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出会い編
ルームサービス
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「あふ……」
ユキは欠伸を漏らしながら、まだ眠そうに目を擦る。寝癖で少しぼさついた髪を掻くその仕草は、先ほどの余裕ある姿とは打って変わって、無防備で自然体だ。
付き合いたてのカップルのお泊まり会って、こんな感じなんだろうか――ふとそんなことを考えてしまう。
オメガであるハルは、友人の家に泊まった経験すらほとんどなく、こんな風に朝を共有するのは初めてだ。照れくさいような、でも幸せな気持ちが胸に広がる。
(両思い、なんだよな……)
(これ、夢じゃないよな……)
洗面台から戻ってきたユキは、リビングのアームレストに腰掛けてルームサービスのメニューを広げる。椅子に座ればいいのに、腰の位置が高い彼にはこちらの方が楽らしい。
「ハルって、朝は紅茶派?コーヒー派?」
「どちらでも……お前は?」
「紅茶。セバスチャンが淹れてくれる紅茶が一番美味しい」
「はいはい、お坊ちゃんですねぇ」
「うん」
ハルも何気なくソファに向かい、どすんと腰掛けた。アームレストに座ったユキと隣り合うように座ったのは無意識だったが、身体が触れ合う感覚に少しドキリとした。親密な関係だから、こんなことは普通だろうと心の中で言い訳をして、リモコンを手に取りテレビをつけて気を紛らわせた。
「メニュー見せて」
「はい」
コンチネンタルブレックファスト \5.860
パン盛り合わせ バター、ジャム添え
スライスフルーツ盛り合わせ
~下記よりそれぞれお選びください~
シリアル:コーンフレーク、グラノーラ、またら玄米フレーク
シリアルミルク:レギュラーミルク、低脂肪、または豆乳
ヨーグルト:プレーン、またはフルーツヨーグルト
ジュースまたはスムージー:グレープフルーツ、パイナップル、アップル、トマト、キャロット、オレンジ、またはビーツとオレンジのデトックススムージー
ホットドリンク:コーヒー、紅茶、またらホットチョコレート
アメリカンブレックファスト \6.100
~コンチネンタルに加え、下記よりそれぞれお選びください~
卵料理:目玉焼き、オムレツ、スクランブルエッグ、ゆで卵、またはポーチドエッグ
付け合わせ:ハム、ベーコン、グリルトマト、ポテトのソテー、またはハッシュポテト
「ん……?」
ハルは目を擦った。メニューを読み返すが、細かい選択肢の多さに目が回りそうになる。
(何をどれだけ選べばいいんだ……これ、呪文か何か?)
次のページにはヘルシーブレックファスト、中華、和朝食が載っており、少しだけ分かりやすい。だが、その先に進むと ALL DAY MENU と書かれた欄には、さらなる高価な料理が並んでいた。
キノコとタイムのスープ \2.750
クリーミーオニオンスープ、燻製ベーコンとチャイブ \2.250
クラシックシーザーサラダ \2.750
トッピング:スモークチキン\900、スモークサーモン\900、アボカドスライス\800
「高い……」
思わず声を漏らし、メニューを睨むハル。
庶民的な家庭で育ち、普段はパンかシリアルで朝を済ませる彼には、この価格設定は現実離れしすぎている。朝食に5,000円以上も使うなんて、考えたこともなかった。
(俺は、食費は一回1000円以下が理想なんだけどな……)
「これは一応確認なんだけど、宿泊代も朝食も、全部奢ってくれるんだよな?」
ジト目で隣のユキを睨むと、彼はいつの間にかソファで隣に座り、軽く肩を組むようにしてハルの髪を弄んでいた。
ユキは、一瞬ぽかんとした顔を見せる。どうやらそんな質問が来るとは思っていなかったらしい。
「もちろん」
「なら良かった」
ホッとしながらも、ハルの中に小さな疑問が浮かぶ。
「……まさかとは思うけど、王子様の支払い関係は全部、執事がやってくれるのか?」
「支払い?」
「ここに金額が書いてあるだろ? 宿泊後にロビーでまとめて払うんだよ」
「知ってるよ。カード出すんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「俺、できるよ」
