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「さすが王都。国外の珍しい商品の取り扱いが豊富だね」
「……そうだな」
「アルード。そんなに拗ねないで?」
「拗ねてないっ」
試験に一点集中していた俺は貴族適用を見落としていたこと、は認めよう。
でも、そもそも過去とは違ったことをしているのだから、知らなくても当然と言えば当然なことだ。だから、けっして拗ねてなどいない。
「あ、アルードが好きなお菓子が売っているよ?」
「・・・」
むしろ、試験合格だけではなく、クリストフと”同じクラスになろうと努力していた”こと。
クリストフは気付いていたからこそ、あの言葉が出たはずだ。
それなのに、そのことをまったく考えていなかった自分。アホみたいに教科書と睨み合っていたことが次々と浮かんできて、その記憶の量に呼応するように頬が熱を持ちはじめる。
だから、絶対、あれもこれも、クリストフはいつものように生暖かい目で見ていたに違いない。
「いらねぇ」
気付かれているだろうが、意地でも表情を見せたくなくて顔を逸らしながら答える。
「そう? でも、僕が食べたいから買うよ」
「わかった」
露天でお菓子を買い求める貴族の息子。ほんと、庶民みたいだな。
「はぁ」
少し離れたクリストフを目線で追いながら、腹の中に積み重なった息をやっとこぼした。
考えれば考えるほどドツボにハマっているような気がするが……絶対、俺の行動について「僕と離れたくないんだね?」とか、都合のいい解釈しているに違いない。
違う! 断じて、違う!
叫べるならそう叫んで反論したい。
クリストフの『離れたくない』と俺の『離れたくない』は同じ言葉だけど、違う。
クリストフを『守る』ために『離れたくない』のであって、決して『寂しくて』『離れたくない』わけじゃない。
「はい。アルード」
目の前に、半球の形をした焼き菓子マンジュウが現れる。
ふわふわとした弾力のある生地が特徴の異国の菓子だ。
「自分で食べれる。渡せ」
「んー? ね、口を開けて?」
なんだかんだ言って俺を弄って楽しむくせに、こうして不機嫌になればご機嫌をとろうとアレコレとやるのがクリストフである。そして、その方法は幼い頃から変わっていない。
・・・本当にコイツは、俺のこと、いくつだと思っているんだか。
過去の俺だったらごまかされて機嫌も直っただろうが、現在の俺の中身は大人だ。菓子ごときで、直るものではない。
「アルード。ほら、あーん?」
しかし、こうなるとクリストフはしつこい。受け入れなければ、何かにつけてずーっと幼稚な行動を繰り返すことは経験済みである。
仕方がない、そう仕方がないから食べてやるんだ。
「んっ。うまい」
クリストフの手にあるマンジュウをぱくりと食べれば、口の中に広がる甘み。見た目は真っ茶色で、中に入っている餡は真っ黒という食欲をそそるようなものではないが、ホイップクリームに匹敵する甘さがある。しかし甘ったるさはなく、不思議とほどよい甘さに感じてしまうところが気に入っている。
そう言えば、子供の頃は食べ過ぎだと注意されていたものだ。
「そうだね、美味しいね」
「ふん」
残っていた分をクリストフからもぎ取って、食べる。
でも本当にマンジュウを食べるのは久しぶりだ。メテオリティ領が王都からも離れていることもあるが、国外の食べ物は流通がされにくい。だれかが買ってきた手土産として出会って以来、この異国の不思議なお菓子が俺の好物となっていた。
「ーーそう言えば、父上に、試験終わりに受け取るように言われた書類があったんだった」
