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町娘どころか貴族の娘でさえ即恋落ちするであろう最高の笑顔をしたクリストフを見て、今度は俺の心がげんなりと力をなくす。
「どうして、お前はそんなに楽しそうなんだよ……はぁ」
これなら萎れたままにしとけば良かったか。いや、それはそれでもっと面倒な感じになってただろうし、どっちにしろ結果は変わらなかったんだろうけど。
「んー。アルードが大人しくなるから?」
「をい」
「冗談だよ。でも、今日は疲れたでしょ? そんなに嫌な顔しないでよ」
クリストフは屈んで手を伸ばすと、俺の目元からギガネを外す。
ギガネを外された瞬間、一気に俺の視界は霞みがかる。
「僕の力が唯一、役立つことができることだから……」
俺の前髪をそっと横に梳くクリストフがどんな表情で言っているかなんて見えなくてもわかる。
どうせ、困ったように眉を下げて、寂しく笑っているんだろう。
クリストフにとって、これは贖罪の行為。
そう感じて欲しくないと思うけど、どんなに言葉を重ねたところで、本人が納得しない限り、ただの気休めにしかならない。だったら、気が済むまでやってもらって、少しでも早く、消えて無くなってしまえば良い。
「ふん。そこまで言うんだから、しっかり癒してくれよ」
「もちろん」
寝転ぶ位置のすぐそば。ベットが沈んだ。
クリストフが俺のベットに乗ったのだと理解する。俺もベットに手をつき起き上がり、沈んだクリストフの方へと向き合う。クリストフから肌色の、手が俺の方へと伸ばされる。
「んっ……」
視界が真っ暗になると同時に、人肌の温もりが目元を覆う。
「はじめるよ」
クリストフの言葉が合図となってはじまる聖魔法による治癒。
湯気のような穏やかな温かさがクリストフの手のひらから流れ込んでくる。張り詰めていた筋肉の繊維がひとつひとつ解れていくように力が抜けていく。
魔法を使える人間は多くはない。
素質があっても、微々たるものだったりする上に、使い方を学ばなければ魔法は扱うことさえ難しい。一部の例外として、クリストフのように血筋であったり、貴族で代々魔法に特化した家系がいる。稀に生まれる”天性の魔法使い”もいるが、もはや伝説レベルである。見つかったら即、国での保護対象になる存在だ。
そんな状況だからこそ、一般的に素質があろうがなかろうが、魔法の力が自然と発現することはない。魔法は”選ばれた者にしか使えない”それが人々の常識だ。
・・・つまり、王立学校に通えるような人材には魔法を扱う授業が与えられている。そこで素質を見極めるし、入学できると言うこと。王立学校はそれなりの身分や力が評価されて許可されているのだから、国にとっても管理しやすく、人材も確保できる便利な制度とも言える。
クリストフはあれ以来、聖魔法が使えるようになった。また血筋のおかげで、早々に魔法教育を受けることができたため、学校の授業を受ける前から自分の意思で操作扱うことができている。
学校内では、私的な魔法使用は禁止されているが、事情が事情なので、クリストフの聖魔法使用は、俺にのみ許可がおりている。
ただ、学校側の本音は”王族の血縁者が絡めば、承認せざるを得ない”というところだろう。
「ふぅ……」
じわじわと身体の芯から温まってくると、頭が徐々にぼーっとしてくる。意識して息を吐いて、新鮮な空気を吸い込む。
眼の治癒ではあるが、人間に備わっている自己治癒を刺激するため、体全体がぽかぽかと温まると、意識がふわふわとしてくる。
俺は、この感覚が苦手だった。
これがクリストフの治療に対して、俺の気が進まない理由の一つでもある。
「アルード……」
間近にいるはずのクリストフの声が、遠く聞こえる。
「んぅ……」
もっと深くいろいろ考えることがあるはずなのにと思うのに、沈んでいく。
下り坂を歩くように低下してく思考。
そして、返事をすることさえ億劫になってくる。
「だいじょうぶ……だいじょうぶ……」
クリストフの声はとても心地いいと思う。
俺はいま、どうなっているんだっけ・・・たしかなのは頭を撫でられる感覚があって。いつもなら「気安く触るな」と言いたいところだ。だけど、いまは微睡の中に、思考が溶け込んでいく・・・
「おやすみ、アルード……」
ぷつんと、唐突に途切れた記憶。
そこからわかることは、俺は深い眠りに落ちたということ。そして、それに気づいたのは窓から射し込む朝日で目を覚ました時だった。
「あ、あぁ……」
その状況に俺が頭を抱えたのは言うまでもない現実で、そんな俺の様子をふわりと笑って、爽やかに朝の挨拶をするクリストフのことも。
「おはよう」
「…おはよう、じゃねぇよっ!」
「ふふっ。アルードは朝から元気だね」
