ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

文字の大きさ
上 下
23 / 25
出会い編

ルームサービス

しおりを挟む
「あふ……」

ユキは欠伸を漏らしながら、まだ眠そうに目を擦る。寝癖で少しぼさついた髪を掻くその仕草は、先ほどの余裕ある姿とは打って変わって、無防備で自然体だ。

付き合いたてのカップルのお泊まり会って、こんな感じなんだろうか――ふとそんなことを考えてしまう。
オメガであるハルは、友人の家に泊まった経験すらほとんどなく、こんな風に朝を共有するのは初めてだ。照れくさいような、でも幸せな気持ちが胸に広がる。

(両思い、なんだよな……)
(これ、夢じゃないよな……)

洗面台から戻ってきたユキは、リビングのアームレストに腰掛けてルームサービスのメニューを広げる。椅子に座ればいいのに、腰の位置が高い彼にはこちらの方が楽らしい。


「ハルって、朝は紅茶派?コーヒー派?」

「どちらでも……お前は?」

「紅茶。セバスチャンが淹れてくれる紅茶が一番美味しい」

「はいはい、お坊ちゃんですねぇ」

「うん」


ハルも何気なくソファに向かい、どすんと腰掛けた。アームレストに座ったユキと隣り合うように座ったのは無意識だったが、身体が触れ合う感覚に少しドキリとした。親密な関係だから、こんなことは普通だろうと心の中で言い訳をして、リモコンを手に取りテレビをつけて気を紛らわせた。


「メニュー見せて」

「はい」


コンチネンタルブレックファスト \5.860
パン盛り合わせ バター、ジャム添え
スライスフルーツ盛り合わせ
~下記よりそれぞれお選びください~
シリアル:コーンフレーク、グラノーラ、またら玄米フレーク
シリアルミルク:レギュラーミルク、低脂肪、または豆乳
ヨーグルト:プレーン、またはフルーツヨーグルト
ジュースまたはスムージー:グレープフルーツ、パイナップル、アップル、トマト、キャロット、オレンジ、またはビーツとオレンジのデトックススムージー
ホットドリンク:コーヒー、紅茶、またらホットチョコレート

アメリカンブレックファスト \6.100
~コンチネンタルに加え、下記よりそれぞれお選びください~
卵料理:目玉焼き、オムレツ、スクランブルエッグ、ゆで卵、またはポーチドエッグ
付け合わせ:ハム、ベーコン、グリルトマト、ポテトのソテー、またはハッシュポテト


「ん……?」

ハルは目を擦った。メニューを読み返すが、細かい選択肢の多さに目が回りそうになる。

(何をどれだけ選べばいいんだ……これ、呪文か何か?)

次のページにはヘルシーブレックファスト、中華、和朝食が載っており、少しだけ分かりやすい。だが、その先に進むと ALL DAY MENU と書かれた欄には、さらなる高価な料理が並んでいた。

キノコとタイムのスープ \2.750
クリーミーオニオンスープ、燻製ベーコンとチャイブ \2.250

クラシックシーザーサラダ \2.750
トッピング:スモークチキン\900、スモークサーモン\900、アボカドスライス\800


「高い……」

思わず声を漏らし、メニューを睨むハル。
庶民的な家庭で育ち、普段はパンかシリアルで朝を済ませる彼には、この価格設定は現実離れしすぎている。朝食に5,000円以上も使うなんて、考えたこともなかった。

(俺は、食費は一回1000円以下が理想なんだけどな……)


「これは一応確認なんだけど、宿泊代も朝食も、全部奢ってくれるんだよな?」


ジト目で隣のユキを睨むと、彼はいつの間にかソファで隣に座り、軽く肩を組むようにしてハルの髪を弄んでいた。

ユキは、一瞬ぽかんとした顔を見せる。どうやらそんな質問が来るとは思っていなかったらしい。


「もちろん」

「なら良かった」


ホッとしながらも、ハルの中に小さな疑問が浮かぶ。


「……まさかとは思うけど、王子様の支払い関係は全部、執事がやってくれるのか?」

「支払い?」

「ここに金額が書いてあるだろ? 宿泊後にロビーでまとめて払うんだよ」

「知ってるよ。カード出すんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「俺、できるよ」


ユキは胸を張りながら、突然キリッとした表情を作る。そして、片手を腰に当て、もう片方の手で空中にカードを差し出すような仕草を見せた。まるで「これが王家のカードさばきだ」とでも言わんばかりの堂々としたポーズだ。


「カードを出すの、得意だし」


表情とポーズはばっちり決めているが、ピンと立った元気な三角の耳と、興奮してブンブンとモフモフ尻尾を振り回す様子が、「褒めてほしい」と言わんばかりで、ハルは思わず笑いながら突っ込んだ。


「いや、それただカードを出すだけだろ、誰でもできるから!」

「そうなの?でも、スマートに出すのが大事なんでしょ?」


ユキは「自分はできる」と信じ切った様子で、再びポーズを決める。なんなら、カードを持つ指先を優雅に動かしながら、イメージだけのカードを机の上にスッと置いてみせた。


「ほら、こうやってスマートに」

「それ、どこの映画の真似だよ!」


ハルはツッコミを入れつつ、ユキの真剣な表情に笑いを堪えきれない。


「……まじかよ。お前、本当にそれで世界を渡ってきたの?」

「うん。セバスチャンも褒めてくれたよ。『さすがです』って」

「それ絶対お世辞だぞ」


ハルは、目の前の王子の天然っぷりに軽く頭を抱えつつも、胸の奥でじんわりと温かい気持ちが広がるのを感じていた。この他愛のないやりとりが、こんなにも心を穏やかにさせるものだなんて。


ユキは「じゃあ注文は俺がするからね」と自信たっぷりにエグゼクティブルーム据え置きの電話を取り、フロントに電話を掛け始めた。

「キャベツとハムのサンドイッチと、ホットコーヒーな」とハルが声を掛けると、ユキはウインクを返してきた。

「……やれやれ、うちの王子様は……」


ハルはそう呟いた。恐らく、セバスチャンがここにいたらハルと同じように苦笑していただろう。

このふたりが築いていく日常はきっと、こんなふうに笑いと安心感に包まれていくのだろう。そんな期待を抱きながら、ハルはソファの背もたれに身を預け、ユキとの朝のひとときを満喫するのだった。



⭐︎次話ーー「ハルの秘密」近日中UP
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...