68 / 122
善は急げ④
しおりを挟むソフィー様の寝室と続き部屋となっている応接間へと案内され、強張る顔を隠すこともできないまま柔らかなソファに座っていた。
はす向かいにある1人掛けソファにはシャーリー様が座っていて優雅にお茶を飲んでいる。
すでに使いの人が行って30分ほどが経っている。
馬車で行ったというから私の家にレナード様がいたとしたらそろそろ戻ってきてもいい頃だ。
さっきから痛いくらいに強く鼓動が鳴っている。
こんなにも強く心臓が動いているというのに指先は冷たく、手のひらにジワリと汗が滲んでいる。
「アンナちゃん」
カップをソーサーに音もなく置いたシャーリー様がひどく落ち着いた様子で私を見据えていた。その表情に思わず背筋が伸びた。
「顔色が悪いわ。そんなにその男性と会うのが怖い?」
「……はい」
素直にそう言った。
だけど顔を合わせることはできず、折角伸ばした背筋を丸めて俯いた。
「じゃあ違うところで待ってる?」
「え?」
「だってアンナちゃんに立ち会ってもらう必要はないもの。件の騎士様と会うのが嫌なら部屋で待っていてもいいし、騎士様がここに居る間に帰ってもいいのよ?帰るなら騎士様にアンナちゃんの家には行かないよう伝えることだってしてあげるわ」
「でも、そんな逃げるみたいな……」
「逃げることは悪いことではないわ。逃げて逃げて逃げた先にしかない幸せだってあるわよ。逃げというより新たな道と言い換えることもできるしね」
「…っ」
シャーリー様から発せられる甘い誘惑のような言葉が頭の中で反芻する。
――――だけどそれをすぐに振り払った。
「いいえ、ここにいます。何もできないけれどここにいさせてください」
「いいのね?」
「…はい。逃げることが悪いことではないかもしれないけど、今逃げたら私はきっと後悔すると思うから……」
借り物のワンピースに皺ができてしまうことを申し訳なく思う余裕など今はなく、膝の上で強く裾を握った。
シャーリー様は私のその様子を見て楽しそうにニヤリと笑った。
「逃げることは悪いことではないけれど、逃げない子はあたし、大好きよ」
今の自分には言葉だけの肯定もありがたい。
強張った笑みをシャーリー様に向けると、緊張しすぎている私を揶揄うような笑みが返ってきた。
0
お気に入りに追加
1,177
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる