44 / 68
閑話:アリスと兎と卒業式
アリスと兎と卒業式 03
しおりを挟む「ごめんね、カケル。気を付けるよ」
そんな様に愛しそうに目を細め、翔は謝罪の言葉を口に乗せる。
小さく縦に動く架の頭を眺め、彼は立ち上がった。
「ほら、早くご飯食べなよ。遅れるよ。僕、先に着替えてくるね」
かたん、と椅子を引く音に架の顔が上がる。
食べ終わった食器を手にする翔と目が合った。
「ああ、食うよ。また後でな」
食器をキッチンに運ぶ翔の背中に声を掛けて食事を再開させるのだった。
あの後、朝食を済ませ二階に上がると、部屋の前に長田が立っていた。
手にはスーツ一式がある。
「さて、坊っちゃん。お着替え致しましょう」
にこりともしない鉄仮面の頭が下がった。
いつ見ても綺麗なお辞儀だと感心する。
「翔は?」
「着替え終わりましたよ。お御髪を整えておいでです」
「そう。あ、オサダさん。俺一人で」
気になって問い掛ければ、当たり前だとばかりに即答された。
苦笑を溢すも、一緒に部屋まで入って来そうな彼女に大丈夫だと断りを入れようとする。
「駄目で御座います。旦那様と奥様からの言い付けですので、諦めて下さい」
「あー、そう。解ったよ、頼むわ」
だが、鉄仮面に首を横に振られてしまう。
ふう、と息を吐き出した。
こうなると絶対に意見は変わらない。
片頬を掻きながら了承の意を伝えた。
長田を先に部屋へ通し、その後に自分も入る。
扉を閉めて長田と向き合えば、彼女はスーツをクローゼットに掛けて、真っ白のシャツだけを架に渡した。
「まずはこれをお召しになられて下さい」
「ん、解った」
架はシャツを受け取り、一旦それをベッドの上に置いた。
着ている服を脱ぎ捨てて、シャツに腕を通す。
ボタンを留めている間に、首にネクタイを巻かれた。
長田の顔は俯いていて、何を考えているのかは解らなかった。
「坊っちゃん」
「何、オサダさん」
「大きくなられましたね」
ぼそり、と微かに長田が呼んだ。
ボタンから目を上げずに返事をすれば、常に感情の窺えない長田から震えた言葉が飛び出す。
驚いて彼女を見る架に、長田はくしゃくしゃの泣き出してしまいそうな顔を向ける。
「私は自分の子供を産むことが出来ませんでしたが、坊っちゃんのお陰で寂しくはありませんでしたよ。本当に、ご卒業おめでとう御座います」
涙を堪えて、お世辞にも綺麗とは言えない歪んだ顔で、それでも気持ちを伝えてくれたことが嬉しくて、堪らなく彼女を抱き締めていた。
いつも傍にいた彼女も、架にとっては大事な家族なのだ。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる