白眼従者の献身と、辺境伯の最愛について

kei

文字の大きさ
上 下
12 / 40
【1】

8、

しおりを挟む
「さすが王都。国外の珍しい商品の取り扱いが豊富だね」
「……そうだな」
「アルード。そんなにねないで?」
「拗ねてないっ」

 試験に一点集中していた俺は貴族適用を見落としていたこと、は認めよう。
 でも、そもそも過去ぜんかいとは違ったことをしているのだから、知らなくても当然と言えば当然なことだ。だから、けっして拗ねてなどいない。

「あ、アルードが好きなお菓子が売っているよ?」
「・・・」

 むしろ、試験合格だけではなく、クリストフと”同じクラスになろうと努力していた”こと。
 クリストフは気付いていたからこそ、あの言葉が出たはずだ。
 それなのに、そのことをまったく考えていなかった自分。アホみたいに教科書と睨み合っていたことが次々と浮かんできて、その記憶の量に呼応するように頬が熱を持ちはじめる。
 だから、絶対、あれもこれも、クリストフはいつものように生暖かい目で見ていたに違いない。

「いらねぇ」

 気付かれているだろうが、意地でも表情かおを見せたくなくて顔を逸らしながら答える。

「そう? でも、僕が食べたいから買うよ」
「わかった」

 露天でお菓子を買い求める貴族の息子。ほんと、庶民みたいだな。

「はぁ」

 少し離れたクリストフを目線で追いながら、腹の中に積み重なった息をやっとこぼした。
 考えれば考えるほどドツボにハマっているような気がするが……絶対、俺の行動について「僕と離れたくないんだね?」とか、都合のいい解釈しているに違いない。

 違う! 断じて、違う!

 叫べるならそう叫んで反論したい。
 クリストフの『離れたくない』と俺の『離れたくない』は同じ言葉だけど、違う。
 クリストフを『守る』ために『離れたくない』のであって、決して『寂しくて』『離れたくない』わけじゃない。

「はい。アルード」

 目の前に、半球の形をした焼き菓子マンジュウが現れる。
 ふわふわとした弾力のある生地が特徴の異国の菓子だ。

「自分で食べれる。渡せ」
「んー? ね、口を開けて?」

 なんだかんだ言って俺を弄って楽しむくせに、こうして不機嫌になればご機嫌をとろうとアレコレとやるのがクリストフである。そして、その方法は幼い頃から変わっていない。
 ・・・本当にコイツは、俺のこと、いくつだと思っているんだか。
 過去むかしの俺だったらごまかされて機嫌も直っただろうが、現在いまの俺の中身は大人だ。菓子ごときで、直るものではない。

「アルード。ほら、あーん?」

 しかし、こうなるとクリストフはしつこい。受け入れなければ、何かにつけてずーっと幼稚な行動を繰り返すことは経験済みである。
 仕方がない、そう仕方がないから食べてやるんだ。

「んっ。うまい」

 クリストフの手にあるマンジュウをぱくりと食べれば、口の中に広がる甘み。見た目は真っ茶色で、中に入っているあんは真っ黒という食欲をそそるようなものではないが、ホイップクリームに匹敵する甘さがある。しかし甘ったるさはなく、不思議とほどよい甘さに感じてしまうところが気に入っている。
 そう言えば、子供の頃は食べ過ぎだと注意されていたものだ。

「そうだね、美味しいね」
「ふん」

 残っていた分をクリストフからもぎ取って、食べる。
 でも本当にマンジュウを食べるのは久しぶりだ。メテオリティ領が王都からも離れていることもあるが、国外の食べ物は流通がされにくい。だれかが買ってきた手土産として出会って以来、この異国の不思議なお菓子が俺の好物となっていた。

「ーーそう言えば、父上に、試験終わりに受け取るように言われた書類があったんだった」
「はぁ? 息抜きで遊ぶ前に、ダディック様の用事を先に済ませろよ」
「アルードに言われちゃうと困るなー」
「どう言う意味だ」

 クリストフは俺の反応が面白いのか、ふっと息を漏らして穏やかな笑みを見せる。

「ま、用事と言うほどじゃないよ。商業組合ギルドの偉い人にあって、書類を受け取る”簡単なおつかい”だよ」
「はぁ。そんなこと言っても商業組合なんて、当日おいそれと行ける場所じゃねぇだろうが。それでなくても、明日、試験が終わったあとの予定は決まってるんだ。事前に顔合わせぐらいしてだなーー」
「うんうん。その流れるような小言は、執事長のジャルディーによる指導の賜物たまものかなぁ」

 しみじみと語るクリストフは楽しげだ。

「あーのーなー」
「どうどう。分かってるって、ほら、あそこが予定の場所。明日のことで確認してくるから、ちょっと待ってて」

 クリストフが指差した場所。適当に歩いていると思っていたが、目的地に近かった。
 ……わざと、思い出したように言ったな。

「はぁ、了解」

 とにかくも、誰でも行ける商業組合と言いつつもトップの組合長にでも会うはずだ。さすがに従者とは言え、トップの人間に、身分の卑しい俺が主人と並んで入ることはできない。
 それに、商業組合の警備は王城に匹敵するほど強固なモノなので、クリストフが一人で行っても心配するようなことはほとんどない。

「いい子にしててね。買い物とかしてていいけど、離れすぎて迷子にならないように気をつけて」

 商業組合の中で待たせるよりは、という判断をしてのこの自由時間のはずだが、本当に、本当に、クリストフの視界には俺がどう見えているのかを問いたくなる。

「いちいち、うるさい。子供じゃねぇから分かってる! だから、さっさと行け!」
「大丈夫? そんなに時間はかからないと思うけど、なるべく早く帰ってくるね」

 去り際にさらりと頭を撫でられる。

「おっまっ」
「うん」

 文句を言う前に、クリストフは優雅に歩いていった。
 その様子を見ていたと思われる出入り口にいる警備の人間から、いたたまれない視線が刺さってきていたが、心の平穏のために気づかないふりをする。

「くそ。まぁ、いい。時間を潰してやる」
しおりを挟む
Webコンテツ大賞、投票&閲覧ありがとうございました!
2023.12.1 kei
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

悪役令息、皇子殿下(7歳)に転生する

めろ
BL
皇子殿下(7歳)に転生したっぽいけど、何も分からない。 侍従(8歳)と仲良くするように言われたけど、無表情すぎて何を考えてるのか分からない。 分からないことばかりの中、どうにか日々を過ごしていくうちに 主人公・イリヤはとある事件に巻き込まれて……? 思い出せない前世の死と 戸惑いながらも歩み始めた今世の生の狭間で、 ほんのりシリアスな主従ファンタジーBL開幕! .。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ HOTランキング入りしました😭🙌 ♡もエールもありがとうございます…!! ※第1話からプチ改稿中 (内容ほとんど変わりませんが、 サブタイトルがついている話は改稿済みになります) 大変お待たせしました!連載再開いたします…!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...