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しおりを挟む「失礼します、殿下」
「入れ」
恭しく執務室に入ってきたのは幼馴染であり、王太子付きの専属騎士だ。
「先日の“マイカ”と名乗っていた女についての報告書です」
「あぁ、そういえばそんな女いたな」
「たった3日前の話ですよ」
「この女に関しては即刻記憶から葬りたかったからな」
あの場には自分もいたから報告書も何もないが、とりあえずは目を通しておく。
だがその内容はかなり角をとったものだった。
「あんな強烈な女をすぐ忘れることができるなど、殿下には恐れ入ります」
「なんだ嫌味か。今は僕とお前しかいない。気楽に話せ」
「あ、そう?んで、テオお前さ」
「テオファルドだ」
「は?」
「僕のことはこれからテオファルドと呼べ」
「なんで急に。いや別にいいけどよ。今までテオって呼んでたのに」
「エリシアが僕のことをテオと呼んでくれるようになったんだ」
書類に目を通すことは早々に止め、深く椅子に掛けながら隣の部屋に続く扉に目線を向けた。
「は?」
「だから、僕の可愛いエリシアが僕をテオと呼んでくれるようになったんだ。だからお前みたいな汚い声で同じように呼ばれたくない。今後テオと呼んだら殺さない程度に百発殴り殺す」
「こえぇよ!結局殺してるよ!……まぁいいや。なぁあの女、よかったのかよ。元の世界に帰しちまって。いろいろこの世界にない知識とか持ってたっぽかったのに」
「お前はあの低能でイカれた女に大層な知識があると思うか?」
「確かにテオ…ファルドを見た瞬間『王子ルート一択~!』とか『あたしはヒロインよ!』とか意味わかんねぇこと言ってたのは本気で鳥肌たったけど……」
「……まぁ僕を選ぶようにしたんだがな」
「は?」
エリシアの話を聞いたとき、正直完全に信じたわけではなかった。
異世界から人が来るなんておとぎ話、エリシアからの話でなければ完全に信じなかったし歯牙にも掛けなかっただろう。
エリシアの話だと、僕は“マイカ”に選ばれなければならない。
だから他のルートの者には必要以上に体を鍛えないよう言いつけた。目の前にいる騎士以外は特段問題なかったが、攻略対象であり騎士である目の前の男は体を鍛えることは必須。だからこいつには“筋肉が大きくなる鍛え方”でなく“筋肉の密度を重視した鍛え方”をするように命じた。
体を鍛えるようになってわかったが筋肉は鍛え方によって大きさも質も変わる。結果としてその鍛え方は騎士の間で評価され、騎士達の能力も向上した。
そして案の定、筋肉の密度は騎士のほうが上だが見た目が派手な体つきの僕をあの女は選んだ。
あの女に“選ばれる”ことだけが重要なのだ。
僕があの女に選ばれた時点でエリシアにとっての僕とエリシアの“死”は免れる。
だからあの女に選ばれるまでは僕にとっての絶対だった。
だから選ばれた時点であの女は用済みとなったから、すぐに逆転移をして帰らせた。
そのためにずっと転移のことを調べていたが、あの女が現れるまでに逆転移の術を理解できて本当によかった。
あの女が少しでもここに滞在することになったら、きっと僕のエリシアは傷ついていただろう。そうなったら僕はあの女を躊躇なく殺していた。
そう考えたら逆転移させたという温情を称えてほしいものだ。
エリシアは僕があの女に選ばれたら懸想するとでも思っていたのだろう。だから僕への想いを伝えず、封じて、ここから逃げようとしたのだろう。
……まったくもって可愛らしく愛おしい子だ。
「そういや、俺ジルファーラ嬢とお会いしたことないんだけど」
「あぁ。会わせないようにしているからな」
「……そうだと思った。それは別にいいけど、学園のときから裏で手ぇ回してご令嬢に友達も作らせず1人ぼっちにさせるとか鬼畜かよ」
「エリシアも友達を作ろうと積極的に思っていなかった。その点はあの女に感謝しなくてはいけないな」
「挙句の果てにご令嬢に近づこうとしてた男には容赦なく……」
「僕の婚約者である前にエリシアは公爵令嬢だぞ。その彼女に不躾に近づこうとするのならそれ相応の覚悟を持つべきだ」
とはいっても、学校内では身分差はないという決まりだが。
だからといって一歩学校から出てしまえば王族と貴族。
身分の差というものを骨が軋むほどしっかりと教えてやっただけだ。
「美人だとは聞いてるけど、何が良くてそんなご執心なのかねぇ」
「エリシアの良いところをお前が知ってどうする。惚れたら生きていることを後悔させてやる程度に制裁を下してから殺す」
「顔も知らねぇのに惚れるわけねぇだろ!そして結局殺してるし!」
「バカか。エリシアは姿を見ずとも声も影も文字もすべて愛らしい。惚れるに決まってる」
「理不尽……。令嬢にお前の素がこんな極悪非道だってこと言ってやりたいぜ」
「エリシアと言葉を交わそうとしてみろ。その瞬間にお前の舌はなくなることになる」
「だからこえぇよ!」
「第一、素も嘘もない。有象無象の前にいる僕も、エリシアの前の僕もすべて等しく僕の素だ。お前は善行はすべて偽物で、悪意こそ本当の己と思っているのか。なんとも薄っぺらくておめでたい奴だな」
「クッソ腹立つ!じゃあ有象無象の俺は行くからな!報告書は確かに渡したからな!テオファルド殿下!」
バタンッと大きな音をたてて扉が閉まった。
あいつ……この音で隣の部屋で眠る僕のエリシアが起きたら殺してやる。
そう思ったが、隣の部屋の気配は変わらない。きっとまだ一糸纏わぬまま眠りについているのだろう。
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