ツンデレΩは噛まれたい

齊藤るる

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出会い編

ワーウルフの城へ

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獣人保護区、ワーウルフの城。

青空に映えてなお美しい、石造りの城壁。空高くそびえる塔と三角錐の屋根。豊かな庭園。苔むした城壁…

城の外観からは獣人保護区の金銭的な豊かさが見て取れる。
獣人族は諸外国と同様に自由に貿易や商売を行なっていて、"獣人族が作った"というだけで売れる物品もあるほど、彼らのモフモフの耳とふわふわの尻尾は世界から愛されていた。


「ようこそ、我が城へ!」


出迎えてくれたのは、立派なあごひげを蓄えたニコニコ顔の王様であった。

ふわふわの三角耳、ふわふわの大きな尻尾。愛嬌のある目鼻立ちは、息子であるユキ王子とよく似ていた。

愛嬌を振りまきながら、豪華な城の内部をあれこれ説明して歩いてくれるこの獣人の王に、ハルも好感を持つ。


…けれど。


風呂と新しい洋服を拝借し、食事の席で豪勢なもてなしを受け、最近の世界情勢や貿易について教授と意見を交わす獣人族の王様の隣で。


…熱い視線を送ってくる、獣人族の王の息子ユキ………


俺を見て!こっち見て!!!と熱いテレパシーが送られてきているが…

ハルはあえて視線を合わせない。フルシカトだ。

万が一目を合わせてしまったら、
「おれのこと見た!テレパシー通じた!?好き!!!!!」
…となるに違いない。そんなの御免だ。



前菜、スープ、魚、肉とフルコースが運ばれて、デザートを…となった段階で、いよいよ獣人族の王様が"例の"話題に触れる。


「そういえば我が愚息が、貴殿方へ大層ご無礼をしたと伺いましてね。私からも深くお詫びを申し上げる…ユキ、お前からも再度お詫び申し上げなさい」

モフモフの耳を垂れ、謝罪する獣人族の王。

しかし当の本人は…


「正式なご挨拶もなく突然皆様のもとへ現れたのは謝ります…でも私が申し上げたいのは、ハルは私の運命の番であるということです。そして先程、私はハルに結婚を申し入れました」

「…はあ?」


(こいつ…ほとんど謝罪してねえし全ッ然懲りてないんだが!?!?)


"愚息"ユキの傍若無人な言いように、獣人の王も顔をこわばらせた。


「ほ、本当かねハルくん?」


獣人族の王は耳と尻尾をぱたぱた忙しなく動かして、どうしたことか…と全身で焦っている。

ハルは教授に助け舟を求めるが。

教授は、隠しきれないニヤニヤ顔を浮かべて状況を見守っていた。
実は、食事が始まる前に「獣人族にヒトが娶られるなんて前人未到の事態だ、未知の分野の獣人族研究ができるぞ」とイカれたことをハルにこっそり耳打ちしていた。


「ユキ…様はそう仰られていますけれど、僕は全然…!それに、初対面ですし……!」


ハルは精一杯、失礼にならないような言い回しを選んでいるが、これでも丁寧に丁寧に"お断り"しているのである。

こんな自分勝手で無遠慮なヤツに対して『様』なんて付けたくないがしかたない。


「初対面じゃなければいいの?」

「💢んなこたぁ言ってねえだろぅ…が……いささか時期尚早ではありませんか?」(ギロリ)

「そんなことない。おれとハルは運命だ」

「…僕には分かり兼ねます」


ちなみにこれは、初めてふたりがまともに交わした会話である。


「ま、まあまあ若い者同士、仲良くやって貰いたいと私は思うがね!ご覧の通り我が王子は箱入り息子だ、国賓や役員と交流する他は、友達と呼べる間柄の若者もおらん。ハルくんには是非、こいつに外の世界のことを教えてやって欲しいのだがね…」

「はあ…」

「今夜はどこに泊まるのかね?もしよければ我が城を使って頂きたいのだが、いかがかね、教授?」

「それは嬉しいですな!」

「セバスチャン、ゲストルームに案内して差し上げてくれ」

「かしこまりました」





案内されたゲストルームは、城の中枢から外れた、塔の一角にあった。

品のいい調度品でまとめられた、美しい部屋だ。

物語に出てくる城の塔といえば、戦記モノであれば監視塔、プリンセスものであれば姫が幽閉され、ミステリーものなら重要なキーアイテムが隠されていることが多い。

しかし、この城は電気ガス上下水道等インフラの大規模リノベーションを最近済ませたばかりであり、空き部屋だったここは客間に改装され、単独で水道や風呂も付いている。

仮にもしリノベをしていなければ、もよおすたびに片道十数分かけて共用トイレまで小走りしなければならないところだった。

オメガであるハルは他人の気配に敏感なため、城の中枢部から離れたここならプライバシーが守られるだろう、と安心していた。


窓の外には、ちょうどあの湖が見える。

つい数時間前にあの湖のほとりから恋焦がれるような思いで見上げていた城に、今立っているのである。

時刻は夕暮れ。

冴え渡った青色だった空は、今は低い雲の底から色づき、オレンジ、ピンク、濃い青、紫が複雑に入り混じり、静かな湖畔を赤く染め上げていた。

命の灯火を燃やし尽くすような切実で強い光は、あまりに情熱的で美しく、まるで湖の女神からの褒美のようだ。


(ずっと憧れていたワーウルフに会えて、)

(しかも王直々に接待を受けられるなんて…!)


