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一章:不良アリスとみなしご兎
みなしご兎は孤独か否か 04
しおりを挟む壁に掛けられた花柄のふわふわとしたフェイスタオルで濡れた手を拭く。
ふと気配を感じ振り向くと、其処には40代のオバサンがいた。
今度は母親である。
毛先が顔に貼り付くようなショートカットで、気の強さが前面に出た強面、重ねて愛想のないオバサンだ。
洗面所と廊下を仕切る扉は半分開いている。
其処に掴まり立ちしている母親は、無感情だ。
久しぶりに会った息子の、頭から足の先までを舐めるように見ている。
「夕飯、一緒に食べるんだって? 変なもんでも食ったのアンタ? うがいは10回よ」
「お帰りも言えねえのか、アンタは。其れが母親の言う言葉かよ。其処に居られると出来ねえだろうが、出てけよ」
つい頭にきて乱暴に言い放つ。
母親の顔はピクリとも動かず、体もその場で静止している。
動く気はないようだ。
しかしながら、長田と並べば鉄仮面コンビだ。
くだらないことを頭の中で考えながら、洗面台に置かれた自分専用のコップを掴む。
水を汲み、口に運べば、がらがらと音を立ててうがいをする。
その間も母親の気配はあり、背中に痛いぐらいに視線を感じた。
「……オカエリ、かける。母さん、嬉しいよ。ありがとう」
うがいをするガラガラ音に混じって、母親の声が響いてきた。
雑音が煩いのにも関わらず、何故かはっきりと聞き取ることが出来た。
驚きに変なところに水が入り込み、噎せてしまう。
げほげほしながらも、濡れた口許を手の甲で拭い、後ろを振り返る。
母親は、音もなく泣いていた。
「何で、礼なんか。俺が、俺がもっと、大人だったら、傷付けることも、なかった」
拳を握る。
掌に爪が食い込む。
やりきれない。
翔の話を聞いて、喪ってからでは取り返しがつかないのだと気付かされた。
いつまでも意地を張るのは、餓鬼のすることだ。
俺は俯いたまま言葉を探す。
しかし、何も言えなかった。
「バカだな、かけるは。親ってもんは、子供が一番可愛くて、どんな苦労を掛けられたって、命に変えても守りたい、そう想うんだよ。自分の元に帰ってきてくれたら、それだけで嬉しいんだ。憎まれ口叩いたって良いよ。でも、顔だけは見せて欲しい。母さん、かけるが大事なんだ」
普段の鉄仮面は何処へやら。
涙の後が残る母親の顔は、真剣そのもので、俺は黙って頷くことで精一杯だった。
あの後、母親は何事もなかったかのように鉄仮面に戻り、また後で、と言い残し立ち去った。
俺は何とも言えぬ燻りを抱きながら、自室に向かった。
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