あべらちお

Neu(ノイ)

文字の大きさ
上 下
73 / 242
一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼

オリエンテーション 23

しおりを挟む


『要らないわよ、そんな汚い子。死ねば良かったのに、しぶといんだから。私には必要ないから、捨てようとしただけでしょ。そんなにコイツが好きなら、涼子が育てたら?』

その女の声は、母のものだった。
きっとこの記憶は、いつもすぐ傍にあって、それでいて表面に出て来ないように気付かないフリをされてきた、そういうものなのだ。
忘れていた訳ではない。
常に恐れはあった。
汚い不要物であると他人に知れてしまうことの恐怖が、いつだって明紫亜の胸を締め付けている。
だからこそ、明紫亜の心を掻き乱して潰して、グチャグチャにしていくのだ。


 これが三文芝居だと知っていて、頭の中は支離滅裂になっている。
この場にいるのが辛くて、明紫亜は口を押さえたまま何も言わずに踵を返した。
バタバタと音を立て、必死で玄関に向かう。
靴を中途半端に履き、外に飛び出した。
階段を勢い良く駆け降りて行く。


 残り数段のところで足を踏み外した。
中途半端に履いた靴がいけなかったのだろう。
ずるり、とバランスを崩し、ズダダダダッ、と下まで転げ落ちる。
臀部と腰を打ち付けて痛んだが、それよりも胸が痛くて、左胸を押さえた。

「痛いよ、苦しいよ、ユキちゃん。ユキちゃん、ユキちゃん、ユキちゃん。怖いよ、辛いよ、苦しい。ぼ、く。要らないんだって。必要ないって。死ねばいいって。それならなんで、そんな不要物、産んだりしたの?」

仰向けに背中を階段に預けたまま上を向くと、顎が剥き出しになり、先程から止まらない涙の流れが変わった。
過去と今とが支離滅裂に絡んで訳が解らなくなる。
何度も叔母を呼んで、そうしないと自分を保てないのだと思い知る。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

昔に戻りそうになる度に、明紫亜は叔母のくれた言葉を御守りのように何度も何度も繰り返し唱えた。

「ユキちゃんが、愛してくれる。大事にしてくれる。ユキちゃんがいれば、大丈夫」

叔母の言葉だけを胸に抱いて、それだけを頼りに明紫亜は生きている。
それでも、この日は胸の中で小さく、司破さん、と唱えていた。
きっと司破は、明紫亜の中に入り込んで、意図も簡単に心の傷を癒していく、そういう人間なのだ。
だからこそ、司破に捨てられたら立ち直れない気がした。


 ヨタヨタと立ち上がり、明紫亜は痛む体を引き摺りつつもマンションから立ち去って行く。
片手にはスマホが握られている。
それを物陰から窺っている人物には気付くことはなかった。
アシメにした茶髪を片手で掻き乱し、男はおかしそうに嗤っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...