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【 裏 】
②
しおりを挟む道を走る車という乗り物を尻尾を使って投げ、沸々と煮立つ憎悪と一緒に男目掛けて思いきりぶつけた。
直後聞こえた、拉げた車から聞こえる不快なクラクション音と、周囲の人間の耳を劈くような不快な悲鳴。
うるさいなぁ。こんなうるさいんじゃリセの声が聞こえないじゃないか。
リセは喜んでくれているかな? 害悪男から守った僕のことを褒めてくれるかな?
様々な声と音が交差する中、立ち尽くしているリセの顔を少し遠くから見てみると、呆然としながら滂沱していた。
「……っ!」
あぁ、そんな……そんなにも泣いてしまうほど喜んでくれるだなんて……。
そっか。リセは気付いていたんだ。そいつが害悪男だってことを。
嫌だったんだね。怖かったんだね。
でもきっと離れたら何かされるかもしれないと思って、仕方なく、嫌々、隣にいたんだね。
かわいそうに……。
今までよくがんばったね、えらいね。本当にリセはえらいよ。
これからは僕がずっとずっとずぅーっと守ってあげるからね。
リセが弾かれたように害悪男の元へ駆け、倒れ込んでいる男を抱き起しながら必死に名前を呼び始めた。
そうか、ちゃんと死んでいるか確認しないとだよね。用心深いところも可愛いなぁ。
「怜斗……! 怜斗! なんで……なんで、こんなことにっ……」
「莉……世……お、れは……ずっ……そ、傍に、いるから……っ」
あれ、あいつまだ生きてる。
まあどうせあと少しで死ぬだろうけど。
汚い声でリセに向かってなんか言ってる。
腹立つなぁ。耳障りだなぁ。目障りだなぁ。
どうせあと少しで死ぬのに、なにをほざいているんだろ。
それにリセの傍にいるのはこの僕だ。お前じゃない。
死に際のくせにまだリセを誑かそうとするだなんて、性根が腐ってるとしか思えない。
早くリセをあいつから離してあげないと。
そして僕らの城へ帰って愛し合わなくちゃ。
血塗れとなって倒れ込んでいる男に向かって泣きついているリセを、後ろからそっと抱きしめ耳元で囁いた。
「はい、おーしまい♡」
「お願い……帰してよ……ここから出して……」
リセはずっと憔悴したままでいた。
世渡りをして城へと帰ってきたときは、環境が変わったからなのかひどく動揺し、暴れたり城から出ようとしたり実際に出たこともあったけれど、ここがリセが元居たところとは異なる世界と気づいたときからは、ずっと暗然としている。
人間は繊細で脆弱だと聞いてはいたが、きっとリセはその中でもかなり弱いほうなのだろう。
やはりどこにも出さずに、僕が何物からも守ってあげなければ。
「リーセ。この部屋気に入らなかった? それとも城が嫌だったかな? 人間が住むには少し広すぎたかな」
「帰して……お願い、帰して……」
「あ、またスープ残してる。リセはまだ人間なんだから食事が必要でしょ。じゃあわかった。しょうがないけどスープじゃなくてもいいよ。何が食べたい? すぐに用意するよ」
「帰りたい……怜斗に、会いたい……」
「……へぇ」
どうやらリセがされた洗脳は思った以上に根深いらしい。
それともあいつが死に際にぼそぼそ何かを言って、洗脳を深くしたのかもしれない。
だからなのか愛する僕のことだって拒絶してきて、あの男には見せていた笑顔を僕には見せてくれない。
助けてあげなくちゃ。
でもどうすればリセを助けてあげられるのだろうか。
どうすればあの害悪男の洗脳から抜け出すことができるのだろうか。
自分で考えてもわからないままだったため、異世界から連れてきた人間を番に持つ竜人に話を聞きにいくと、とても有力な情報を得ることができた。
どうやら人間は異世界転移をする際の時空の歪みに脳の情報処理が追い付かず、過去の記憶を保つことができなくなるのだという。それが一度や二度の転移であれば物忘れ程度だが、何度も行うと過去の記憶が全てなくなってしまうらしい。
その竜人も番を連れてくるとき、一度の転移で元の世界へ戻ることができなかったため何度か転移を繰り返すと、番が過去の記憶をなくして大人しくなり、愛してくれるようになったらしい。ただ、その番は過去の記憶と一緒に少々自我も失くして人形のようになってしまったらしい。だけどそんなところも愛おしいのだと、最後は惚気られてしまった。
リセはすでに僕を愛してくれているけれど、洗脳が邪魔をして自分の気持ちを前面に出せていない。
ならば僕もリセと旅をしながら過去の記憶を消して、リセの洗脳を解いてあげよう。
どうせこの城はリセが気にいっていないから、次の巣を作ろうと思っていたのだし。
「ねえリセ。僕と旅をしようよ! 僕、今まで1人で旅をしてたけど、リセと一緒ならきっとすっごく楽しいんだろうな」
「……」
「リセはどんなところに行きたい? いろんな世界があるんだよ。僕こう見えて結構いろんなところ知ってるから、リセが行きたいところ紹介できるよ」
「…………帰りたい」
「そっかそっか。人間はなんだっけ、ホームシック? ってやつになるとも聞いたからな。でもね、リセ。元の世界に帰ってももう何もないよ?」
「え……」
「時の流れが違うからね。リセがいた世界は時の流れが一際早いから、もうリセが知ってる人なんてだぁーーーーれもいないよ? みーんな死んじゃってるもん」
「……っ」
「誰も知らなくて、誰にも知られてない世界にほんとに帰りたい? それってすっごく怖いんじゃないかな? リセはとっても弱いから僕心配だよ。あ! でも、そうなっても僕に助けてーって言ってくれればもちろん助けてあげるよ。僕がリセを見捨てるわけないもん。リセがこわいこわーいって泣いちゃったら大丈夫だよーって慰めてあげるからね? …………まあ、リセが元居た世界になんて絶対に行かないんだけど」
涙で顔中が濡れてグチャグチャになっているリセは、その黒くて真ん丸な目を恐怖でいっぱいに染めて僕を見つめてきた。
そのことに頬が熱くなり、自然と顔が綻んでしまう。
「ッフフ、リセと目が合って嬉しいな」
「ち、近寄らないで……」
「だーめー。だってギューってしたいんだもん。ほら、ギューしよ? リセの大好きなチューもしてあげる」
「ヒッ……!」
鎖に繋いだ足を必死に動かして、リセが後退っていく。
その動きもまた堪らなく可愛いくてずっと見ていたいけれど、今はそれよりも抱きしめたいから尻尾をリセの腰に巻き付け、僕のほうへと引き寄せ簡単に腕の中へと収めキスをした。
「そうだよね、怖いよね。急に環境が変わったんだもん、怯えて当然だよね。でも僕がいるからね。僕はリセから離れたりなんかしないから。絶 対 に」
腕の中にいるリセの小さな体は震えていて、手足はとても冷たい。
あやしてあげるように背中をさすりながらリセの滑らかな肌と唇にキスを落としていく。
本当に、なんて弱い生き物なのだろう。
守ってあげなくちゃ。
愛してあげなくちゃ。
傍にいてあげなくちゃ。
そして早く洗脳を解いてあげなくちゃ。
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