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26 1番好きなものは
しおりを挟む決意を新たに帰路につき、家に着いたのは夕暮れ時。
馬車で送ると言ってくれたシャーリー様の申し出を断って歩いて帰ってきた。
ここに帰ってくるまでに静かに色々と考えておきたかったのだ。お金持ちの馬車に乗りようものなら緊張して何も考えられなくなったまま家に着いてしまう。それはダメだ。
そうして歩きながらある程度考えがまとまったところで家に着き、玄関の前に止まってすでに数分。
明かりが点いているからレナード様が家にいるのはわかっている。その灯りを見て心底ホッとしたと同時に緊張し今に至っている。
大きく深呼吸を数度してから、ゆっくりと扉を開けて中に入った。
「た、ただいま…」
情けないと思うほど小さな声だった。
だが居住スペースである2階からドスドスドスドスととんでもない足音が聞こえてきた。
「!?」
「か、帰ってきて、くれたのか…」
いつもの茶色いエプロンをつけたレナード様が焦りを残しながらも安堵した表情で迎えてくれた。
――――クマがある。
さっきは顔を見ることが出来なかったからわからなかったけど、クマがいつぞやほどではないけれど目の下をほんの少しだけ黒く塗っている。
……眠れていなかったんだ、
そう思って罪悪感から胸が潰れるような思いを感じたのに、レナード様が他の人を抱き枕にしなかったことに安堵もした。
抱き枕でいることを嫌だとも思っていたのに、抱き枕という自分の立ち位置を奪われていなかったことに安心している自分は大概だなと密かに思った。
「あの、ごめんなさい…。家出したことも、ひどいこと言ったのも、今日急に呼び出したのも……」
「いいんだ。あなたは何も悪くない。俺のほうがすまなかった…」
それは何に対する謝罪だろうか。
私と一緒にいるとつらいと言ったことへの謝罪だろうか。
そんなことが頭をよぎった自分が嫌になる。
「さっき……」
「え?」
短くボソッと呟いたその言葉が小さすぎてうまく耳が拾えず、思わず聞き返したけれど苦虫を嚙み潰したような表情をしていたレナード様は言葉を続けることはしなかった。
「は、腹は減ってないか?それとも先に風呂がいいか?疲れているなら少し眠るか?」
「え、えっと…」
「それとも、俺はすぐにここから出て行ったほうがいいか…?」
「え!だ、ダメです!」
ただ怒涛の質問攻撃に戸惑っていただけなのに急にしおらしくされて、思わずレナード様のエプロンを摘んだ。
「こ、ここに、いてください……。話したいこと、あるし……。あ、でも、その、レナード様が、嫌じゃ、なければ、ですが……」
「…っ」
「いや、ですか…?」
エプロンを握った手にギュッと力がこもる。
恐る恐るレナード様の顔を見上げると、褐色の肌が心なしか赤かった。
「レナード様…?」
「っ、あ、あなたが、嫌じゃないのなら、俺も、話したいことが、あるから……ここに、いたい…」
「よかった…」
レナード様の話が少し気になるが、ひとまずここにいてくれることに安堵してエプロンを掴んでいた手を離すと、そこだけグシャリとシワが寄ってしまっていた。
だがそれをパパッと直してあげられるほどには、レナード様との距離を測れていなかった。
「食事は、まだ何も用意していないから良ければ先に風呂に入ったらどうだろうか。さっき俺が入ったからまだ湯も温かいはずだから」
「は、はい。じゃあそうします…」
「何か食べたいものはあるか?あなたの好きなものを作るから何でも言ってくれ」
「オムライス!」
自分でも驚くほど即答した。
そして即答されたことにレナード様も驚いていた。
「レナード様の作ってくれた、あのバターライスのオムライス…が……食べたい、です…」
何故だか急に恥ずかしくなってだんだんと尻窄みになりながらそう言った。
喧嘩して、それから話してもいなかったのに図々しくオムライスを所望するのは良くなかっただろうか。
そう思っていつの間に俯いてしまっていた顔をまた恐る恐る見上げたとき、―――――胸がギュウ、と痛くなった。
「あぁ、あのオムライス、あなたは好きだものな」
レナード様が嬉しそうにライムグリーンの瞳を細めて、私を優しく見下ろしていたからだ。
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