社会復帰は家庭教師から

一章：精神病×難病×家庭教師

家庭教師の過去 01

【家庭教師の過去】


　次の日は、あまり体調が優れなかった。
病状の重さは、一日の中でも変動するのだが、この日は、朝から体が重くて、瞼も上がらず、完璧に布団の中でダウンしてしまった。


　情けないなあ、と布団を頭の上まで引っ張り上げて思う。
少し夜更かしするとすぐにこれだ。


　先程、様子を見に来た母親に、学校を休むと伝えた。
授業日数が心配だが仕方がない。


　そんなことよりも、家庭教師に椎名さんが来る日である。
それまでに回復すると良いのだが。
ふと、七海の『恋だろ』という台詞が蘇り、顔が熱くなった。
赤面しているに違いない。

「七海め。訳の解らないこと言いやがって」

ぶつくさと布団の中で文句を言うも、瞼が重くて開けていられない。
目を綴じれば視界一杯に闇が広がる。
瞼を落としている間は、少しだけ楽だった。


　しかし、その代わりに耐え難い眠気に襲われるのだ。
俺は気付かない内に眠りに落ちているようだった。




　あれ、とおかしなことに気が付き辺りを見渡した。
其処は何処かのオフィスのようで、ずらっと灰色のデスクが並んでいる。
まるで職員室のような風景だ。


　俺、寝てた筈。
とぼんやり思考するが、不意に後ろから肩を叩かれた。

「椎名、お前は書類もろくに書けないのか、えぇ？　なあ、何年仕事やってんだよ」

椎名？　と首を傾げる俺の意識体と言動が一致しない。
振り向く気もないのに、勝手に体は振り向いていた。
見たこともないハゲ親父がいる。

「すいません。書き直します」
「っとに、お前は何をやらせてもトロいし仕事も出来ねぇし、何のために来てんだよ」
「すいません」

口も勝手に動く。
嗚呼、椎名さんの声だ、と認識した途端、俺は驚愕に戦慄（おのの）いた。
夢だろうか。
どうやら俺は、椎名さんの夢を見ているようだ。
それも、椎名さんの体に俺の意識があるようだった。
とは言いつつも、自分の意思では体も動かせないし、言葉も発することが出来ない。
自分の夢なのにだ。


　恐らく、この前のように椎名さんの過去を見ているのだろう。
追体験と言うやつなのか。
よく理解出来ないが、とにかく俺は、椎名さんの過去に入り込んでいる。


　ハゲ親父にこてんぱに言われても、椎名さんはただひたすらに頭を下げていた。
寝ていないのだろう、眠気が半端ない。
夢の中で眠気に襲われるのもおかしいが。
体も重くてダルい。
仕事を出来るようなコンディションでは、当然なかった。
一体、どれだけ休んでいないのだろう。