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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
秘密の関係 10
しおりを挟むそれを誤魔化すかのように、小畑は明紫亜の世話を焼く。
明紫亜がやるせなくなってしまうのは、彼は明紫亜に亡くした恋人を重ねているのだ。
叔母の冷子と明紫亜は、雰囲気と顔の造りが似ていた。
時折、小畑から向けられる眼差しは、冷子に向けていたと思われるもので、何度か注意した程である。
本人は自覚があまりないようで、指摘されると慌てて照れたように嗤う。
明紫亜はそれがとても痛かった。
神沼 冷子(カミヌマ レイコ)は、明紫亜の母、神沼 温子(カミヌマ アツコ)と涼子の妹だった。
天真爛漫で向日葵のような明るい笑顔の似合う人で、明紫亜は冷子の明るさに憧れた。
明紫亜を絶望から救い上げたのが涼子なら、明るくいることを教えてくれたのは冷子である。
苦しくても笑っていれば、きっと楽しいこともある筈だと、冷子はどんな状況でも笑みを絶やさなかった。
苦痛、激痛、嘔吐感、食欲不振、食事制限、自由を奪われる治療の中でも、彼女が挫けることはない。
抗癌剤治療で髪が抜け落ち、ツルツルに禿げた頭を見せて、満面の笑みで冷子は言うのだ。
「女に生まれてきて、こんな体験は滅多に出来ないよ? ふふ、楽しいね。私、イケメンだと思わない?」
そう言って頭を撫でる冷子の本音は、誰もが知らない。
小畑でさえ知らないだろう。
その心に絶望を飼いつつも、それを他人に見せることもなく、冷子は生き抜いた。
彼女は最期の最期まで、その笑顔を貫き通し、弱音も吐かずに生命を全うしたのだ。
辛くない筈などない治療だった。
苦痛は彼女にどれだけの絶望を与えていたのか、想像も出来ない。
死ぬことを宣告され、死を間近に感じながらの日々が、恐ろしくない人間などいないだろう。
明紫亜は思うのだ。
あの笑顔は、一体どれだけの恐怖を押し殺し、苦痛を押し込め、弱い自分を封じて、なされていたのだろうかと。
一体それを解っていた人間が、どれだけいるのだろうかと。
笑っていられる強さを、ただの強さと受け止める人間ばかりだ。
弱さ故の強さだと、気付いた人間が果たしてどれだけ存在するのか。
笑っていなければ、精神はどこまでも墜ちていく。
絶望は精神を喰い尽くし、果てしなく終わりの見えない苦痛を与え続けるのだ。
笑うことで絶望を誤魔化して生きている内に、段々と泣き方すら解らなくなる。
冷子の笑顔は、絶望に打ち勝ったなどと言う生半可なものではなく、絶望に負ける自分を殺し続けた結果のものなのだ。
その生き様は、自殺願望者の明紫亜には痛い程に理解出来るものであった。
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