ユキは胸を張りながら、突然キリッとした表情を作る。そして、片手を腰に当て、もう片方の手で空中にカードを差し出すような仕草を見せた。まるで「これが王家のカードさばきだ」とでも言わんばかりの堂々としたポーズだ。
「カードを出すの、得意だし」
表情とポーズはばっちり決めているが、ピンと立った元気な三角の耳と、興奮してブンブンとモフモフ尻尾を振り回す様子が、「褒めてほしい」と言わんばかりで、ハルは思わず笑いながら突っ込んだ。
「いや、それただカードを出すだけだろ、誰でもできるから!」
「そうなの?でも、スマートに出すのが大事なんでしょ?」
ユキは「自分はできる」と信じ切った様子で、再びポーズを決める。なんなら、カードを持つ指先を優雅に動かしながら、イメージだけのカードを机の上にスッと置いてみせた。
「ほら、こうやってスマートに」
「それ、どこの映画の真似だよ!」
ハルはツッコミを入れつつ、ユキの真剣な表情に笑いを堪えきれない。
「……まじかよ。お前、本当にそれで世界を渡ってきたの?」
「うん。セバスチャンも褒めてくれたよ。『さすがです』って」
「それ絶対お世辞だぞ」
ハルは、目の前の王子の天然っぷりに軽く頭を抱えつつも、胸の奥でじんわりと温かい気持ちが広がるのを感じていた。この他愛のないやりとりが、こんなにも心を穏やかにさせるものだなんて。
ユキは「じゃあ注文は俺がするからね」と自信たっぷりにエグゼクティブルーム据え置きの電話を取り、フロントに電話を掛け始めた。
「キャベツとハムのサンドイッチと、ホットコーヒーな」とハルが声を掛けると、ユキはウインクを返してきた。
「……やれやれ、うちの王子様は……」
ハルはそう呟いた。恐らく、セバスチャンがここにいたらハルと同じように苦笑していただろう。
このふたりが築いていく日常はきっと、こんなふうに笑いと安心感に包まれていくのだろう。そんな期待を抱きながら、ハルはソファの背もたれに身を預け、ユキとの朝のひとときを満喫するのだった。
⭐︎次話ーー「ハルの秘密」近日中UP
ユキは欠伸を漏らしながら、まだ眠そうに目を擦る。寝癖で少しぼさついた髪を掻くその仕草は、先ほどの余裕ある姿とは打って変わって、無防備で自然体だ。
付き合いたてのカップルのお泊まり会って、こんな感じなんだろうか――ふとそんなことを考えてしまう。
オメガであるハルは、友人の家に泊まった経験すらほとんどなく、こんな風に朝を共有するのは初めてだ。照れくさいような、でも幸せな気持ちが胸に広がる。
(両思い、なんだよな……)
(これ、夢じゃないよな……)
洗面台から戻ってきたユキは、リビングのアームレストに腰掛けてルームサービスのメニューを広げる。椅子に座ればいいのに、腰の位置が高い彼にはこちらの方が楽らしい。
「ハルって、朝は紅茶派?コーヒー派?」
「どちらでも……お前は?」
「紅茶。セバスチャンが淹れてくれる紅茶が一番美味しい」
「はいはい、お坊ちゃんですねぇ」
「うん」
ハルも何気なくソファに向かい、どすんと腰掛けた。アームレストに座ったユキと隣り合うように座ったのは無意識だったが、身体が触れ合う感覚に少しドキリとした。親密な関係だから、こんなことは普通だろうと心の中で言い訳をして、リモコンを手に取りテレビをつけて気を紛らわせた。
「メニュー見せて」
「はい」
コンチネンタルブレックファスト \5.860
パン盛り合わせ バター、ジャム添え
スライスフルーツ盛り合わせ
~下記よりそれぞれお選びください~
シリアル:コーンフレーク、グラノーラ、またら玄米フレーク
シリアルミルク:レギュラーミルク、低脂肪、または豆乳
ヨーグルト:プレーン、またはフルーツヨーグルト
ジュースまたはスムージー:グレープフルーツ、パイナップル、アップル、トマト、キャロット、オレンジ、またはビーツとオレンジのデトックススムージー
ホットドリンク:コーヒー、紅茶、またらホットチョコレート
アメリカンブレックファスト \6.100
~コンチネンタルに加え、下記よりそれぞれお選びください~
卵料理:目玉焼き、オムレツ、スクランブルエッグ、ゆで卵、またはポーチドエッグ
付け合わせ:ハム、ベーコン、グリルトマト、ポテトのソテー、またはハッシュポテト
「ん……?」
ハルは目を擦った。メニューを読み返すが、細かい選択肢の多さに目が回りそうになる。
(何をどれだけ選べばいいんだ……これ、呪文か何か?)
次のページにはヘルシーブレックファスト、中華、和朝食が載っており、少しだけ分かりやすい。だが、その先に進むと ALL DAY MENU と書かれた欄には、さらなる高価な料理が並んでいた。
キノコとタイムのスープ \2.750
クリーミーオニオンスープ、燻製ベーコンとチャイブ \2.250
クラシックシーザーサラダ \2.750
トッピング:スモークチキン\900、スモークサーモン\900、アボカドスライス\800
「高い……」
思わず声を漏らし、メニューを睨むハル。
庶民的な家庭で育ち、普段はパンかシリアルで朝を済ませる彼には、この価格設定は現実離れしすぎている。朝食に5,000円以上も使うなんて、考えたこともなかった。
(俺は、食費は一回1000円以下が理想なんだけどな……)
「これは一応確認なんだけど、宿泊代も朝食も、全部奢ってくれるんだよな?」
ジト目で隣のユキを睨むと、彼はいつの間にかソファで隣に座り、軽く肩を組むようにしてハルの髪を弄んでいた。
ユキは、一瞬ぽかんとした顔を見せる。どうやらそんな質問が来るとは思っていなかったらしい。
「もちろん」
「なら良かった」
ホッとしながらも、ハルの中に小さな疑問が浮かぶ。
「……まさかとは思うけど、王子様の支払い関係は全部、執事がやってくれるのか?」
「支払い?」
「ここに金額が書いてあるだろ? 宿泊後にロビーでまとめて払うんだよ」
「知ってるよ。カード出すんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「俺、できるよ」
ユキは胸を張りながら、突然キリッとした表情を作る。そして、片手を腰に当て、もう片方の手で空中にカードを差し出すような仕草を見せた。まるで「これが王家のカードさばきだ」とでも言わんばかりの堂々としたポーズだ。
「カードを出すの、得意だし」
表情とポーズはばっちり決めているが、ピンと立った元気な三角の耳と、興奮してブンブンとモフモフ尻尾を振り回す様子が、「褒めてほしい」と言わんばかりで、ハルは思わず笑いながら突っ込んだ。
「いや、それただカードを出すだけだろ、誰でもできるから!」
「そうなの?でも、スマートに出すのが大事なんでしょ?」
ユキは「自分はできる」と信じ切った様子で、再びポーズを決める。なんなら、カードを持つ指先を優雅に動かしながら、イメージだけのカードを机の上にスッと置いてみせた。
「ほら、こうやってスマートに」
「それ、どこの映画の真似だよ!」
ハルはツッコミを入れつつ、ユキの真剣な表情に笑いを堪えきれない。
「……まじかよ。お前、本当にそれで世界を渡ってきたの?」
「うん。セバスチャンも褒めてくれたよ。『さすがです』って」
「それ絶対お世辞だぞ」
ハルは、目の前の王子の天然っぷりに軽く頭を抱えつつも、胸の奥でじんわりと温かい気持ちが広がるのを感じていた。この他愛のないやりとりが、こんなにも心を穏やかにさせるものだなんて。
ユキは「じゃあ注文は俺がするからね」と自信たっぷりにエグゼクティブルーム据え置きの電話を取り、フロントに電話を掛け始めた。
「キャベツとハムのサンドイッチと、ホットコーヒーな」とハルが声を掛けると、ユキはウインクを返してきた。
「……やれやれ、うちの王子様は……」
ハルはそう呟いた。恐らく、セバスチャンがここにいたらハルと同じように苦笑していただろう。
このふたりが築いていく日常はきっと、こんなふうに笑いと安心感に包まれていくのだろう。そんな期待を抱きながら、ハルはソファの背もたれに身を預け、ユキとの朝のひとときを満喫するのだった。
⭐︎次話ーー「ハルの秘密」近日中UP
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