まったく、クリストフには敵わない。俺の方が色々経験しているはずなのに。
「どうして、お前はそんなに楽しそうなんだよ……はぁ」
これなら萎れたままにしとけば良かったか。いや、それはそれでもっと面倒な感じになってただろうし、どっちにしろ結果は変わらなかったんだろうけど。
「んー。アルードが大人しくなるから?」
「をい」
「冗談だよ。でも、今日は疲れたでしょ? そんなに嫌な顔しないでよ」
クリストフは屈んで手を伸ばすと、俺の目元からギガネを外す。
ギガネを外された瞬間、一気に俺の視界は霞みがかる。
「僕の力が唯一、役立つことができることだから……」
俺の前髪をそっと横に梳くクリストフがどんな表情で言っているかなんて見えなくてもわかる。
どうせ、困ったように眉を下げて、寂しく笑っているんだろう。
クリストフにとって、これは贖罪の行為。
そう感じて欲しくないと思うけど、どんなに言葉を重ねたところで、本人が納得しない限り、ただの気休めにしかならない。だったら、気が済むまでやってもらって、少しでも早く、消えて無くなってしまえば良い。
「ふん。そこまで言うんだから、しっかり癒してくれよ」
「もちろん」
寝転ぶ位置のすぐそば。ベットが沈んだ。
クリストフが俺のベットに乗ったのだと理解する。俺もベットに手をつき起き上がり、沈んだクリストフの方へと向き合う。クリストフから肌色の、手が俺の方へと伸ばされる。
「んっ……」
視界が真っ暗になると同時に、人肌の温もりが目元を覆う。
「はじめるよ」
クリストフの言葉が合図となってはじまる聖魔法による治癒。
湯気のような穏やかな温かさがクリストフの手のひらから流れ込んでくる。張り詰めていた筋肉の繊維がひとつひとつ解れていくように力が抜けていく。
魔法を使える人間は多くはない。
素質があっても、微々たるものだったりする上に、使い方を学ばなければ魔法は扱うことさえ難しい。一部の例外として、クリストフのように血筋であったり、貴族で代々魔法に特化した家系がいる。稀に生まれる”天性の魔法使い”もいるが、もはや伝説レベルである。見つかったら即、国での保護対象になる存在だ。
そんな状況だからこそ、一般的に素質があろうがなかろうが、魔法の力が自然と発現することはない。魔法は”選ばれた者にしか使えない”それが人々の常識だ。
・・・つまり、王立学校に通えるような人材には魔法を扱う授業が与えられている。そこで素質を見極めるし、入学できると言うこと。王立学校はそれなりの身分や力が評価されて許可されているのだから、国にとっても管理しやすく、人材も確保できる便利な制度とも言える。
クリストフはあれ以来、聖魔法が使えるようになった。また血筋のおかげで、早々に魔法教育を受けることができたため、学校の授業を受ける前から自分の意思で操作扱うことができている。
学校内では、私的な魔法使用は禁止されているが、事情が事情なので、クリストフの聖魔法使用は、俺にのみ許可がおりている。
ただ、学校側の本音は”王族の血縁者が絡めば、承認せざるを得ない”というところだろう。
「ふぅ……」
じわじわと身体の芯から温まってくると、頭が徐々にぼーっとしてくる。意識して息を吐いて、新鮮な空気を吸い込む。
眼の治癒ではあるが、人間に備わっている自己治癒を刺激するため、体全体がぽかぽかと温まると、意識がふわふわとしてくる。
俺は、この感覚が苦手だった。
これがクリストフの治療に対して、俺の気が進まない理由の一つでもある。
「アルード……」
間近にいるはずのクリストフの声が、遠く聞こえる。
「んぅ……」
もっと深くいろいろ考えることがあるはずなのにと思うのに、沈んでいく。
下り坂を歩くように低下してく思考。
そして、返事をすることさえ億劫になってくる。
「だいじょうぶ……だいじょうぶ……」
クリストフの声はとても心地いいと思う。
俺はいま、どうなっているんだっけ・・・たしかなのは頭を撫でられる感覚があって。いつもなら「気安く触るな」と言いたいところだ。だけど、いまは微睡の中に、思考が溶け込んでいく・・・
「おやすみ、アルード……」
ぷつんと、唐突に途切れた記憶。
そこからわかることは、俺は深い眠りに落ちたということ。そして、それに気づいたのは窓から射し込む朝日で目を覚ました時だった。
「あ、あぁ……」
その状況に俺が頭を抱えたのは言うまでもない現実で、そんな俺の様子をふわりと笑って、爽やかに朝の挨拶をするクリストフのことも。
「おはよう」
「…おはよう、じゃねぇよっ!」
「ふふっ。アルードは朝から元気だね」
まったく、クリストフには敵わない。俺の方が色々経験しているはずなのに。
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