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【2】
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「はぁ?」
相手が誰だなんて、関係ない。
唸るような声を出せば、目の相手はビクリと体を震わせた。
「な、なんだよ。そんな声出しても怖くないぞ」
ギガネはたしかに肉体強化の魔道具になる。ただし、基本的に作用されているのは”視力のみ”になる。補助機能で、眼球周りの動きを読み取り、遠くのものをみることができる望遠機能も備わっているが、相当な集中力が必要になってくるため実用的ではない。
そもそも、あの小さなメガネだけで、身体全体に及ぼすほどの性能があるわけがないだろう。
他国がゆえ、魔道具に対する認識が浅いのも仕方がないが、なにより、あのバカが、説明を端折っていることが、この認識の歪みを”正しい”と思わせている原因だ。
「そんな機能はない、です」
いったん、実技場全体に誤った知識が広まる前に、バカな発言を否定する。
落ち着け。どう説明すべきか考えるんだ。
ここで騒ぎを起こすのは得策ではないし、貴族社会で角が立つようなことは避けたい。だが、身分が低い従者である俺が説明したところで納得どころか、聞く耳さえ持ってくれないだろう。
あまり使いたくはなかったが、上辺だけではない俺たちの事情も分かっていて、この場の責任者でもあるダリーから説明させるのが一番いいだろう。
そう結論を出した時だった。
「はっ。そんなこと言って、辺境伯は相当お困りだとお見受けする」
「……なん、だと?」
あまりの衝撃に言葉が詰まった。
「事故で障害が残ったなんて、同情を集めるなんて」
「従者に不正な道具を使用させてまでも、存在を周囲に触れまわりたいんでしょうか?」
「領土だけでなく、お心も乏しいと思われる」
「そこまでして、王の興味を惹きたいなどと、浅ましい」
嘲り口々に言われる言葉は「浅はかだ」とひと蹴りできてしまう内容だとはわかっている。
俺のことは、べつにいい。
だけど、主人であるクリストフのことだけは許容できない。
そのうえ、領土もバカにすることは、たとえ子供の戯言だとしても許される行為ではない。
事実ではないことでも。その不名誉な言葉も。
貶めるような言葉を、クリストフに向けて吐くことを、俺は絶対に許さない。
クリストフが自分に流れる血のことで、どれだけーー…
火山のように燃えがっていたマグマは、一瞬にして、雪原のように冷え切った。
有象無象に動く人影から、ほかにも口々におぞましいような言葉を吐かれていることはわかる。しかし、それも遠く、無音に近い。
俺の心は、静寂な場所にいるように凪いでいる。
「アルード……僕は大丈夫だから」
「これ、もっとけ」
ギガネを外して、クリストフに預ける。
「えっ。ちょ、まって」
今だけは絶対、クリストフの静止の言葉に従うことはしない。
視えなくても分かる、キャンキャンとうるさく騒ぐ奴らの目の前に立つ。
「おい、お前ら。さっきの試合に不満があるやつ、俺と戦えよ」
「え。なに言ってんの」
「だって、あんた、その状態じゃ……」
従う者である、弱き立場の人間が、上位の人間を噛まないとでも思っているのか?
本当に、お前らの頭は花畑だな。
「へぇ。お前たちは、視力に問題がある俺に勝てる自信がない。ってことでいいんだな?」
「なっ!? ば、バカにして! 許されると思っているのかっ」
「そうだ! 俺らは試験を合格しているんだぞ!?」
「あんたが怪我したら可哀想だと思ってたのにっ」
こんな簡単な挑発にのったアホどもが。
可哀想な生き物はどちらか、教えてやろうじゃないか。
「先生っ! このことは、きちんと報告してください」
「たとえ、彼が大怪我を負ったとしても、責任は彼自身にありますからね!」
そう口々にダリーに訴えるのも、まさに一興。
さっきまでの慈悲深い発言はどこへやら。
体裁のための偽りだとしても、剥がれるのは一瞬すぎて笑える。
次々に剣を抜き、挑んでくる存在は、とても哀れな生き物だった。
「なぁ。これで、わかっただろう?」
数分と経たずとして、声を荒げて挑んできた人物はすべて地面に転がっている。
あちこちから、痛みにうめく声を漏れ聞こえてくる。
本気には到底及ばない遊び半分の戦い方だというのに、軟弱どもが。
あーあー、可哀そうに。
あぁ、でも。体をたくさん使うことができて、気持ちが良かったな。
「・・・ほかに、異論があるヤツ。いる?」
黒い影のかたまりーー……人だかりのある方に語りかけると、布を裂くようなか細い悲鳴が聞こえた。
