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【1】
13、襲撃
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「ちっ」
自分の腕を口に当てる。
臭気はないが呼吸がしにくい。毒、しびれ薬か?
魔術を使わない古典的な襲撃。しかし材料さえ揃えられれば誰でも作れるモノは、犯人特定がしにくいだけでなく、襲撃されている理由さえも巧妙に隠すことができる。
「ごほっ」
クリストフが咳き込む音にハッとする。
くそ、分析している時間がない。
「息を止めろ!!」
クリストフに向かって叫びながら、もう片方の扉を蹴破る。新鮮な空気がビュウと勢いよく入り込んでくると同時に遠くで悲鳴が聞こえた。
「王都も、出てないのかっ」
解放された戸口からは王都特有の石畳が見える。
これでは毒物が入っているかもしれないモノを街中で投げ捨てるワケにもいかない。
しかし、ドア無くしたことで風通りが良くなったものの、このまま馬車に乗り続けるのは危険すぎる。車内からは周囲の様子がわからない上に、前を見れば御者は力なく座っている。気を失っているのか、最悪、殺されている。操縦を失った馬車の速度がどうなるのか。
今の速度なら、飛び降りても問題なく着地はできるがーー相手の目的はなんだ? 王都内でこんなことが起きれば騒ぎになることは間違いない。なのに、危険を冒してもでも襲撃してきた理由はなんだ。
「止まれー! 止まれー!」
男の叫び声と同時に馬車が鳴らす音が変わった。
城門前、王都外に通じる橋にまできたか。このまま王都外に出れば土の地面に変わって、飛び降りしやすくなるが、反対に身を守るモノがなくなる。草原や林までには距離がある。一か八か……迷っている時間はない。
「川に飛び込むぞ」
「……」
腕を口に当てているクリストフも同じ結論になっていたのか、俺の言葉に小さくうなずき返した。
王都は川のような用水路で街を囲んでいる。単純に外に出るより、王都の警備内でいる方が危険はあるが、ある程度、身を守ることができるはずだ。
「止まれぇーー!!」
一段と守衛と思われる男の声が大きく聞こえた。城門がもうすぐだということ。
クリストフを押し出し、次に俺も馬車から飛び降りる。
「くっ」
地面に叩きつけられるような衝撃が全身に走った。痛みに耐える間もなく、どぷりという水圧が襲ってくる。息が苦しい。これ以上沈み込まないように水を掻く。なんとか水面に顔を出すと、頭上のはるか上にある橋では大騒ぎになっている。
「ちっ。クリフ。クリストフっ」
「こっち。いるよっ」
ちゃぷんと水面から顔を出したクリストフは、ヘラリと笑った。
本当に緊張感のないやつめ。
「とりあえず、あそこから上がるぞ」
視界の隅に入った、這い上がれそうな低い川縁を目指す。いつまでも、こんな無防備な状態で浮かんでいるワケにもいかない。
いま攻撃されてもおかしくない状況だが、クリストフが狙いではない?