ドキドキと、胸が高鳴っている。

ジャングルをずっと歩き回っていたため、身体は酷く疲れている。
でもせっかくなので、もう少しだけ城を散策したい思いに駆られ、ハルは塔の一角に位置するゲストルームをそっと抜け出した。

(上手くいけば星が見えるかもしれない)

ハルが通う大学は都心部のため、星の光なんてネオンライトで潰されてしまう。人工灯のない大自然から見上げる満点の星空はどれほどのものだろう。

城の中枢へ戻る廊下ではなく、塔の頂上へ向かう階段を探していると…


「どこ行くの?」

「うわっ!?」


急に後ろから声を掛けられて、ハルは驚いて飛び上がる。


「びっくりしたぁ!急に現れんな!」


それは、オメガの本能に刻み込まれた防御反応のようなものである。

アルファに、無闇に近づいてはならない。
アルファに、関わってはならない。

特段、ハルがアルファ嫌いな訳ではない。

無論、普段から抑制剤は服用しているが…

ただ、本能的にアルファとベータを嗅ぎ分け、深く関わり合いを持たないようにしていた。そういったことはほとんど全てのオメガがそうしていたし、それはオメガが事故的な『性的接触』『意にそぐわない妊娠』を回避する為の基本的な行動であった。


つまり、普段アルファと関わらないように生活していた典型的なオメガであるハルは…

穏やかな自分の世界に突如現れた『アルファ』であるユキに、とてつもない苦手意識を抱いていた。


「い、いきなり現れんな!びっくりするだろ!」


(…アルファに、後ろを取られた…!)

(ま、まぁ、この城はこいつの家なんだから、居るのは当然なんだけど…!)


ドキドキしている胸を抑えて、ハルは吠える。

ユキ王子は不思議そうに小首を傾げ、ふわふわの耳をピコピコと動かす。


「急にじゃないよ、向こうから歩いて来たし」

「そういうことじゃないっ!…もしかして、お前、天然か?」

「天然…?大自然で育った、ワーウルフの純血種って意味では、そうなのかな…?」


(こ…こいつ…!!)

(天然だ!!!)


天然とは、つまり天然ボケのこと。

周りの目を気にせず人と違う行動を取る、会話の受け答えが少しズレている、行動が抜けているといった人を指すときによく使われる言葉である。独特な感性を持っていたり、奇想天外な言動や行動で周囲を和ませたりすることもある。


(こんなにイケメンなのに勿体無い…!)


仕立てのいい服を着た、目鼻立ちのはっきりした派手目の美形である。
ワーウルフは特に美形が多い種族であるが、やはり王族特有の気品やオーラを持っていると思う。
身長も高く、見栄えも良いイケメンが、中身は残念だなんて……


「で、こんな所で何してるの?」

「ちょ…ちょっと散歩したくてな…」

「散歩?こんな時間に?」

「星が見えるかと思って…」

「ふうん…」


ユキは気の無さそうな返事をして、夕闇に暮れていく窓の外を見る。

それに釣られるようにハルも窓の外に目をやった瞬間…

ふわり、と急に身体が浮き上がる。


「わぁッ!?」


ユキにお姫様抱っこされたハルは、ずり落ちないよう慌ててユキの肩にしがみついた。



「しー、静かに…誰かにバレる前に、行くよ」

「え…えっ?」


至近距離から見ても、彫刻のように完璧な造形。輝くような珠の肌。目の周りを濃く縁取る長いまつ毛。
美形の多いワーウルフの中でも、ユキはトップレベルに美しい顔をしている。急展開に驚きつつ、ハルが見惚れてしまうのも無理はない。


最も簡単にハルを姫抱きにしたユキは、廊下をずんずんと進み…

城の廊下の突き当たり。

ガチャリとドアを開けた。

びゅう、と吹きつけてくる風が、ふたりの髪を巻き上げる。


「しっかり捕まってて」


風にかき消されないよう、ユキはハルの耳に静かに囁きかける。


「うわぁ!?」


ハルを抱えたままユキはタンッと軽く脚を蹴り出し…

空へ向かって飛んだ。
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