元悪役令息の恩返し 〜 恋のキューピットをしているはずなんですが、もしかして空回ってます? 〜

kei

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ーーーーあれは、6年前。暑い夏の日だった。

 ミニアタ家とも良好関係で、2つの家族は揃って、ある避暑地に来ていた。
 両親共々、これ以上の出世とか、家を大きくしたいとか、そんな欲望もなかったのも良かったのかもしれない。

 その頃の僕とクンシラは、同い年ということで気の置けない良き友であった。
 クンシラの両親にとって、すでに後継者として教育の始まっていたクンシラの息抜き相手としても、ほどよく高等教育がされており、貴族界の立ち位置もほどほどの僕は都合が良かったのかもしれない。

「クー! ここ、すっごく綺麗だね!! 遠くの景色まで見える!!」
「そうだな」
「森の中歩いたり、登ったり、すっごく大変だったけど、頑張ったかいあったよ!」
「ここは、俺とオーマだけの、秘密の場所だ」
「うん!」

 子供なんだから、遠くに行かないだろう。
 子供だけど、しっかりしているから大丈夫だろう。
 だから大人がいなくても、大丈夫だろう。


 そんな、それぞれ家族の、お互いの緩みがあったかもしれない。



「オーマ! オーマっ! 返事しろ!!」

 遠くに聞こえる声。

「・・・クぅ・・んっ・・・・」

 どこもかしこも重くて、頭はぼんやりするし、口も動かすのも、おっくうだ。

「いま、人、呼んでくるから! 俺が戻ってくるまで、起きてるんだ! 寝るんじゃないぞ! どんなに眠くても、ね、寝るんじゃないぞ!」
「・・・っ・・・ぁ・・・・」

 クーは珍しく泣き叫ぶような声を出している。
 でも、聞こえなくなった。
 どうしたの? ねぇ、クー、どこにいるの?
 遊び疲れて、なんだか、僕、眠いみたい。
 真っ暗で、まぶたが、とても重いんだ・・・。


 僕たちは、避暑地にあった森の奥深くにあった岩山の頂上を秘密基地として遊んでいた。
 見晴らしがよく、何度も遊んでいたし、危ない、なんて思うこともなかった。
 でも、いろんな複合的なこと不幸の連鎖の結果だったんだと思う。

「オーマ、あれ、見てみろよ?」
「どれー?」

 あっと気づいた時には僕は岩山から落ちていた。
 クンシラはすぐに助けを求めにいってくれたから、すぐさま腕利きのお医者様のところに連れて行かれた僕は事なきを得た。当たりどころが悪ければ即死していてもおかしくなく、命があること自体、奇跡とも言える状況だったのだから。

「オーアマナ様の右足ですが、落ちた際に突き当たった箇所が悪く、治癒魔法を使っても現在以上の回復は見込めません。そのため今後、激しい運動はーー……」

 ただ、ちょっとしたオマケは付いて来たけど。僕にとっては大した問題ではない。

 そして、それだけじゃない変化が僕にはあった。
 僕は前世の記憶を思い出していたのだ。
 現代日本で生きていた自分と、この世界がBLゲーム【恋咲く花冠】であると言うことを。

 原作では、この事件をきっかけに周囲はさらにオーアマナを甘やかすようになった。
 クンシラは罪悪感から一際ひときわ、オーアマナに優しくなる。顔も良くて、真面目で誠実で、自分に優しい、そんなクンシラをオーアマナが惚れないわけがない。
 どちらも年端かない子供だ。この事件で影響を受けない方がおかしい。

 癒えない傷を負った可哀想な子として甘やかされ、どんなことも肯定され、わがままな悪役令息として成長するオーアマナ。
 真面目ゆえ罪悪感にさいなまれ、精神的に束縛されることを当たり前のように受け入れるクンシラ。