「はぁ? 息抜きで遊ぶ前に、ダディック様の用事を先に済ませろよ」
「アルードに言われちゃうと困るなー」
「どう言う意味だ」
クリストフは俺の反応が面白いのか、ふっと息を漏らして穏やかな笑みを見せる。
「ま、用事と言うほどじゃないよ。商業組合の偉い人にあって、書類を受け取る”簡単なおつかい”だよ」
「はぁ。そんなこと言っても商業組合なんて、当日おいそれと行ける場所じゃねぇだろうが。それでなくても、明日、試験が終わったあとの予定は決まってるんだ。事前に顔合わせぐらいしてだなーー」
「うんうん。その流れるような小言は、執事長のジャルディーによる指導の賜物かなぁ」
しみじみと語るクリストフは楽しげだ。
「あーのーなー」
「どうどう。分かってるって、ほら、あそこが予定の場所。明日のことで確認してくるから、ちょっと待ってて」
クリストフが指差した場所。適当に歩いていると思っていたが、目的地に近かった。
……わざと、思い出したように言ったな。
「はぁ、了解」
とにかくも、誰でも行ける商業組合と言いつつもトップの組合長にでも会うはずだ。さすがに従者とは言え、トップの人間に、身分の卑しい俺が主人と並んで入ることはできない。
それに、商業組合の警備は王城に匹敵するほど強固なモノなので、クリストフが一人で行っても心配するようなことはほとんどない。
「いい子にしててね。買い物とかしてていいけど、離れすぎて迷子にならないように気をつけて」
商業組合の中で待たせるよりは、という判断をしてのこの自由時間のはずだが、本当に、本当に、クリストフの視界には俺がどう見えているのかを問いたくなる。
「いちいち、うるさい。子供じゃねぇから分かってる! だから、さっさと行け!」
「大丈夫? そんなに時間はかからないと思うけど、なるべく早く帰ってくるね」
去り際にさらりと頭を撫でられる。
「おっまっ」
「うん」
文句を言う前に、クリストフは優雅に歩いていった。
その様子を見ていたと思われる出入り口にいる警備の人間から、いたたまれない視線が刺さってきていたが、心の平穏のために気づかないふりをする。
「くそ。まぁ、いい。時間を潰してやる」
「……そうだな」
「アルード。そんなに拗ねないで?」
「拗ねてないっ」
試験に一点集中していた俺は貴族適用を見落としていたこと、は認めよう。
でも、そもそも過去とは違ったことをしているのだから、知らなくても当然と言えば当然なことだ。だから、けっして拗ねてなどいない。
「あ、アルードが好きなお菓子が売っているよ?」
「・・・」
むしろ、試験合格だけではなく、クリストフと”同じクラスになろうと努力していた”こと。
クリストフは気付いていたからこそ、あの言葉が出たはずだ。
それなのに、そのことをまったく考えていなかった自分。アホみたいに教科書と睨み合っていたことが次々と浮かんできて、その記憶の量に呼応するように頬が熱を持ちはじめる。
だから、絶対、あれもこれも、クリストフはいつものように生暖かい目で見ていたに違いない。
「いらねぇ」
気付かれているだろうが、意地でも表情を見せたくなくて顔を逸らしながら答える。
「そう? でも、僕が食べたいから買うよ」
「わかった」
露天でお菓子を買い求める貴族の息子。ほんと、庶民みたいだな。
「はぁ」
少し離れたクリストフを目線で追いながら、腹の中に積み重なった息をやっとこぼした。
考えれば考えるほどドツボにハマっているような気がするが……絶対、俺の行動について「僕と離れたくないんだね?」とか、都合のいい解釈しているに違いない。
違う! 断じて、違う!
