ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

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出会い編

研究室にて

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「モリキ教授!この資料どこに置きましょうか?」

「おぉハル君。そこのデスクに頼むよ」


ワーウルフの国での実地調査を終え、大学院生であるハルは都内某キャンバスへ戻ってきていた。

ワーウルフ研究分野における第一人者であるモリキ教授は、今回の調査から『獣人保護区熱帯林における狩猟採集民(ワーウルフ)と、その居住地周辺の地質調査(一)』という論文を学会で発表する予定で、ハルも研究室の他メンバーと共にその資料作りの手伝いをしていた。


「教授~!この変な仮面はどうすんスか~」

「変な仮面とは失敬だな、これは儀式に使う貴重な仮面をヒビが入ったから廃棄するというので頭を下げて私が譲り受けてきたものだよ!」

「はいはい」


研究メンバーには、不躾な態度の生徒もいるが…
自分たちの先生が、その界隈で敬愛されるほど立派な人物であるのを深く理解していない、若者特有の、怖いもの知らずとも言えるアレである。
モリキ教授の方も、垣根無く接してくれる若者をむしろ好ましく思っている方で。だからこそ教授の講座は人気があり、研究室にも生徒の姿が絶えないのであった。


「教授~~切れてたコーヒー豆買ってきましたあ」

「ありがとう。よし、この辺でお茶にしようか」

「あざーす!」

「ワーウルフの国で定番の焼き菓子を、君たちの土産に買ってきたんだ。皆で頂こうか」

「まじすか!あざーす!」


ハル、モリキ教授、研究室メンバー数人で和気あいあいとテーブルを囲んでいると…


「俺らは留守番組だったけど、ハルは調査に同行したじゃん、実際ワーウルフに会ってどうだった?」


ぐい、とハルの肩を抱いたのは、研究室メンバーの学生、タチバナである。浪人生で大学へ入ったため、学年的にはハルの下だが、年齢は同じなので、タメ口である。

肩を抱かれたハルは一瞬ビクッとして、「いや別に…」とはぐらかしつつ、タチバナの腕から逃れた。

この男はアルファだ。
ハルは首にカーラーを巻いているので、義務教育を受けた者ならば一目でオメガと分かる。マトモな常識のある人間であれば、それが男であれ女であれ、オメガの肩を軽々しく抱くのは御法度である。
しかも相手がアルファであれば尚更タブーなのだが…この男は「俺ら同い年だし、いいっしょ」と言ってハルにやたらと構いたがる。

ハルの方は、タチバナに他意は無いと分かっていても、何となく警戒してしまう。
「アルファ」という存在そのものに敏感なのは、オメガの特性上仕方のないことだった。


「はぁ?憧れのワーウルフ様に会った感想が『別に…』って、そりゃないだろ!?」

「いや、だから…」

「留守番してた可哀想な俺たちにさぁ、旅行の土産話も無い訳ぇ?」


距離を取ろうとするハルの手を掴んで、突っかかってくる。
タチバナ的には同い年の男同士の馴れ合いなのかもしれない。
だが、オメガのハルにとって生物的強者から強く迫られることは、脅かされているような気持ちになる。

アルファがオメガを脅かしているような光景に、一瞬、研究室メンバーの顔が引き攣ったが…

凍りついた空気を和らげたのは研究室の主、モリキ教授だった。


「それがね~~~、あー、でもこれ言っちゃっていいのかなあ~~~」

「きょ、教授!やめてください!」


ハルが王子から言い寄られていることを知っているモリキ教授が、途端にニヤニヤして、話したそうな素振りを見せる。
はっとしてハルは慌てて止めたが、何も知らない研究室の若者メンバーは、逆に興味をそそられたようで…


「えっ?なになに?」

「なんでもないっ」

「教授、何か知ってるなら教えてくださいよ~」

「ふふふ、どうしようかなあ、どう思うかねハルくん?」

「絶対に!ダメです!」


出会い頭に押し倒されてキスされそうになったり…
求婚されたり…
モフモフの背中に乗せて貰ったり…
ベッドに連れ込まれかけたり……


(そんなこと、口が裂けても言えるかっ!!)


いつもは物静かにしているハルが、ぼぼっと顔を真っ赤に染めて慌てふためく姿に、研究室メンバーは「これはただ事では無いな」と直感した。


ーーこの時、タチバナが顔を曇らせていた事には、誰も気付かなかった。


「えっ、マジで何なの?逆に気になるんだけど」

「何もない!!」


あの『ムカつく面』を思い出す程に、胸がズキズキと痛んだ。


(あのクソ王子!)

(人の心をもて遊びやがって…!!)


