不眠騎士様、私の胸の中で(エッチな)悦い夢を【R18】

冬見 六花

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 逃げないとダメなんだよ ‐レナードside‐④

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「でも………ディランにはなんて言うつもりなの?あいつの妹さんなんでしょ?」
「…」

確かにディランにはきっとバレてしまうだろう。あいつは妙に勘が良い。それに俺の事情や考えを理解はしていなくとも知っている。
だがいくらディランでも俺がどうなったかを彼女にそれを伝えることはきっとしないはずだ。だからあいつがいろいろ気づく前にここを出ればいい。遠くへ行けば、あいつが身重な奥方を残してわざわざ俺を探しに来るとは思えない。


「ねぇレナード、さっきの本気で言ってるの?」

さっきの、とは騎士を辞めることではなく、俺がここを出て行くことだろう。

「………これ以上はもう、耐えられそうにないんだ」



俺がヤカグの純血だったら、きっとこんな葛藤などせず彼女が嫌がろうと閉じ込めて呪詛のように愛を永遠に囁くのに。
俺が完全にヤカグの人間でなければ、こんな想い呪い自体抱かなかったのに。



考えたところで覆ることのない事実に歯噛みする。

彼女と一緒にいたい。
彼女を思う存分愛したい。
彼女に思いを返してほしい。
彼女を自分の手で幸せにしたい。

だけど

自分が父のようになってしまったら…
彼女を母のようにしてしまったら…

何度も何度もそう思ってしまう自分の弱さが情けなくて、救いようもなくて、腹立たしい。



彼女を欲しいと思う気持ちが、
その思いがどんどん大きくなることが、


「彼女と、一緒にいることが……どうしようもなく、つらいんだ…」


その言葉をつぶやいた直後、空気が揺れたような気がした。
そしてすぐ背後に気配がして瞬間的に振り向いた途端、愛しくてたまらなくて、だからこそ今この場で会いたくなかった人がいた。


帰りはもっと遅いはずなのに……

藍色の瞳が見開いて愕然とした表情の彼女を見て、世界から音が消えた。



どこから話を聞いていた…
今、俺は何を言った…
俺は何と……
――――何もかもがわからなくなった。



たった数秒が千秋のように感じられた直後、彼女が家へと逃げてそのまま寝室に籠城してしまった。
扉に鍵なんてない。だけどこの薄い扉一枚を開けることができなかった。今さっき見た彼女の表情を再び見ることがどうしても怖かった。
だけどこのまま放っておくことなどできず、必死に声を掛け続けた。だが……


「――――私の名前は“店主”じゃないっ!!」


返ってきたその言葉に二の句が継げなくなった。

喉の奥から苦いものが逆流したような思いとなっていると、彼女が家出をすると荷物を持って部屋から出てきて玄関へと向かっていく。
それを止めたくて必死な思いで言葉をいろいろ投げかけた。
だから「自分が出て行く」と言ったのも咄嗟にでたもので深い考えなどなかった。

だけどその言葉で彼女は足を止めた。

彼女が放つ言葉すべてが俺を突き刺していく。
好きな女性が、好きで好きでたまらない女性が自分の言葉に泣いている。



――――そのことが悲しくて苦しくて、……でも仄暗い喜びもあった。



彼女の中で俺は「赤の他人」でも「居候」でもない。
俺のことで涙してしまうほどに、俺という存在が彼女に侵食している。

あぁ……、なんて嬉しい。
俺の言葉に傷つく彼女はなんて可愛い。なんて愛らしい。

もっと、
もっとだ。
もっと俺で頭がいっぱいになってほしい。
四六時中俺のことを考えて、俺に侵食されて、俺に支配されてしまえばいい。
もっともっともっともっと

彼女が俺で染まればいい。


たとえそれが俺を嫌う感情だとしても……――――











今、自分は何を思った……?






父の思考と今の自分の思考が完全に重なって怖気立った。


違う。
違う違う違う違う。


俺はあんなふうにならない。
だから俺は彼女から離れようとしているんだ。


でもこんなことを、彼女になんて言えば……――――





そう思っているときだった。




「――――っ!?」

感じたのは腕に伝わるか弱くも強い力。
そして毎夜嗅いでいる甘い香りの後に、夢と同じ唇の柔らかい感触。

それは一瞬の出来事で、だけど一瞬にして俺の思考を奪っていった。
次に見たのは彼女の藍色の潤んだ瞳が怒気に染まった――――可愛い睨み顔。


「嫌いな女からのキスでせいぜい困りまくれ!このイケメンオカン色情魔!!」


そう言って蹴るように走り去って行く彼女を呆然と見送ってしまった。
彼女の足音も気配も完全になくなった後、我に返って追いかけなければと思い外に出たところでピタリと足が止まった。


追いかけてどうする。
追いかけて何を言うんだ。
嫌いじゃない。愛してるとでも言うつもりか。

今までが中途半端すぎた。
彼女と離れると決めていたのに、彼女を甘やかして、優しくした。


いっそこのまま彼女に誤解されたほうが彼女のためになるのではないだろうか……



「――――クソッ゛!」


思わず壁を拳で強く叩いた。
ドンッと響いた音の余韻がただ虚しく、今感じる苛立ちは少しも減らない。

彼女が俺の前から去って行った残像が頭の中で繰り返される。
それがこんなにも痛くて、苦しくて、まっすぐ立つこともできなくて、呼吸すらままならない。



目の前が自分への怒りで真っ赤に染まっていく。
――――否、すべてが絶望へと変わって黒く染まっていく。


鬱々と、堕ちていくような、そんな虚脱感が自分を覆い尽くそうと……






――――――した時だった。













「おぉおぉ、めっちゃ落ち込んでんな。レナード」




楽し気で快活な声を向けてきたのは、愛しい彼女と同じ瞳の色を持つディランだった。




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