叫べるならそう叫んで反論したい。
クリストフの『離れたくない』と俺の『離れたくない』は同じ言葉だけど、違う。
クリストフを『守る』ために『離れたくない』のであって、決して『寂しくて』『離れたくない』わけじゃない。
「はい。アルード」
目の前に、半球の形をした焼き菓子マンジュウが現れる。
ふわふわとした弾力のある生地が特徴の異国の菓子だ。
「自分で食べれる。渡せ」
「んー? ね、口を開けて?」
なんだかんだ言って俺を弄って楽しむくせに、こうして不機嫌になればご機嫌をとろうとアレコレとやるのがクリストフである。そして、その方法は幼い頃から変わっていない。
・・・本当にコイツは、俺のこと、いくつだと思っているんだか。
過去の俺だったらごまかされて機嫌も直っただろうが、現在の俺の中身は大人だ。菓子ごときで、直るものではない。
「アルード。ほら、あーん?」
しかし、こうなるとクリストフはしつこい。受け入れなければ、何かにつけてずーっと幼稚な行動を繰り返すことは経験済みである。
仕方がない、そう仕方がないから食べてやるんだ。
「んっ。うまい」
クリストフの手にあるマンジュウをぱくりと食べれば、口の中に広がる甘み。見た目は真っ茶色で、中に入っている餡は真っ黒という食欲をそそるようなものではないが、ホイップクリームに匹敵する甘さがある。しかし甘ったるさはなく、不思議とほどよい甘さに感じてしまうところが気に入っている。
そう言えば、子供の頃は食べ過ぎだと注意されていたものだ。
「そうだね、美味しいね」
「ふん」
残っていた分をクリストフからもぎ取って、食べる。
でも本当にマンジュウを食べるのは久しぶりだ。メテオリティ領が王都からも離れていることもあるが、国外の食べ物は流通がされにくい。だれかが買ってきた手土産として出会って以来、この異国の不思議なお菓子が俺の好物となっていた。
「ーーそう言えば、父上に、試験終わりに受け取るように言われた書類があったんだった」
「はぁ? 息抜きで遊ぶ前に、ダディック様の用事を先に済ませろよ」
「アルードに言われちゃうと困るなー」
「どう言う意味だ」
クリストフは俺の反応が面白いのか、ふっと息を漏らして穏やかな笑みを見せる。
「ま、用事と言うほどじゃないよ。商業組合の偉い人にあって、書類を受け取る”簡単なおつかい”だよ」
「はぁ。そんなこと言っても商業組合なんて、当日おいそれと行ける場所じゃねぇだろうが。それでなくても、明日、試験が終わったあとの予定は決まってるんだ。事前に顔合わせぐらいしてだなーー」
「うんうん。その流れるような小言は、執事長のジャルディーによる指導の賜物かなぁ」
しみじみと語るクリストフは楽しげだ。
「あーのーなー」
「どうどう。分かってるって、ほら、あそこが予定の場所。明日のことで確認してくるから、ちょっと待ってて」
クリストフが指差した場所。適当に歩いていると思っていたが、目的地に近かった。
……わざと、思い出したように言ったな。
「はぁ、了解」
とにかくも、誰でも行ける商業組合と言いつつもトップの組合長にでも会うはずだ。さすがに従者とは言え、トップの人間に、身分の卑しい俺が主人と並んで入ることはできない。
それに、商業組合の警備は王城に匹敵するほど強固なモノなので、クリストフが一人で行っても心配するようなことはほとんどない。
「いい子にしててね。買い物とかしてていいけど、離れすぎて迷子にならないように気をつけて」
商業組合の中で待たせるよりは、という判断をしてのこの自由時間のはずだが、本当に、本当に、クリストフの視界には俺がどう見えているのかを問いたくなる。
「いちいち、うるさい。子供じゃねぇから分かってる! だから、さっさと行け!」
「大丈夫? そんなに時間はかからないと思うけど、なるべく早く帰ってくるね」
去り際にさらりと頭を撫でられる。
「おっまっ」
「うん」
文句を言う前に、クリストフは優雅に歩いていった。
その様子を見ていたと思われる出入り口にいる警備の人間から、いたたまれない視線が刺さってきていたが、心の平穏のために気づかないふりをする。
「くそ。まぁ、いい。時間を潰してやる」
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Webコンテツ大賞、投票&閲覧ありがとうございました!
2023.12.1 kei
2023.12.1 kei
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