 2人の繋がりはきずなよりも強く、くらい。
 他人を寄せつけない、2人だけの世界。オーアマナはそれでよかった。

 しかし、物語の主人公は、そんな2人を引き離す存在となる。
 クンシラに依存しつつあるオーアマナが、主人公の存在を良しとできるはずもなく、自分たちの世界を守るため悪役令息として破滅の道へ進んでいく。

 だが、前世を思い出して、ほんのり大人の精神をもった僕は、怪我に対する考え方や周囲の対応理由に対して理解し、心の整理をすることができた。
 正直、周囲の優しさに甘えてイージーモードは魅力的だと思った。けど、そのことによって断罪されて人生の破滅へ向かっていく方が恐ろしく感じたんだ。
 たとえもし、シナリオ通り進んだとして、周囲の優しさに堕落しない自信はなかったし、シナリオの良いとこ取りなんて、僕がそんな器用な真似をできるはずもない。
 それに怪我については、僕は男だし、元々、武術も得意でなかったから騎士を目指していたわけじゃない。生活することには支障もないし、もし戦争が起きたとき、前線に行くようなこともしたくないと思っていた。現代っ子からすれば”非戦闘員である”と言う大名義が出来て、悪いことは1つもない。

 だから・・・気にすることなんてないのに。
 むしろ感謝しているんだ。悪役令息のルートから脱却するキッカケをくれたのだから。

「僕の不注意だから、気にしないでね?」
「もう、走り回れないんだぞ?」
「歩き回れるよ。全然へーきだよ!」
「……俺のせいだ」

 それでもクンシラは線を引いた。
 どんなに言葉を重ねても、その顔が晴れることはなかった。

 原作では、さらりと流された程度の過去シナリオだったから比較はできないけれど、前世の記憶をもった僕の反応と言葉を聞いた両親も怒ることはなかった。僕の気持ちもんでくれて「運動苦手だったからな」と眉を下げて優しく笑って言っていたぐらいだ。
 本来の僕自身も、体を動かしたい、となるような活発な人間ではなかったことも、転生人格の覚醒による変化が、違和感がなく馴染めてよかったのかもしれない。
 そもそも商家の子供なんだから、最低限の生活ができて、使える頭が残っているのだから問題ない。
 でも、あんなに快活であったクンシラを変えてしまったのは僕だ。

 理解していると言いつつも、結局、僕もクンシラに対して罪悪感が生まれてしまっていたのだ。
 もしかしたら、僕が先に線を引いてしまったのかもしれない。

 「クー」と呼んでいた名前を「クンシラ」と呼ぶようにした。
 幼い呼び方がもしかしたら、クンシラのくらい気持ちを呼び起こしてしまいそうだと思ったから。
 そしてクンシラも、気がづけば「オーマ」から「オーアマナ」に変わっていた。

 それでも、離れることができなかったのは、お互いが心配で仕方がなかったのだろうと思う。
 幼馴染という代名詞を元に、僕たちは並んで、いや前後にずれて立っている。
 付かず離れず。
 でも、僕は、クンシラにずっと昏い気持ちを背負ったままでいてほしくなかった。

 だからこそ。
 アンティのことに気づいたとき、これは、良いチャンスだし。
 今まで、何かと気にかけてくれて来た幼馴染への恩返しができるチャンスだと思った。

 な! の! に!

 うっかり。やってしまった!
 日常生活に問題ない。と言いつつも気圧とか天候に左右されてしまうのが、この古傷である。
 うずくような痛みだったり、足をだるく感じてしまう重さが出てしまう。
 どんだけ精神的に気にしていないとしても、痛みや痺れは生理現象である。
 今日調子が良くないかも?なボンヤリとしたものだったが、もう少し、注意すべきだった。

 あー。き、気まずい。めちゃくちゃ視線を感じる。

「それで、アマナは調子が悪いのか?」

 お前は神か! さすが主人公! 物語の進行役っ!!

