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16 母の呪い、父の呪い ‐レナードside‐
しおりを挟む自分が持つ1番古い記憶は、蝿がたかった腐肉でも見ているかのように自分を見つめる母の表情。
ヤカグは険しい山に囲まれた小さな国だ。
澄んだ川と豊富な自然の恵みのおかげで他国と交易を結ばずとも贅沢をしなければそれなりな暮らしができて、貧乏でも裕福でもない。
そんなヤカグには1つ大きな特徴がある。
――――女が外を歩いていない。
俺自身、母しか女性を見たことがなく、この世界に女性という生き物は母だけなのだと幼い頃は本気で思っていた。
ヤカグの男は、皆独占欲が恐ろしく強い。
“リィタ”と呼ばれる運命の人が現れた途端、それまでの常識などすべてを簡単にかなぐり捨てリィタのためだけに生きていく。
他の人間に自分のリィタを見せることなど絶対にせず、名前すら教えない。そのため自他問わずパートナーである女性のことを総称して“リィタ”と呼ぶことが決まりとなっている。
ヤカグの男は死ぬまで家という檻にリィタを閉じ込めて尽きることない愛を囁き、ドロついた執着心を持って慈しみながら生きていく。
――――それがヤカグの特徴だった。
ヤカグの女性はそのことを当然のように受け入れている。というよりもそれが常識であるために他の生き方など知らず、執着され愛され続けることが最高の人生と信じているのだ。
だが、俺の母はヤカグの人間ではなかった。
たまたま仕事で国を出た父が一目見て自分のリィタだと感じ、拐わかした女性だった。
激しく抵抗し、何度も隙あらば逃げようとした母を逃さないために父はとうとう母の足の腱を切って歩けなくさせ、家の中へ閉じ込めることに成功した。
俺は、母から優しい言葉をかけられた記憶がない。
憎い男の子供を産んだ母は、父に瓜二つの俺のことを全身で拒絶した。
俺を視界に入れようともせず、食事を運ぶ役目を担うようになると汚物を見るような目つきで睨みつけては食事を投げられたことなど十指に余る。
母は俺の姿を見てはいつも同じ言葉を言い捨てる。
「悍ましい執着心を内に持つお前を愛する者なんて、この世に1人だっていやしない」
――――と。
何度も、何度も、そう俺に吐いた。
母は当然父に対しての憎悪が一番深く、頻繁にヒステリーを起こしては父に対してのありとあらゆる罵詈雑言を叫び散らしながら部屋の中を荒しては自らの死を強く望んだ。
だけど父はそんな母でさえどこまでも深く愛していた。
どんなに母から恨まれても、憎まれても、嫌がられて嫌われていても、母しか愛することができない機械かのように母を愛し続けた。
日夜俺と父のことを全身全霊で拒絶し、罵倒し、衰弱しながら狂っていく母に対し父は毎日愛を囁いていた。
その様は、美しいと思うほどに歪んでいた……―――
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