上 下
76 / 122

26 1番好きなものは

しおりを挟む




決意を新たに帰路につき、家に着いたのは夕暮れ時。



馬車で送ると言ってくれたシャーリー様の申し出を断って歩いて帰ってきた。
ここに帰ってくるまでに静かに色々と考えておきたかったのだ。お金持ちの馬車に乗りようものなら緊張して何も考えられなくなったまま家に着いてしまう。それはダメだ。


そうして歩きながらある程度考えがまとまったところで家に着き、玄関の前に止まってすでに数分。


明かりが点いているからレナード様が家にいるのはわかっている。その灯りを見て心底ホッとしたと同時に緊張し今に至っている。
大きく深呼吸を数度してから、ゆっくりと扉を開けて中に入った。

「た、ただいま…」

情けないと思うほど小さな声だった。
だが居住スペースである2階からドスドスドスドスととんでもない足音が聞こえてきた。

「!?」
「か、帰ってきて、くれたのか…」

いつもの茶色いエプロンをつけたレナード様が焦りを残しながらも安堵した表情で迎えてくれた。


――――クマがある。


さっきは顔を見ることが出来なかったからわからなかったけど、クマがいつぞやほどではないけれど目の下をほんの少しだけ黒く塗っている。

……眠れていなかったんだ、

そう思って罪悪感から胸が潰れるような思いを感じたのに、レナード様が他の人を抱き枕にしなかったことに安堵もした。
抱き枕でいることを嫌だとも思っていたのに、抱き枕という自分の立ち位置を奪われていなかったことに安心している自分は大概だなと密かに思った。

「あの、ごめんなさい…。家出したことも、ひどいこと言ったのも、今日急に呼び出したのも……」
「いいんだ。あなたは何も悪くない。俺のほうがすまなかった…」

それは何に対する謝罪だろうか。
私と一緒にいるとつらいと言ったことへの謝罪だろうか。
そんなことが頭をよぎった自分が嫌になる。


「さっき……」


「え?」

短くボソッと呟いたその言葉が小さすぎてうまく耳が拾えず、思わず聞き返したけれど苦虫を嚙み潰したような表情をしていたレナード様は言葉を続けることはしなかった。

「は、腹は減ってないか?それとも先に風呂がいいか?疲れているなら少し眠るか?」
「え、えっと…」
「それとも、俺はすぐにここから出て行ったほうがいいか…?」
「え!だ、ダメです!」

ただ怒涛の質問攻撃に戸惑っていただけなのに急にしおらしくされて、思わずレナード様のエプロンを摘んだ。

「こ、ここに、いてください……。話したいこと、あるし……。あ、でも、その、レナード様が、嫌じゃ、なければ、ですが……」
「…っ」
「いや、ですか…?」

エプロンを握った手にギュッと力がこもる。
恐る恐るレナード様の顔を見上げると、褐色の肌が心なしか赤かった。

「レナード様…?」
「っ、あ、あなたが、嫌じゃないのなら、俺も、話したいことが、あるから……ここに、いたい…」
「よかった…」

レナード様の話が少し気になるが、ひとまずここにいてくれることに安堵してエプロンを掴んでいた手を離すと、そこだけグシャリとシワが寄ってしまっていた。
だがそれをパパッと直してあげられるほどには、レナード様との距離を測れていなかった。

「食事は、まだ何も用意していないから良ければ先に風呂に入ったらどうだろうか。さっき俺が入ったからまだ湯も温かいはずだから」
「は、はい。じゃあそうします…」
「何か食べたいものはあるか?あなたの好きなものを作るから何でも言ってくれ」
「オムライス!」

自分でも驚くほど即答した。
そして即答されたことにレナード様も驚いていた。

「レナード様の作ってくれた、あのバターライスのオムライス…が……食べたい、です…」

何故だか急に恥ずかしくなってだんだんと尻窄みになりながらそう言った。
喧嘩して、それから話してもいなかったのに図々しくオムライスを所望するのは良くなかっただろうか。
そう思っていつの間に俯いてしまっていた顔をまた恐る恐る見上げたとき、―――――胸がギュウ、と痛くなった。


「あぁ、あのオムライス、あなたは好きだものな」


レナード様が嬉しそうにライムグリーンの瞳を細めて、私を優しく見下ろしていたからだ。




しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...