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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
凹凸の巡り合わせ 12
しおりを挟む明紫亜にとって、その言葉一つ言うのに、莫大な勇気と葛藤が必要なのだ。
それを言葉一つで言わせるこの男はとてもとても最大級に、狡い男である。
「あ? 何だよ、言い難そうにするから、すげえ高いフレンチとかイタリアンかと思ったわ。早く言えよな」
拍子抜けしたとばかりに、ははっ、と笑う司破は、明紫亜の心を掻き乱す。
ふおお、と奇声を発して、明紫亜は司破に背中を向けた。
「おトイレ、行って来ます。おパンツの中、綺麗にしてくるよー。もう先生、これから擬似プレイの時は脱がせて下さい。洗うの大変なんだからね! 玄関で待ち合わせで、ヨロですっ」
振り返って、べぇっ、と舌を出せば、ばたばた、と上履きを鳴らして立ち去って行く。
* * * * * *
明紫亜がいなくなると、大きな溜息を吐き出して司破は天井を見上げる。
普段、グイグイと押し入って来るキノコが、遠慮云々ではなく、何かを恐れているかのように動きを止める時がある。
言葉を呑み込み、何も言わなくなる。
それが、自分のせいなのか、他に原因があるのか、はっきりとはしない。
だが、今更あのキノコが司破を恐れると言うこともないだろう。
となれば、原因は明紫亜にあるのだ。
幼い頃から見ていたと言うセックスに、経験もない癖に情事に対しての手慣れたような振る舞い。
公共機関の乗り物に乗れない程に人に触られるのが嫌なのだろう。
”こんな僕” に作ってくれるご馳走とケーキが嬉しい、と言っていた。
手料理を食べたいと、それだけを言うのに一生分の勇気を使い果たしましたという顔をする。
彼は、愛を知らないのだろう。
恐らくは、手料理も作って貰えない環境にいた。
頭を撫でると思いっ切り嬉しそうで幸せだという表情を魅せるのは、優しく触れて貰うこともなかったのか。
推測は幾らでも立つ。
可哀想だと思うことはない。
そういう人間は、案外多いものだ。
暗い過去は、人の数だけあり、明紫亜もまた、そういった何かを抱えている、それだけの話に過ぎない。
彼の生い立ちなどは、どうでもいい。
明紫亜を構成する些細なものに過ぎない。
そんなものに司破は興味も抱かない。
そもそも、他人に興味を抱くことすらないのだ。
それでも、明紫亜が言葉を呑み込むと、胸の奥が激しく焼ける。
司破の顔色を窺う仕草にムカムカと腹が立つ。
司破以外の『何か』に縛られる明紫亜を見るのは面白くない。
キノコの癖に司破を掻き乱すのだ。
他人のことなどどうでもいい筈が、明紫亜が笑っていないと胸がざわつく。
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