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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
凹凸の巡り合わせ 16
しおりを挟む何も聞かれないし、何も言わない。
それで十分だった。
笑え、その一言で、明紫亜の気持ちは上を向く。
うん、と頷いて車を降りた。
「司破さんは、セックス好きですか?」
駐車場を抜けて、マンションの入口に向かいながら、問い掛ける。
明紫亜の唐突な意味不明とも取れる言動にも慣れてきたのだろう、司破は溜息を一つ吐いて彼の頭を叩いた。
「学校では先生先生呼んでたのに、いきなり名前呼びかよ」
明紫亜の問いには無視をして、自分の部屋がある階を目指して階段を上がる。
司破の後を追い掛けて、明紫亜も階段に足を掛けた。
「学校では、そりゃ、先生と生徒ですから。きっちりかっちり、ケジメはつけないと。学校の外に出たら良いんですー。司破さん司破さん司破さん」
唇を尖らせて明紫亜は前を行く司破の背中に向かい、しーばさんと叫ぶ。
「うるせえ、連呼すんな」
「無視する司破さんが悪いです」
振り返る司破に向かい、べぇっ、と舌を出して、ふん、と横を向いた。
「外で話す内容じゃねえだろ。お前、少しは状況判断しろよな」
そんな明紫亜を構うことなく司破は階段を上がっていく。
3階フロアに入って行くと、一番右端の部屋の前で立ち止まる。
後ろから明紫亜が追って来るのを目に、鍵を取り出して解錠し、ドアノブを引いた。
明紫亜の腕を掴むと、ぐいっ、と引っ張り、そのまま部屋に連れ込む。
扉が閉まる音の中、明紫亜は司破の腕に包まれていた。
背中を閉まった扉に押し付けて、体が離れていく。
「司、破さ」
「メシア」
初めて下の名前を耳許で囁かれて、あ、と明紫亜の口から戸惑いの声が漏れた。
耳の後ろから髪に手が差し込まれ、後頭部を指先で撫でられる。
無表情の癖に優しい触り方で、明紫亜は強く強く唇を噛んだ。
優しくされると嬉しくて、その分だけ胸が痛んだ。
強く酷く痛く、死ぬ程の苦痛が、欲しかった。
それでも、司破の優しさが嬉しくて嬉しくて、堪らない。
手放したくなくて、ずっとずっと彼の腕の中にいたくなる。
それが怖かった。
「やさ、しく、しないで、よ」
ふるふると首は横に揺れる。
逃げるみたいに俯いた。
「メシア」
もう一度、名前を呼ばれて、そろそろと顔を上げる。
なあに、と首を傾けて、自分を騙すように笑顔が浮かぶ。
「何、食べたい?」
表情の動かない顔が降りてきて、額同士がぶつかった。
息の掛かる距離で見詰め合って、触れ合って、互いの気持ちも知らないのに、恋人のように戯れる。
そこに、意味はあるのだろうか。
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