ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

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出会い編

確信

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「……ハル。何をされたのか、詳しく話せる?」


ハルは一瞬、目を伏せた。言葉が喉に詰まって、どうしても声が出ない。

それでも、ハルはゆっくりと、震える声で事の顛末を語り始めた。暴力を振るわれたこと、強姦は未遂に終わったが、その心に深い傷を負ったこと。

ユキは一言も挟まず、時折小さく頷きながら、ただ静かに聞いていた。彼の真剣な眼差しが、ハルには何よりもありがたく感じられた。


「おれ……もう、誰も信じられない。タチバナだって、知り合いだったのに……」


ハルは、溢れそうになる涙を堪えながら話していたが、話し終えると同時に、堪えていた感情が噴き出した。
声が震え、止められない。


「近寄られると怖い……触られるのも……もう、ダメかもしれない……」

「……怖かっただろう。辛かっただろう。それを止められなかった俺も悔しい。もっと早く気付いて、駆け付けていたらと思うよ」


そして、ユキは続ける。


「でも、過ぎたことはもう、どうにもならない」


ユキの言葉には非難の色はなく、むしろ淡々とした中に優しさが滲んでいた。しかし、それが逆にハルの胸を締め付けた。


「……俺、汚れたかもしれない」


ようやく声を出したハルの言葉は、驚くほど小さかった。しかし、それを聞いたユキの表情は一変した。


「そんなことない」

ユキは続ける。

「ハルは何も汚れていない。誰が何を言おうと、ハルは変わらないんだ」

「でも……」


ハルは再び俯き、小さな声で続けた。


「これから、どうすればいいのか分からない。ユキの側にいていいのか、それすらも……怖いんだ。…悪い、こんな女々しいこと言って。気持ち悪いだろ」

「俺の前で弱いところを見せるのは、ハルが俺を信じてくれているからでしょ?」

その言葉に、ハルはハッとする。

「君は弱いんじゃない。ただ傷ついているだけだ。ハルは何も悪くない」

その言葉に込められた力強さに、ハルの心が少しずつ解けていくようだった。涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら、ハルは小さく頷いた。

「俺は、ハルの全部を守りたいと思ってる。だから……頼むから、自分を責めるな。」

その言葉は温かく、強く響いた。それなのに、ハルの中には何かが詰まったままだった。言いたいことが山ほどあるのに、言葉にならない。

「この牙も爪も、ハルを守るためにある。俺はきっとハルと出会うために生まれてきた。そして、一生を賭けてハルを守る。それは運命なんかじゃなく、俺自身の意志だ」

ユキは続けて言う。

「どんなに時間がかかってもいい。俺はハルが笑える日を一緒に待つから」


(こんなに大事にされる資格が自分にあるのだろうか……)

不安や罪悪感でいっぱいだった心に、小さな光が差し込んだような気がした。


「……あんまりロマンチックなこと言うなよ……」

「本気だよ」


ユキは、ハルの目をまっすぐに捉えた。その瞳に映る自分を見て、ハルは心臓が早鐘のように打つのを感じた。


「この手が、ハルにとっての盾になるなら、それでいい。それ以外、何もいらない」


ユキは静かに手を差し出した。すぐには近づかず、ハルがその手を見つめる間、ユキの手は微動だにしない。

ハルはしばらく震えていたが、恐る恐るその手に触れる。
ユキは無理に手を引き寄せず、ただハルの指先と触れ合う感覚を共有しているだけだった。


(あ……怖く、ない……?)


他者との接触が心に悪影響を与えないことに気づき、ハルは驚くと同時に少し安心した。

ユキはその瞬間を見逃さず、ゆっくりと手を握る。
そして、さらに慎重にハルをそっと抱きしめた。


「それでいいんだ。俺は、ハルに安心を感じてもらえるなら、それでいい」


ハルは一瞬、身を硬くしたが、ユキの胸に顔を埋めると、やがて緊張が溶けるように泣き始める。


「……なんで……こんなに優しいんだよ……」


泣きじゃくりながらも、ユキの胸に顔を押し付け、嗚咽を漏らすハルに、ユキはただ静かに答える。


「いいから。泣きたいだけ泣いて。大丈夫。俺が受け止めるから」

その温もりと安定感に、ハルの緊張が次第に溶けていくのがわかる。

しばらく泣いて、やがて落ち着いた頃、ハルはふと気づいた。

ユキに触れている間、自分の心にあった混乱や、恐怖、不安がすっかり消え去っていることに。

代わりに感じるのは、深い安堵と、ユキがそばにいるという揺るぎない「安心感」。


(……なんでだろう。怖くない……ユキだけは……怖くないどころか……)


ユキの体温が、自分に伝わる。

それはまるで、凍りついた自分の心を溶かす炎のようだった。


「ユキ……」

「ん?」


ハルは顔を上げ、涙に濡れた目でユキを見つめた。
そして視線を一瞬だけ迷わせたがーー意を決して、自分の心に語りかけるように、静かに呟いた。


「……おれ、わかった。ユキだけなんだ……」


ユキは目を細め、優しい表情でハルを見守る。


「他の誰かだったら、こんな風に触れることさえ無理なのに……お前だけは、違う。」


ハルはユキの胸に顔を埋め、震える声で続けた。


「お前だけは……怖くない。いや……むしろ、お前に触れてると……安心するんだ。」

「……それは、愛の力じゃないかな?」


ユキの言葉はあまりにも的確で、ハルは思わず涙を引っ込め、ユキの顔を見つめた。恥ずかしいことを言った張本人は、真剣な表情を浮かべながら、モフモフの三角耳をパタパタと揺らしている。

その姿に、ハルは思わず笑みをこぼした。


「……ふふ、お前、やっぱズルいよ。」

「どうして?」

「こうして、勝手に……安心させるようなことを言うんだもん。」

「そう?」


ユキはにっこりと微笑んだ。それは、先ほどの冷たい笑みとはまったく違う、柔らかく穏やかな微笑みだった。

その瞬間、ハルは腑に落ちた。


(ユキはただの『運命の番』じゃない……。こいつは……俺が生きるために、必要な存在なんだ……)


――抗えない。この人しかいない。


ハルは無意識に、ユキの胸に額を押当てた。ユキは驚きながらも、その体をしっかりと抱きしめた。


「ありがとう、ユキ……」

返答の代わりに、ユキはハルを強く抱きしめ、その背中に手を回して優しくさすった。しばらく言葉を発さず、ただその温もりに包まれるように二人は静かな時間を共有した。

「もう、大丈夫だから」

ユキの言葉は小さな声だったが、その温かさはハルの心に深く染み込んだ。二人の間に確かな絆が刻まれるのを感じながら、ハルはそっと目を閉じた。
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