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【2】
17、真綿
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◆
◆
◆
「たしかに…俺の行動もよくない点が、あったが…」
認めたくないが、認めるしかない。
仕える者が貴族に向かって楯突くような発言をしたのは、たしかに、よくなかった。でも。
「俺は純粋に、剣術が、武道が、好きなだけの一般生徒だろうがっ!」
いま、振り返っても、先ほどの生徒の行動につながる理由がわからない。
だって、あの生徒はまったくの無関係だったはずだ。声や気配からして、戦いを挑んできた生徒の中にいなかった。
「うわぁー! そんな風に思ってるの!? え、まだ、寝てる?」
「そう言い切ってるのは本人だけですよ」
サニルが楽しげに口を開いたかと思うと、最後、真顔でとてつもなく失礼なことを言っている。
その横では、ダリーが疲れたようにため息をつく。
「まさに、あれは魔王の笑みだった……いいな」
「・・・グレン、真似しないでくださいね」
なぜか羨望の表情でポツリとよくわかないことを言うグレンをすかさず止めるジーク。
「いやいや。屍でできた山の上で笑うって、悪魔だよ、悪魔の所業ってやつぅー!!」
そんな3人の様子に対して切羽詰まったように語っているものの、目元が笑っているサニル。
器用なことをしやがって、面白がっているのが丸わかりだ。と言うか、全員が面白がっているとしか思えない。
「つーか。誰も死んでねぇし、山にもなってねぇだろうが!!」
そう反論するが、全員が全員それぞれに哀れみをまとう視線を俺に投げつけてきた。
さすがに俺もウッと息が詰まる。
「そ、そもそもだ。なんで、それで、関わっていない奴までビビってんだよ!?」
「あれだけ楽しそうに、悪く言った生徒を片っ端から再起不能にすれば、関わっていなくても恐怖も感じますって…」
ダリーが遠い目をしている。
その辺りについては、少々、いや大いに心当たりがある。
「だ、そ、それは…まとめてかかってきたアイツらだって悪いだろ! 多勢に無勢だ!!」
「だから、この件については学校側からもお咎めなしだったでしょ? ほっんとうに大変だったんですよ?」
丁寧な言い回しだが、語気に力みの入っているダリー。
貴族ばかりの中での揉め事は大変だったのだろうが、相手側も親にバレたら大変な発言をしていることもわかっているので、生徒同士の揉め事ということで学校の中で、内々に処理をされたらしい。
しかしダリーはお咎めなしとはいかず。監督責任ということで、色々とこの臨時講師についても条件が追加されたとかなんとか。
「それは、本当に悪かった。すまん」
そのあとグレイとも口論してしまったのも、近くて遠い記憶だ。
そもそもグレイの端折った言葉が発端だから、嫌味のひとつも言いたかった。
しかし、売り言葉に買い言葉。あっという間に感情が高ぶってしまい、口調も猫被りなキャラも崩れてしまった。暴れ回った後なので、いまさらと言うところでもあるが、俺なりに軌道修正もとい調整をしとこうと思っていたんだ。
結局、俺にはそんな小難しいことはできず、こうしてグレンたちと、気軽に会話ができるようになっているわけだが。
「大丈夫。アルードが良い子なのは、僕はもちろん、わかっているよ」
大きくため息をついた俺を慰めるようにクリストフが頭を撫でる。
いまだに身長差は縮まらない。なぜだ。
「ここにいる人は、少ならからず分かってくれているよ? アルードが僕のために怒ってくれた。ありがとう」
「んー…まぁ……」
「褒められたことじゃないけど、僕は嬉しかったよ」
そうだけど、そうじゃない。
腹が立ったのはそうだけど、やり過ぎだって言われているのも分かる。自分の怒りをぶつけたからだ。
だけど、それを包み込まれるように肯定されてしまえば、許されてたと言えば大げさだが、嬉しい。けど困る。どこか気恥ずかしさが胸の内でムズムズと生まれてしまう。
「なんなんだ。あの甘ったるい空気。俺らがいるの忘れてねぇ?」
「いやー。それよりも計算してたかどうかわからないけど、ボクはコワいよ」
「ここまで想像していたか分かりませんが、恐らくは・・・」
「やめてやめてぇー! 言わないで! 知りたくないよぉー!!」
離れたところいる3人がゴソゴソとなにかを言っていることに気づいて、顔を上げると、目の前のクリストフと視線が合う。相変わらず、穏やかな笑みを浮かべている。
「はいはい。オシャベリはそこまで、さっさと相手見つけて組んでー!」
「えぇー。先生もさっきまで混ざってたクセにぃー!!」
ダリーの一声でガラリと空気が変わった。
さっきまで生温い何かがあったような気がしたが、まぁいっか。
新しい相手とは組めないが実力がある奴とも組めるし、腕が磨けることには変わりない。その内、クラスメイトも俺に慣れて、組めるようになるかもしれない。
だから今はこれで良い、そう頭を切り替えることにした。
「クリストフ、久しぶりに組むか?」
「もちろん、喜んで」
別に相手が見つからないとかじゃない。
ここ最近はジークや勝手に絡んでくるグレイとばかり組んでいたから、クリストフの剣が懐かしくなっていた。それに、クリストフの剣の成長度も気になっていた。
「手加減するなよ」
「了解。アルードもね」
これからはじまるであろう試合に、頬が緩むのは仕方がないだろう?