実はユキとは、あの月夜の密会の夜以降、顔を合わせていなかった。

王子の寝室で、王子からベッドで迫られている所をセバスチャンに助けられたあの夜は、結局ハルは当てがわれた自分の部屋(ゲストルーム)で一晩を過ごした。
その後、お城で朝食を振舞われた際も、ユキは現れず…

一週間ほどモリキ教授と共に城下町に滞在し、ワーウルフの一般市民と交流したり、周辺地域の地質調査等に望んでいた際も…

一度も、顔を見せなかった。


考えてみれば当然である、日々国務に勤しむ国の宝と、一介の調査隊に過ぎない自分。

釣り合うはずも無い。

王子のあの熱烈なアプローチも、きっと一時の戯れに過ぎなかったのだろう。

だが、こうして自分の国に帰っても、ふとした時に、寂しさが蘇る。

胸の奥に何かがつかえたように、痛む。


(あんな奴のことは、早く忘れよう!!)


こうして、自分の本来の居場所である大学院へ戻り、日々粛々と生活しているうちに忘れられると思っていたが…


囃し立てる研究室メンバーへの怒り、戯れに求婚してきたクソ王子への怒り。
それらの怒りをキーボードに打ち付けるように、PC入力に没頭しようとするハル。


「ははっ若いねえ~」

「モリキ教授、何があったんですか?」

「ほほほ…さてねぇ…」


呑気にコーヒーを啜るモリキ教授。


面白い土産話を聞き損ねた研究室メンバー達は、釈然としないものを感じながら雑談に戻っていく。


「なんだかなぁ」

「テレビでも付けっど」

「そうすっぺ」

「んだ、んだ」


テレビの電源を入れると、ちょうど獣人保護区の特集番組が放送されていた。


「あれ?珍しいっスね、ワーウルフはメディア嫌いで有名なんじゃなかったですか」

「そのはずだけど…」


ヒトがモフ耳、モフ尻尾のワーウルフに憧れや好意を抱くのとは対照的に、ワーウルフは部外者とメディア露出を嫌う。その理由は、過去の歴史にあるのだが……


番組は、空からドローンで獣人族の街並みを一通り映し、そして王族のいる城へと場面が切り替わる。


そして…


(あいつ、じゃん………)


テレビ画面いっぱいに映し出される、獣人族の美しい青年。
モデルのように整った顔立ちに、伝統的な衣装を身につけたユキはまさしく王族だった。


『…我々獣人族は時代に合わせて変化していきます』


この特集の総まとめにあたるインタビューのようだった。獣人の王族にインタビューするという大役を担わされたキャスターは緊張の面持ちでマイクを向けている。


『我々は特異な存在ではありません。多くの方の支えや御協力があってこそ今こうして自然と共存・共生をしていける、そのご恩を日々身をもって感じております』

『わたくしも一つ一つのお務めを大切にしながら少しでも陛下や他の皇族方のお力になれますよう、わたくしのできる限り、精一杯務めさせていただきたいと考えております』


テレビのなかでスンと澄ました顔で口上を述べるユキに、ハルは苦笑した。


(おいおい…おれに取った態度とはえらい違いだな……)

(天然発言ばっかりかと思ったら、割とマトモそうな事も喋れるんじゃん)


あらかじめ打ち合わせしていた内容だったのだろう、会見インタビューは滞りなく進み、そして番組も終わりの時間に近づいた頃、キャスターがかなり踏み込んだ質問をする。


『ところで若様はまだお一人身だとお伺いしましたが…』

『ええ』

『いま現在で心に決めていらっしゃる方はいらっしゃるんでしょうか?』

『はい、います』

ここで、キャスターとカメラ撮影陣からどよめきが入る。獣人族の王族、しかも本人の口からビッグニュースを仕入れることができるなんて!というどよめきだ。

ハルはといえば……


(え?)


ひどく動揺していた。


(それって、許嫁がいるってこと?)

(そりゃそうだよな、王族だし…生まれた瞬間から、決められた相手がいたっておかしくない)

(じゃあおれに言ったあのセリフは…!?)


ハル自身も、どうして自分がこんなに動揺しているのか分からない。


『お相手のことを詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか!?』

『ええ。彼は一般の方なのであまり詳しくはお話できませんが、会ったのはつい…先日とのことです。短い間しかお話しすることが叶いませんでしたが、私は彼が運命の相手であると思っております』

"彼"というワード。
相手が女性だと思っていたのだろう、キャスターは口をあんぐり開けていた。

ハルも、テレビのなかのユキが言葉を紡ぐたびに、どきどきと動悸が激しくなっていく。


『……ということは、一目惚れ…をなさったと…いうことですか?』

『そういうことになりますね』

『わ、わぁ………お熱いですね…』


『カ、カメラに向かって、お相手の方に一言お願いしてもよろしいでしょうか?』


キャスターはカンペ指示が欲しいのか撮影陣のほうをチラチラ伺い、ややあって緊張の面持ちでそう言った。


『ええ、では……』

画面のなかでユキが居住まいを正し、



声もなく、唇のみを動かして何事かを言った。

それに、ハルはずくん、と重く胸が鳴る。

唇の動きは"ハル"と呼びかけているように見えたから。

金色の目が、ひたとこちらを…カメラを見据える。



『必ず迎えにいくから、覚悟しておいて』
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