前回の王立試験の時に、クリストフにも俺にも事件はなかったはず。
「なにが、起きているんだ」
泳ぎながら移動を試みるものの、水に濡れた服は重く動きを制限する。
俺は過去の経験もあって、なんとか泳ぐことはできるがクリストフは苦戦をしているようで進んでいない。さすがにこれは仕方がない。
「力抜けよ」
「えっ、わっ……」
クリストフの首裏の襟ぐりを掴んで引っ張り、泳ぐ。俺だけが地上に上がることが目的ではないし、かといって、このまま二人がそれぞれ体力を消費しては共倒れの可能性も出てきてしまうなら、俺の体力を使った方が早くて、クリストフの生存率も上がる。
「っ! はっ……はっ……」
無事に川縁に到着したが、思った以上に体力を消費した。
「ほらっ…クリストフ……あがれっ…はっ…はっ…」
息が上がって、なかなか整わない。
「アルード、ありがとう…大丈夫?」
「俺をっ心配する、余裕があんなら、さっさと上がって、俺が、上がるの、手伝えよっ……」
「そうだね。すぐ上がる」
川の中から見つけた場所は点検用の周囲から一段低くなっている場所。階段仕立てになっているので、水の中からでも上がりやすい。
ざばりと波が立ち、バチャバチャと滴る音が立つ。
「はぁ……はぁ……次はアルード、だね……」
クリストフの肩が大きく上下している。上がりやすいと言っても、水から上がるには想像以上に体力が必要になる。
「一人で、上がれる」
「え?」
「肩で息してて、落ちそう…」
そうなったら、本末転倒もいいところだ。
完全とは言えないが、クリストフが上がっている間に、なんとか息を落ち着かせたので一人で川に上がることはできる。
「ん? あはは。だいじょうぶ、だよっ」
「なに、いっ…はぁぁぁぁ!?」
川縁についた手を引っ張り上げられる。
気づけば、俺たちは折り重なるように川縁に転がっていた。
「ふっ、くくっ」
地面が揺れる。
いや、俺の下にいるクリストフが笑って揺れていた。
「なにが、面白いんだよ」
「なんか昔を思い出すなって」
「はぁ?」
クリストフの顔横に手をついて、起き上がる。
ぽたぽたと水滴が滴る中、クリストフは目を細めて笑う。
「お風呂、一緒に入るの嫌がって暴れてたアルードのこと、思い出した」
「おまっ」
状況がわかっていない…なんてことはないだろうから、度胸があるっていうか。ほんと、クリストフは大物である。
「はぁ。ホント、お前って」
肩の力が抜ける。だが、わずかに心が落ち着きを取り戻すことができた。
「とにかく移動…」
砂利が擦れる音がした。
反射的に目を走らせる。きらりと何かが反射した。
「くそっ」
身体をひねり、クリストフの前に。
隠していた短剣を腰から引き抜く。
自分の腕を口に当てる。
臭気はないが呼吸がしにくい。毒、しびれ薬か?
魔術を使わない古典的な襲撃。しかし材料さえ揃えられれば誰でも作れるモノは、犯人特定がしにくいだけでなく、襲撃されている理由さえも巧妙に隠すことができる。
「ごほっ」
クリストフが咳き込む音にハッとする。
くそ、分析している時間がない。
「息を止めろ!!」
クリストフに向かって叫びながら、もう片方の扉を蹴破る。新鮮な空気がビュウと勢いよく入り込んでくると同時に遠くで悲鳴が聞こえた。
「王都も、出てないのかっ」
解放された戸口からは王都特有の石畳が見える。
これでは毒物が入っているかもしれないモノを街中で投げ捨てるワケにもいかない。
しかし、ドア無くしたことで風通りが良くなったものの、このまま馬車に乗り続けるのは危険すぎる。車内からは周囲の様子がわからない上に、前を見れば御者は力なく座っている。気を失っているのか、最悪、殺されている。操縦を失った馬車の速度がどうなるのか。
今の速度なら、飛び降りても問題なく着地はできるがーー相手の目的はなんだ? 王都内でこんなことが起きれば騒ぎになることは間違いない。なのに、危険を冒してもでも襲撃してきた理由はなんだ。
「止まれー! 止まれー!」
男の叫び声と同時に馬車が鳴らす音が変わった。
城門前、王都外に通じる橋にまできたか。このまま王都外に出れば土の地面に変わって、飛び降りしやすくなるが、反対に身を守るモノがなくなる。草原や林までには距離がある。一か八か……迷っている時間はない。
「川に飛び込むぞ」
「……」
腕を口に当てているクリストフも同じ結論になっていたのか、俺の言葉に小さくうなずき返した。
王都は川のような用水路で街を囲んでいる。単純に外に出るより、王都の警備内でいる方が危険はあるが、ある程度、身を守ることができるはずだ。
「止まれぇーー!!」
一段と守衛と思われる男の声が大きく聞こえた。城門がもうすぐだということ。
クリストフを押し出し、次に俺も馬車から飛び降りる。
「くっ」
地面に叩きつけられるような衝撃が全身に走った。痛みに耐える間もなく、どぷりという水圧が襲ってくる。息が苦しい。これ以上沈み込まないように水を掻く。なんとか水面に顔を出すと、頭上のはるか上にある橋では大騒ぎになっている。
「ちっ。クリフ。クリストフっ」
「こっち。いるよっ」
ちゃぷんと水面から顔を出したクリストフは、ヘラリと笑った。
本当に緊張感のないやつめ。
「とりあえず、あそこから上がるぞ」
視界の隅に入った、這い上がれそうな低い川縁を目指す。いつまでも、こんな無防備な状態で浮かんでいるワケにもいかない。
いま攻撃されてもおかしくない状況だが、クリストフが狙いではない?