◆
若者たちが切磋琢磨する姿は、眩しく輝いている。
しかし、その輝きに隠されているものもあるのだと、あらためて思った。
「大切にする方法は色々あるけれど。ふかふかの真綿で何重にも包みこんで、いつの間にか出ることを忘れさせてしまうのは……。どちらにしても、末恐ろしいね」
思わずこぼしてしまうほどの胸の内にあった言葉は、誰にも届くことなく風の中に溶けてゆく。
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「たしかに…俺の行動もよくない点が、あったが…」
認めたくないが、認めるしかない。
仕える者が貴族に向かって楯突くような発言をしたのは、たしかに、よくなかった。でも。
「俺は純粋に、剣術が、武道が、好きなだけの一般生徒だろうがっ!」
いま、振り返っても、先ほどの生徒の行動につながる理由がわからない。
だって、あの生徒はまったくの無関係だったはずだ。声や気配からして、戦いを挑んできた生徒の中にいなかった。
「うわぁー! そんな風に思ってるの!? え、まだ、寝てる?」
「そう言い切ってるのは本人だけですよ」
サニルが楽しげに口を開いたかと思うと、最後、真顔でとてつもなく失礼なことを言っている。
その横では、ダリーが疲れたようにため息をつく。
「まさに、あれは魔王の笑みだった……いいな」
「・・・グレン、真似しないでくださいね」
なぜか羨望の表情でポツリとよくわかないことを言うグレンをすかさず止めるジーク。
「いやいや。屍でできた山の上で笑うって、悪魔だよ、悪魔の所業ってやつぅー!!」
そんな3人の様子に対して切羽詰まったように語っているものの、目元が笑っているサニル。
器用なことをしやがって、面白がっているのが丸わかりだ。と言うか、全員が面白がっているとしか思えない。
「つーか。誰も死んでねぇし、山にもなってねぇだろうが!!」
そう反論するが、全員が全員それぞれに哀れみをまとう視線を俺に投げつけてきた。
さすがに俺もウッと息が詰まる。
「そ、そもそもだ。なんで、それで、関わっていない奴までビビってんだよ!?」
「あれだけ楽しそうに、悪く言った生徒を片っ端から再起不能にすれば、関わっていなくても恐怖も感じますって…」
ダリーが遠い目をしている。
その辺りについては、少々、いや大いに心当たりがある。
「だ、そ、それは…まとめてかかってきたアイツらだって悪いだろ! 多勢に無勢だ!!」
「だから、この件については学校側からもお咎めなしだったでしょ? ほっんとうに大変だったんですよ?」
丁寧な言い回しだが、語気に力みの入っているダリー。
貴族ばかりの中での揉め事は大変だったのだろうが、相手側も親にバレたら大変な発言をしていることもわかっているので、生徒同士の揉め事ということで学校の中で、内々に処理をされたらしい。
しかしダリーはお咎めなしとはいかず。監督責任ということで、色々とこの臨時講師についても条件が追加されたとかなんとか。
「それは、本当に悪かった。すまん」
そのあとグレイとも口論してしまったのも、近くて遠い記憶だ。
そもそもグレイの端折った言葉が発端だから、嫌味のひとつも言いたかった。
しかし、売り言葉に買い言葉。あっという間に感情が高ぶってしまい、口調も猫被りなキャラも崩れてしまった。暴れ回った後なので、いまさらと言うところでもあるが、俺なりに軌道修正もとい調整をしとこうと思っていたんだ。
結局、俺にはそんな小難しいことはできず、こうしてグレンたちと、気軽に会話ができるようになっているわけだが。
「大丈夫。アルードが良い子なのは、僕はもちろん、わかっているよ」
大きくため息をついた俺を慰めるようにクリストフが頭を撫でる。
いまだに身長差は縮まらない。なぜだ。
「ここにいる人は、少ならからず分かってくれているよ? アルードが僕のために怒ってくれた。ありがとう」
「んー…まぁ……」
「褒められたことじゃないけど、僕は嬉しかったよ」
そうだけど、そうじゃない。
腹が立ったのはそうだけど、やり過ぎだって言われているのも分かる。自分の怒りをぶつけたからだ。
だけど、それを包み込まれるように肯定されてしまえば、許されてたと言えば大げさだが、嬉しい。けど困る。どこか気恥ずかしさが胸の内でムズムズと生まれてしまう。
「なんなんだ。あの甘ったるい空気。俺らがいるの忘れてねぇ?」
「いやー。それよりも計算してたかどうかわからないけど、ボクはコワいよ」
「ここまで想像していたか分かりませんが、恐らくは・・・」
「やめてやめてぇー! 言わないで! 知りたくないよぉー!!」
離れたところいる3人がゴソゴソとなにかを言っていることに気づいて、顔を上げると、目の前のクリストフと視線が合う。相変わらず、穏やかな笑みを浮かべている。
「はいはい。オシャベリはそこまで、さっさと相手見つけて組んでー!」
「えぇー。先生もさっきまで混ざってたクセにぃー!!」
ダリーの一声でガラリと空気が変わった。
さっきまで生温い何かがあったような気がしたが、まぁいっか。
新しい相手とは組めないが実力がある奴とも組めるし、腕が磨けることには変わりない。その内、クラスメイトも俺に慣れて、組めるようになるかもしれない。
だから今はこれで良い、そう頭を切り替えることにした。
「クリストフ、久しぶりに組むか?」
「もちろん、喜んで」
別に相手が見つからないとかじゃない。
ここ最近はジークや勝手に絡んでくるグレイとばかり組んでいたから、クリストフの剣が懐かしくなっていた。それに、クリストフの剣の成長度も気になっていた。
「手加減するなよ」
「了解。アルードもね」
これからはじまるであろう試合に、頬が緩むのは仕方がないだろう?
◆
若者たちが切磋琢磨する姿は、眩しく輝いている。
しかし、その輝きに隠されているものもあるのだと、あらためて思った。
「大切にする方法は色々あるけれど。ふかふかの真綿で何重にも包みこんで、いつの間にか出ることを忘れさせてしまうのは……。どちらにしても、末恐ろしいね」
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