ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

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出会い編

研究室での優雅なお茶会

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「正門前が騒がしかったから、何事かと思って行ってみたら、まさかユキ君がいるじゃないか!」

モリキ教授は目を丸くして驚きつつも、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「まさか君が日本に来ているなんてなあ!」

「そうですか」


ユキは淡々と答えた。表情に変化はないが、その声には微かな照れが滲んでいる。

先ほど、廊下で三竦み状態になっていたハルたちの前に、颯爽と現れたモリキ教授が仲裁に入り、彼らをこの研究室へと連れてきたのだった。

広い部屋には数人の学生が残っていたが、突然現れた獣人の王子に対して、誰もが身動き一つ取れず、張り詰めた空気が漂っていた。

そんな中、モリキ教授とユキは、研究内容から日常の話題まで、穏やかに会話を続ける。


「日本には、今回が初めての訪問です。文明が発達していて素晴らしい国ですね。若者たちも活気に満ちていて、未来が明るいと感じます」

ユキは静かに言葉を紡いだ。

「初来日か!それは良い経験になるだろう。保護区から来ると、日本の生活には驚くことが多いんじゃないか?」

「ええ。特に、車という乗り物は便利ですね。我が国では移動手段といえば徒歩か馬なので、文明の差を痛感します。日本には地下にも道があると聞きましたが、本当ですか?」

「おお、それはトンネルのことか、もしくは地下鉄のことかな?」


教授の言葉に、ユキは興味深げに目を細めた。


「地下鉄というのがあるのですね。知識としては学びましたが、実際に見るのが楽しみです」


その時、部屋のドアがそっと開いた。
温かな紅茶の香りを漂わせながら、老執事セバスチャンが静かに現れる。
彼の手には、美しいティーセットと菓子が載ったトレイがあった。

「ほっほっほ。皆様、お茶をどうぞ。我が国の茶葉を使った特製紅茶でございます」


学生たちは緊張の中にも興味を示し、「ありがとうございます!いただきます!」と一斉に声をあげた。


「紅茶も作っているのですか?」

一人の学生が尋ねると、セバスチャンは柔らかく微笑んだ。


「ええ、ユキ様のご提案で、五年前に生産を始めました。まだ規模は小さいですが、将来的には我が国の特産品として広める予定でございます」

「へぇ~!」


学生たちは一斉に感嘆の声を漏らした。


「王子様がそんなことまでされるんですね!」


別の学生が感動混じりにそう言うと、ユキはティーカップを優雅に傾けながら答えた。


「うちの国は資源が限られているのでね。何か役立つものを模索するのも、王家の役目だと思っています」


その仕草一つひとつが洗練されており、ユキの高貴な雰囲気を際立たせていた。
ほのかに漂う香水の香りも、薔薇とアンバーが調和した高級感あるもので、垢抜けない学生たちには一種の魔法のように感じられた。

普段はジャージやスウェット姿で油まみれの実験に没頭している彼らにとって、ユキはまさに「別世界の存在」だった。
窓から差し込む柔らかな日差しを受けて、まるでその周りだけに薔薇の花びらと光の粒が舞っているように見える。

しかし、ユキは高飛車なところは一切なく、柔らかい口調で、学生たちのどんな質問にも丁寧に応じていた。
その親しみやすさに、垢抜けない学生たちは次第に彼への憧れを募らせていく。

温和な老執事が淹れてくれた紅茶の香りが漂う中、なごやかに談笑が続いていたその時——。


「ところで、さっきテレビで放映されてたんだけどさーーユキ君の言う『心に決めてる人』って、ハル君のことだよね?」


モリキ教授が、のほほんとお茶を啜りながら突然話題をぶっ込んできた。


「ぶっ…!」


ハルはティーカップを両手で持ち、熱いお茶をふーふーと冷ましながら飲んでいたが、その瞬間、思わず盛大にお茶を吹き出した。


「えーーーーっっっ!?」


驚きの声をあげたのは研究室の学生たちだった。彼らの視線が、一斉にハルに集中する。


「えっ…ハル…?そうなの…?」

「いやいや、こいつ?ちっちゃいし弱そうで、口悪いけど、どこかオンナっぽいっちゃオンナっぽいけどさ!」

「ていうか、王子様が娶るなら、もっと絶世の美女とかじゃないの?」


褒めているのか貶しているのか分からないコメントが飛び交う中、ハルは「普通の友人」として信頼していた研究室メンバーたちに、彼らが自分をどう思っているのかをこれでもかと暴露され、心に鋭い矢が刺さるような思いだった。


「おい、お前ら!俺に失礼だぞ!」


ハルは反論するが、学生たちは「だってハルですよ?」といった顔で肩をすくめるだけだ。

ユキが穏やかに口を開いた。


「ハルは、僕の運命のつがいです」

「ふ、ふーん…」


学生たちは、信じられないという顔で互いを見合わせた。「運命の番」というのは、ほぼ都市伝説だ。運命の赤い糸や、ツインソウル、そういった目に見えない繋がりを信じている者は、そう多く無い。


「僕は、ハルを生涯の伴侶として選びました」


ユキの言葉に、学生たちはそろって声を上げる。


「王子様って、マジでハルと結婚したいってこと?」

「ハル、お前どう思ってるんだよ?」


戸惑いながらも核心を突く質問を投げかける学生たち。ハルは困惑した表情で答えた。


「俺は……承諾してない」

「えっ……えーっ……?」


研究室の男子学生たちは、信じられないという顔でユキとハルを交互に見比べた。

そんな中、ユキはふいにハルの手元を注視したかと思うと、そっと彼の手を取った。


「ハル。ティーカップは片手で持つんだよ」と、彼の手からカップを取り上げ、優しく教え始める。


「は?片手なんて不安定じゃん。絶対落とすだろ」

「慣れれば大丈夫。それがマナーなんだから」

「ええ~。あと、ティースプーンってこうやって持つのか?なんか持ちにくい…」

「それと、紅茶はまず砂糖やミルクを入れず、その香りを楽しむのが基本だよ」

「いや、俺、砂糖もミルクもたっぷり入れて飲む派なんだけど」

「そっか。じゃあ、君のやり方でいいよ」


ユキはあっさりと微笑みながら、ハルの好みに譲った。

二人のやり取りを見守る学生たちは、完全に呆然としていた。


「……どう見てもイチャついてるだろ、これ」

「いやー、リア充の茶番に巻き込まれるのキツいっすね」


恋人いない歴=年齢の男子学生たちは、困惑しつつも苦笑いを浮かべるしかなかった。
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