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「じゃあ、受け取ってくるね」
「へいへい」

 再び、商業組合にやってきた俺はクリストフを見送る。
 無事に合格発表を終えたので、あとはメテオリティ領に帰るだけとなった。

「ほんとに面倒な仕組みだ」

 荷物はすでにまとめて馬車に積んであるが、商業組合の警備は厳しい。商業組合が指定した馬車以外、敷地内に入ることはできない。そのため、俺たちの荷を積んでいる馬車は近くの道に留めている。

「たしかに荷に隠れて襲撃されたらたまったもんじゃねぇからな。わからんでもないが」

 ただ馬車までの移動には神経を使わなきゃならないから、面倒だ。
 でもクリストフに頼むぐらいだから、重要度は低いモノだろう。せいぜい、土地や税に関する書類あたりか。待機しながら周囲を観察するが特に問題はなし。ついでに、あの妙な女の占い屋に立ち寄ってみたが消えていた。露店では日毎に場所を変えるのはよくある事なので不思議ではない。

「お待たせ」

 クリストフは思ったより早く帰ってきた。
 事前に打ち合わせをしていたとは言え、早すぎないか。しかも入った時と変わらない。つまり、なにも持っていない。
 
「・・・ちゃんと受け取ってきた、よな?」

 まさか、とは思いつつも、クリストフなら上層部とのほほんとお茶して帰ってきかねないところはいなめない。

「うん? もちろん。封書に収まっているから、胸元に仕舞っているんだ」

 クリストフは俺の言葉に不思議そうにしながらも、ふわりと笑って自分の胸を撫でた。 
 そうだよな。と納得しつつも、ほっと息をつく。
 胸元に仕舞っているということは、やはり、契約書もしくは通達あたりか。ほんとに言葉通りに”簡単なおつかい”を頼まれていたようだ。

「受け取ってんなら、さっさと馬車に乗るぞ。俺は早く帰って寝るんだからな」
「そうだね。なんだかんだ言ってうまく眠れてなかったみたいだし」

 するりと視界に指が入ってきた。
 目の下をなぞるように、そっと触れられる。

「気軽に触んなっつてんだろ。そんなんじゃねぇし」
「そう? カラダは正直みたいだけどね」

 気の置けないとは言え、簡単に距離を詰められた。
 顔全体を引くように指から離れると、クリストフはクスクスと声を立てて笑った。

「うるさい。ほら、馬車に乗るぞ」

 くいっとアゴで馬車を指して、先導する。
 御者ぎょしゃが馬車に近付く俺たちに気づくと、深々と頭を下げて扉を開いた。
 俺はクリストフに手を添えて、車内に乗せつつ周囲を確認。異常なし。

「俺が乗って扉を閉めるから、御者席に戻ってくれ」

 御者が御者席に着いたの確認してから足を掛け、乗り込む。バタンと扉を閉めた音が合図となり、馬車が動き出す。馬車はガタガタと音を刻みはじめた。

「はぁ」

 王都内は人も多いため速度は出せない。
 歩くよりは早いが、走った方が早いかもしれない。

「どうしたの、アルード?」
「べつに」

 王都さえ出てしまえば馬車の速度は出せる。
 ゆるやかに動く景色は過去ぜんかいの記憶を呼び起こさせて、混ざり、混乱させる。それとも、見知った顔を見たからか。
 やるべきことはたくさんある。
 途方もない、でも、時間もない。
 二人だけの空間。注意することが減り、脳内にできた隙間にぐるぐると不穏な考えが流れ込んでくる。

「顔色悪いよ」
「気のせいだ」
「疲れが出たのかな?」
「違う」
「じゃあ、酔った?」

 気分が悪く余裕がない。
 クリストフは冷たくあしらっても、棘が出ることなく穏やかに言葉をかけ続けてくる。意図していないとは思うが、クリストフの短い言葉は余裕がない頭でも理解しやすい。届く言葉に淡々と返しているだけで、段々と頭の中が落ち着いていく。

「……酔ってない」
「肩、貸すよ?」
「はぁ。貸すならフツー、膝だろ」

 いつもと変わらない戯言ざれごと
 それなのにクリストフの声は弾んで返ってきた。

「えっ。膝枕してほしいの!?」

 びっくりしてクリストフを見ると、満面の笑みを浮かべている。
 こっちが弱っているからって調子に乗りやがって。

「冗談に決まってるだろうがっ」
「僕は本気で借せるよ?」

 クリストフはこれ見よがしに太ももをポンポンと叩く。

「っ…。俺は借りたくない!」
「ふふっ。元気出てきたみたいで良かった」
「不可抗力だ!!」

 そう叫んだ瞬間、ガシャンと衝撃音がする。
 ガラスが車内に飛び散った。何かが投げ込まれたと理解する。そのモノを視覚に捉えた時にはすでにシューッと音を立て、何かかが噴き出していた。
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