから食べるし、残しておいてくれる?」
「ん? なんだ明紫亜、もう友達出来たのか? 良かったな。勿論取っておくけど、何だったら友達と食べて来たって構わないよ」

ボールの中の卵を泡立てている小畑の背中に声を掛けると、彼の顔が振り向く。
泡立て器をシャカシャカと鳴らしつつも嬉しそうに笑っていた。
もう吹っ切れた様子に明紫亜も安堵に微笑む。

「ううん、おばちゃんのご飯が食べたいんだ」
「はは、そりゃ光栄だな。今日は明紫亜の大好物だぞ。オムライス、好きだろ? 涼子が言ってた。明紫亜はオムライス食べると、どんなに元気がなくても途端に復活するって。帰ったら声掛けてくれ。明紫亜の分はその時に作るからさ」

オムライスは幸せを運んでくる食べ物なのだと、涼子に言われたのは何時だったか。
母親に捨てられたと塞ぎ込み何も受け入れようとはしない明紫亜に、涼子が言った言葉をいつまでも忘れずに胸にと仕舞い込んでいる。
大切な言葉だった。

「おばちゃん、僕のこと甘やかし過ぎだよ。あんまり遅くならない内に帰るね」

屈託のない笑みを向けてくる小畑に胸が苦しくなり、誤魔化す為に口端を上げる。
楽しみだなあ、と呟けば泡立て器を置いた小畑の手に頭を撫でられた。

「……もっと甘えてもいいのに明紫亜が甘えてくれないから、勝手に甘やかすしかないだろ?」

くしゃり、と髪を摑まれ、視線を合わされると、心が落ち着かなくなる。
司破も甘えて欲しいと言うが、大人は明紫亜に何を求めているのだろうかと、訳が解らなくなるのだ。
恐怖に肩が震えてしまう。

「甘えるのは、苦手だよ。僕なんかが甘えたら、駄目なんだ。そんな資格、どこにもない」

フルフルと首を横に揺らして目を下に向けた。
どうして皆して甘えろと言うのか、明紫亜には理解出来ない。
否、理解することが非常に怖かった。

「明紫亜。甘えるのに資格なんかいらないだろ? それとも、やっぱり俺は家族じゃないから、涼子みたいには甘えられないか?」
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