ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

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出会い編

獣の背中

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城の屋上から、空へ飛び出したのである。

夕焼けに染まり、徐々に夜の闇に暮れていく空は、オレンジとピンク、紫、藍色、の複雑で繊細なグラデーションで。
静かな湖畔に映った空の色は、息を呑むほど美しかった。
そしてその向こうに、見渡す限り深い森が広がっている。


(綺麗だ…!)


だが、ふわり、と心地よい浮遊感に包まれたのは一瞬で。

がくん、と身体が沈む。


(…落ちる……!?!?)


落下の恐怖から、強く目を瞑るハル。


「う……ぎゃぁあぁああああ!?!?」


落下するジェットコースターのスピードで、落ちていく。

轟々と、風が耳を打つ。


(死ぬ…!!絶対死ぬ!!!)


「ぎゃぁぁぁああああ………」


死に物狂いでしがみつき……


ぐんぐんと地上が近づき……


(神様、仏様、獣人様ァ……!?!?)


頭の中で走馬灯が流れ……


「ぁ"ああぁぁぁああああ……………」


叫び続けて息が尽き……呼吸を止め………


二十年と少しの生涯に惜しくも別れを告げ……


死に行く覚悟を決めた時………




もすんっっ



「………ふぁ…???」



(あれ……死んでない……?)




一向に訪れない衝撃。



それどころか、きつく手を握りしめ、強張っていた身体の下には、暖かくふわふわの毛の感触があった。

きつく閉じていた恐る恐る目を開けると、そこには体長三メートル以上はある、巨大なオオカミに似た獣の姿があった。


一瞬で獣型に変化したユキが、ハルを背中に乗せたまま、地表数十メートルの城から、巨大な岩の上へと大ジャンプを果たしたのだった。


「え……あ? お、お前……?」


ジェットコースター並みの落下速度と急激なGによるショック。そして、ワーウルフの背中に乗っているという事実に目を白黒させるハル。

ハルを背中に乗せたまま、獣はハルを振り返った。

言葉は無い。

『大丈夫?』

と、気遣うように、静かにハルの目の奥をじっと見つめてくる。

金色の、大きな瞳だった。イヌやオオカミのように目の周りが黒く縁取られ、長いまつげと共に、金色の瞳の印象をより一層強くしている。

獣は背中に乗せたハルを労るように優しい表情をしていたが、その複雑で美しいアンティークゴールドの光に、ハルは返事も忘れて見入ってしまう。


(…まるで銀河みたいな……)


どこまでも深く、キラキラと煌めく金の瞳は、人型の時と変わらず王者の品格がある。それが更に力強く、生き生きとした野生的な魅力が溢れていた。


(なんて綺麗な生き物なんだろう)


光沢のある黒い毛並みは、人型だったユキの髪の色と同じだ。柔らかそうだった人毛は獣化して少し硬く、太く、より野外に適した質感になっていた。

三角にツンと尖った耳、艶やかに湿った黒い鼻、長いマズル、ちょいちょいと飛び出たヒゲ。


(これがワーウルフ……)


(写真やテレビで見るより、ずっとデカい)


頭から尾の先まで、三メートル以上。
身体の大きさはトラやシロクマ等の大型肉食獣に近い。
成人男性であるハルを背中に乗せても、まだまだ余裕がある。
長い四肢は筋肉で構成され、余分な脂肪ひとつ無い。ハルは尻と太ももで挟むようにして獣の背に跨っていたので、獣が動く度に、その背骨のひとつひとつの巨大さや力強さ、そして肉食獣としてのパワーとポテンシャルの高さをひしひしと感じていた。


(顎とか牙もすっげー強そうだし…!全速力で走ったら時速何キロメートルになるんだろう?)


(先ほどのジャンプ力自体もすごかったし、それよりもあの距離を落下して、傷ひとつなく着地できる身体のバネもすごい…!)



「アゥアゥ?」

「うわっ!?喋った!?!?」

「アオン!」

「えーーー…?ええ?何て?」

「アゥアゥアゥ~」


身体の作りが違うということは、声帯も、発声方法もヒトとは異なるということ。

顔も、ボディのフォルムも、桁違いに格好いいワーウルフが、『人間と喋るワンちゃん』くらいのレベルでアゥアゥと鳴くチグハグさに…

ハルは思わず、

ぷっ、と吹き出した。


「んははは!!お前、何言ってるか分かんねえって…!(笑)んははは、だめ、面白すぎる…!」


腹を抱えて笑うハルに…

獣化したユキは、面食らったかのように目を見開いた。

そして寂しそうに目をショボショボと瞬きをして、耳をパタンと後ろに倒した。


どうやら言葉が通じず、悲しんでいるようだ。


「あぁ、ごめんごめん…!!違う、馬鹿にしてるとかそういうことじゃなくて……」


慌てて、ハルはワンコの頭をヨシヨシと大きく撫でた。


「アォーーン……」

「ごめんって…!」


犬語でブツブツと文句を言うワンコが可愛くて、ハルは破顔しつつ背中から降り、臍を曲げた獣のご機嫌を取るべく、大きな頭をモフモフと撫で回した。


「ウニャウニャ…」


大人しく撫でられている獣は気持ち良さそうに目を細め、尻尾をぶんぶんと大きく振り始めた。


(仕草が全部イヌじゃん!)

(やばい、これはかわいい…!)


元より、モフモフに目が無いハルである。
巨大な毛玉を思う存分撫で、満足した頃には…


すっかり日が沈んで、辺りは暗くなってきていた。
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