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 逃げないとダメなんだよ ‐レナードside‐③

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「やっぱりレナードのリィタなんでしょ?ディランの妹さん」
「……ジャン、お前に頼みが2つあるんだ」
「頼み?」
「俺はもうすぐ騎士を辞めるから後任はお前に任せたい。正式なことは復職してから手続きするが早めに伝えておきたかった。あともう1つなんだがむしろこっちがメインの頼みだ」
「え、待って。辞める?」

ジャンが当然のように困惑した。
だがそれを気にせず話しを続けた。

「仕事を辞めたらここからかなり遠くの地に移り住むが、万が一俺がここに戻ってきたとき取り押さえてくれないか?」
「っ!」
「とはいっても新しい地に着いたら俺は自分で足を切るからここに来られないと思う。だが自分でも何をしてしまうかわからないから…。いっそ殺してくれたっていい」
「レナード」


諭すような優しくも強い声で名を呼ばれた。


「レナードの両親のことを以前聞いたから、レナードがリィタに対して良くない感情を抱いていることは知ってるし、今お前がどんなことを考えているのかわかってるつもりだ。………でも」

自分と同じ褐色の肌を持つジャンが痛惜の表情を浮かべている。




「―――…彼女を想うお前の想いを、まるで呪いのように思うなよ」




違う、とハッキリ言葉にできなかった。
むしろ的を射ているとさえ思った。


「ジャン、これは頼み事なんだ。相談じゃない。断るならそう言ってくれ」
「僕の話をまず聞けよ!…確かにお前は今悩んでて、苦しんでいるのかもしれない。だけど、一緒に住んでいるんだろ?彼女がお前に苦しみしか与えていないみたいなこと思うなよ!」
「そんなこと思ってない!彼女は何も悪くない!俺が……」
「彼女がどう思うかって話だよ!じゃあレナードは今日まで一緒に住んできて彼女に何も優しいことはしなかった?甘やかしたりしなかった?」
「…っ」
「できるわけないよね。リィタに冷たくするなんてできるわけない。自分無しでは生きていけなくさせたいって思うのは僕達の普通なんだから!でもさ、そんなに自分に優しくしてくれたレナードが急に騎士団からもここからもいなくなったら絶対彼女は不審に思って調べるはずだよ!事実を知って、レナードが自分のせいで苦しんで、いなくなって、それで……なんて、そんな思いを自分のリィタにさせるつもりなの!?」
「彼女は俺がヤカグの血を引いていることもリィタなんて言葉すら知らない!いなくなることだって遠方に転勤したとか転職したとかどうとでもなる!」


ジャンの言葉一つ一つが、まるで体を硬いたわしで擦られているように俺をギシギシと傷つけていく。それはある意味刺されるよりも痛いものだった。

「…もし彼女がお前を好きだったらどうするつもり?それでも離れるつもりなの?」
「やめてくれ…!そんなこと考えたくないんだ」
「逃げるなよ!」
「――――逃げないとだめなんだよ!!」




彼女が俺に笑いかけるたびに泣きそうなほどの幸福を感じた。

熱を持っているとさえ思うその笑みをずっと見ていたいと思った。
揺蕩うような温かい何かに包まれずっとここにいたいと衝動にも似た思いに駆られた。


だけどすぐに両親の姿がフラッシュバックする。

父を憎悪しかない顔で睨み、切られた足を必死に動かして壊れた人形のように歩きながらナイフを持ち、慟哭とも言える奇声を発しながら父を刺した母の姿を。

そしてそれを悍ましいほど愛し気に受け入れ、そして嬉しそうに一緒に死んでいった父の言葉を思い出す。



『レナード。ヤカグの男にとって、世界はリィタとリィタ以外なんだ』



父の言葉は、真実だった。

彼女はもう、俺のなにもかもだ。
彼女と出会っていない頃、自分がどんなふうに物を見て、どんなふうに食事をし、どんなふうに息をしていたのかさえ、微塵も思い出せない。


でも、あの小さく、細く、柔らかな彼女にこんなにも巨悪な想いをぶつけてしまえばきっと彼女は潰れて壊れてしまう。
そして俺は、潰れた彼女の姿すら喜ぶのだろう。




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