前回の王立試験の時に、クリストフにも俺にも事件はなかったはず。
「なにが、起きているんだ」
泳ぎながら移動を試みるものの、水に濡れた服は重く動きを制限する。
俺は過去の経験もあって、なんとか泳ぐことはできるがクリストフは苦戦をしているようで進んでいない。さすがにこれは仕方がない。
「力抜けよ」
「えっ、わっ……」
クリストフの首裏の襟ぐりを掴んで引っ張り、泳ぐ。俺だけが地上に上がることが目的ではないし、かといって、このまま二人がそれぞれ体力を消費しては共倒れの可能性も出てきてしまうなら、俺の体力を使った方が早くて、クリストフの生存率も上がる。
「っ! はっ……はっ……」
無事に川縁に到着したが、思った以上に体力を消費した。
「ほらっ…クリストフ……あがれっ…はっ…はっ…」
息が上がって、なかなか整わない。
「アルード、ありがとう…大丈夫?」
「俺をっ心配する、余裕があんなら、さっさと上がって、俺が、上がるの、手伝えよっ……」
「そうだね。すぐ上がる」
川の中から見つけた場所は点検用の周囲から一段低くなっている場所。階段仕立てになっているので、水の中からでも上がりやすい。
ざばりと波が立ち、バチャバチャと滴る音が立つ。
「はぁ……はぁ……次はアルード、だね……」
クリストフの肩が大きく上下している。上がりやすいと言っても、水から上がるには想像以上に体力が必要になる。
「一人で、上がれる」
「え?」
「肩で息してて、落ちそう…」
そうなったら、本末転倒もいいところだ。
完全とは言えないが、クリストフが上がっている間に、なんとか息を落ち着かせたので一人で川に上がることはできる。
「ん? あはは。だいじょうぶ、だよっ」
「なに、いっ…はぁぁぁぁ!?」
川縁についた手を引っ張り上げられる。
気づけば、俺たちは折り重なるように川縁に転がっていた。
「ふっ、くくっ」
地面が揺れる。
いや、俺の下にいるクリストフが笑って揺れていた。
「なにが、面白いんだよ」
「なんか昔を思い出すなって」
「はぁ?」
クリストフの顔横に手をついて、起き上がる。
ぽたぽたと水滴が滴る中、クリストフは目を細めて笑う。
「お風呂、一緒に入るの嫌がって暴れてたアルードのこと、思い出した」
「おまっ」
状況がわかっていない…なんてことはないだろうから、度胸があるっていうか。ほんと、クリストフは大物である。
「はぁ。ホント、お前って」
肩の力が抜ける。だが、わずかに心が落ち着きを取り戻すことができた。
「とにかく移動…」
砂利が擦れる音がした。
反射的に目を走らせる。きらりと何かが反射した。
「くそっ」
身体をひねり、クリストフの前に。
隠していた短剣を腰から引き抜く。
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