その後すぐ、ダリーに引き離されるように移動させられ、そうして強制的に、実技の初日は幕を閉じた。
相手が誰だなんて、関係ない。
唸るような声を出せば、目の相手はビクリと体を震わせた。
「な、なんだよ。そんな声出しても怖くないぞ」
ギガネはたしかに肉体強化の魔道具になる。ただし、基本的に作用されているのは”視力のみ”になる。補助機能で、眼球周りの動きを読み取り、遠くのものをみることができる望遠機能も備わっているが、相当な集中力が必要になってくるため実用的ではない。
そもそも、あの小さなメガネだけで、身体全体に及ぼすほどの性能があるわけがないだろう。
他国がゆえ、魔道具に対する認識が浅いのも仕方がないが、なにより、あのバカが、説明を端折っていることが、この認識の歪みを”正しい”と思わせている原因だ。
「そんな機能はない、です」
いったん、実技場全体に誤った知識が広まる前に、バカな発言を否定する。
落ち着け。どう説明すべきか考えるんだ。
ここで騒ぎを起こすのは得策ではないし、貴族社会で角が立つようなことは避けたい。だが、身分が低い従者である俺が説明したところで納得どころか、聞く耳さえ持ってくれないだろう。
あまり使いたくはなかったが、上辺だけではない俺たちの事情も分かっていて、この場の責任者でもあるダリーから説明させるのが一番いいだろう。
そう結論を出した時だった。
「はっ。そんなこと言って、辺境伯は相当お困りだとお見受けする」
「……なん、だと?」
あまりの衝撃に言葉が詰まった。
「事故で障害が残ったなんて、同情を集めるなんて」
「従者に不正な道具を使用させてまでも、存在を周囲に触れまわりたいんでしょうか?」
「領土だけでなく、お心も乏しいと思われる」
「そこまでして、王の興味を惹きたいなどと、浅ましい」
嘲り口々に言われる言葉は「浅はかだ」とひと蹴りできてしまう内容だとはわかっている。
俺のことは、べつにいい。
だけど、主人であるクリストフのことだけは許容できない。
そのうえ、領土もバカにすることは、たとえ子供の戯言だとしても許される行為ではない。
事実ではないことでも。その不名誉な言葉も。
貶めるような言葉を、クリストフに向けて吐くことを、俺は絶対に許さない。
クリストフが自分に流れる血のことで、どれだけーー…
火山のように燃えがっていたマグマは、一瞬にして、雪原のように冷え切った。
有象無象に動く人影から、ほかにも口々におぞましいような言葉を吐かれていることはわかる。しかし、それも遠く、無音に近い。
俺の心は、静寂な場所にいるように凪いでいる。
「アルード……僕は大丈夫だから」
「これ、もっとけ」
ギガネを外して、クリストフに預ける。
「えっ。ちょ、まって」
今だけは絶対、クリストフの静止の言葉に従うことはしない。
視えなくても分かる、キャンキャンとうるさく騒ぐ奴らの目の前に立つ。
「おい、お前ら。さっきの試合に不満があるやつ、俺と戦えよ」
「え。なに言ってんの」
「だって、あんた、その状態じゃ……」
従う者である、弱き立場の人間が、上位の人間を噛まないとでも思っているのか?
本当に、お前らの頭は花畑だな。
「へぇ。お前たちは、視力に問題がある俺に勝てる自信がない。ってことでいいんだな?」
「なっ!? ば、バカにして! 許されると思っているのかっ」
「そうだ! 俺らは試験を合格しているんだぞ!?」
「あんたが怪我したら可哀想だと思ってたのにっ」
こんな簡単な挑発にのったアホどもが。
可哀想な生き物はどちらか、教えてやろうじゃないか。
「先生っ! このことは、きちんと報告してください」
「たとえ、彼が大怪我を負ったとしても、責任は彼自身にありますからね!」
そう口々にダリーに訴えるのも、まさに一興。
さっきまでの慈悲深い発言はどこへやら。
体裁のための偽りだとしても、剥がれるのは一瞬すぎて笑える。
次々に剣を抜き、挑んでくる存在は、とても哀れな生き物だった。
「なぁ。これで、わかっただろう?」
数分と経たずとして、声を荒げて挑んできた人物はすべて地面に転がっている。
あちこちから、痛みにうめく声を漏れ聞こえてくる。
本気には到底及ばない遊び半分の戦い方だというのに、軟弱どもが。
あーあー、可哀そうに。
あぁ、でも。体をたくさん使うことができて、気持ちが良かったな。
「・・・ほかに、異論があるヤツ。いる?」
黒い影のかたまりーー……人だかりのある方に語りかけると、布を裂くようなか細い悲鳴が聞こえた。
その後すぐ、ダリーに引き離されるように移動させられ、そうして強制的に、実技の初日は幕を閉じた。
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