「元気だよ!!」

 渡りに船と言わんばかりに、僕は前のめりに返事をした。
 すると、アンティはニッコリと笑った。

「そ? じゃ、クンシラも手ぇ離してあげたら? そんなに強く握ったらアマナが痛そうだぞ」
「あ、あぁ」

 クンシラはアンティの言葉にハッとしたように、僕の腕から手を離した。
 僕はホッと一息をついた。

「えっと、とりあえず、季節の変わり目で、その、自分で、自分の足ももつれちゃったんだよ。いやー。恥ずかしいなー! 転んで恥ずかしい! 二人とも忘れてね!」

 自分で言いつつ、改めて考えると、なんとも恥ずかしい失態である。
 ざわついて落ちつない心を誤魔化すように、床に散らばった食器を拾おうと屈む瞬間、スッと視界に2つの手が出てきた。

「オレが落としちゃったし、オレが自分で拾って、ちゃんと床も綺麗にするよ!」
「・・・手伝う」

 おっ! おぉ!?
 当初は考えてはいなかったが、2人で”仲良くお片づけ”ってシチュエーションありなんじゃ!? そういうイベント、あるよね!?!?

「そ、そうかっ!」
「うん。だから、その食器だけ、洗ってもらっていい?」
「もちろんだよ!」

 洗い物なら喜んで!と現代の居酒屋さんのごとく、アンティにお願いされ、僕は残っていた食器類をうきうき洗う。
 倒れ込んだ時は食器の散らばった惨状に気が重くなったが、二人の距離感が縮まる予感に気づいてからは、時間はあっという間に進んで思ったより時間は掛からず、食器はもちろん、床も綺麗になった。

「じゃ、クンシラ。最後の最後でバタバタしてごめんね。風紀委員長に言うのもなんだけど、気をつけて帰るんだ、ぞ、ぉ」

 玄関でクンシラを見送っていると、のしっと後ろからアンティが体重をかけてくる。

「じゃな! クンシラっ!!」

 アンティは僕に対する扱いがテキトーを通り越して雑である。
 背筋をフル稼働するものの、びくともしない。悔しいが身長差もあって、押し返すことができない。

「お、前っ、だから、のし…」

 僕が文句を言い終わる前に、急に体が軽くなる。起き上がろうとしていた勢いのままに後ろへぶつかるように下がると、アンティの体に当たった。ふぅと一息ひといきついて、あらためて文句を言ってやるぞと見上げると、頭上ではまたしても、アンティとクンシラがお互いの腕を取りあい見つめ合っている。

 いや。だから、僕のいないタイミングにしてくれないだろうか。
 この状態からすり抜けとかできないし、空気になるしかないじゃん。

 あまりにも真剣な二人の空気感に、居心地悪くウロウロと目線が彷徨う。
 こういう時こそ「壁になりたい」というシチュエーションである。そんな二人の空間じかんをジロジロ見るわけにもいかない。不器用なふたりだから仕方がないと目線を床に落として空気を読んだ。
 でも、意外とその時間は短くて、たぶんアンティのフッと笑った吐息で終わりを迎えた。不思議に思って顔を上げると、アンティにトンと肩を押され出るクンシラが目に入った。

「おやすみ。クンシラ」

 頭上から聞こえる、珍しく低く落ち着いた声色の言い回しをしたアンティに驚く。
 僕が驚いている間にアンティは、クンシラが出ていった扉にカチャンと鍵を閉めた。

「さっ、オレたちも寝る準備をしよっか?」

 さっき声色が聞き間違いだと思ってしまうぐらい、いつもの明るい声で笑いかけてくるアンティ。

「あ、うん。そう、だね」

 いまのは「押してダメなら、引いてみろ」てきな?やつだよね? 順番、逆だったけど。
 ほんと、主人公って自由フリーダムだ。
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Webコンテツ大賞、投票&閲覧ありがとうございました!
2023.12.1 kei

現在、番外編をのんびり不定期更新中
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