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一章:精神病×難病×家庭教師
家庭教師の過去 03
しおりを挟むパチパチと瞬かせる目からは、次から次に水滴が溢れて零れていく。
椎名さんの指が、目尻に触れた。
優しく拭っていく指先に、俺の胸は余計に苦しくなる。
「しっ、いな……さん。おれ、俺ね。夢を見たんだ」
「うん」
「この前みたいに、椎名さんの、夢、だった。ねえ、椎名さん」
「なあに、つぅ君」
椎名さんの指が、目尻から離れて、両の掌で俺の頬を挟み込んだ。
上から見詰められて、俺は息を詰める。
こんな気持ちは、知らない。
とくんとくん、と鼓動が煩く感じられる。
どうして、椎名さんに見詰められると苦しいのか、俺には解らなかった。
「椎名さんは、苛められてたの? 病むまでずっと耐えてたの? なあ、俺。すごい悔しいよ。椎名さん、こんなに優しいのに。何で……っ」
止まり掛けていた涙が、また溢れ出す。
椎名さんは驚いたのだろう。
言葉を失い、暫く瞬きを繰り返して俺を見ていた。
「うん、そうだね。俺も悔しいよ。けど、こうやって、つぅ君が俺を想って泣いてくれるだけで、何だろう、報われた気がする。ありがと、つぅ君」
ふわり、と微笑んだ椎名さんの顔が、ぐんっと近付いてくる。
あれ、と思う間もなく、こつん、と額同士がぶつかった。
頬は挟まれたままだ。
動こうにも動けずに、俺はバクバクと破裂しそうな心臓の音を聞きながら、ただ椎名さんのドアップ顔を凝視していた。
こんな時に限って、耳の奥では、七海の『恋だろ』がリピート再生され、顔が異様に熱く感じられる。
「し、ししし、椎名、さん?」
「ん?」
上擦りながら名前を呼ぶも、椎名さんは余裕な表情で微笑んでいるだけだった。
「あ、のさ。近いよ」
「うん、近いね」
「……その、しい」
「つぅ君は、俺を煽るのがうまいよね」
「え……?」
吐息同士がぶつかる距離で、俺達は話していた。
しかも、椎名さんは訳の解らないことを呟いて、そのまま消えてしまった。
いや、近過ぎて、一瞬見失っただけだと、気付いたのは、唇に何かが触れた時だった。
あ、キスしてる。
何処か遠くで、自分がそう認識して、遅れて心臓に甘い痛みが走った。
あれ、ナニしてんの、俺、何してんの。
パニックになった脳は、ぐるぐるとその言葉だけを並べ立てているけれど、何の役にも立っていない。
俺の頭は、停電を起こして使い物になっていないようだった。
未だにくっついている額と額に、掌と頬と、唇と唇。
頭は真っ白。
何しろ、初キスだ。
別に初めてに夢を見ていた訳ではない。
嫌悪感がある訳でもない。
逆に、少し嬉しい。
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