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 どうしようもなく、つらい③

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「ただいま~」


思っていたよりもかなり早く終わってしまったが寄り道せずまっすぐ帰ってきた。
荷物をおろしてから家の中で声を上げてみたが返事がない。買い物にでも行っているのだろうか。
ふと庭のほうを見ると洗濯物が干してあるのが窓から見えた。
たまには家事(の手伝い)でもしないとな。そう思って洗濯物を取り込むべくかごを持って庭に出て見事なまでに綺麗に干された洗濯物を取り込んでいく。

やっぱりもう少し色気ある下着買おうかな…。
いや、意味ないか。レナード様は休暇が終わったらここを出て行っちゃうんだから。
そもそもレナード様は私の下着に興味なんてないだろう。

そう思いながら服やらタオルやらレナード様の下着やらをかごにポイポイと雑に入れていると、――――話し声が聞こえた。


「ディランにはなんて言うつもりなの?あいつの妹さんなんでしょ?」


僅かに怒気を含んだ男性の声にドキッとした。
いや、それは私のことを話していると瞬時にわかったからでもあるだろう。

声が聞こえてきたのは庭に面している普段子供1人来ない小さな広場。
ベンチなどないその広場と庭を隔てているのは私の腰ほどしかない塀と背が高い木が数本。その木のおかげで広場から庭を見渡すことはできないが、半身であれば容易くすり抜けられるほどの間隔は空いている。


その木の隙間から、男性2人が庭に背を向けて話しているのが僅かに見えた。


持っていた洗濯物をギュッと握りしめて声がしたほうに目を向け、無意識にゆっくりと足を進めていた。
伸びまくっていた庭の芝生はいつの間にか綺麗に刈られていて、私のたどたどしい足音すらも柔らかく吸い込んでくれている。

「ねぇレナード、さっきの本気で言ってるの?」
「………これ以上はもう、耐えられそうにないんだ」

「っ」

無意識に息が止まり、耳に神経を研ぎ澄ませた。
2人の会話が止まったことでピリつくような重苦しい空気が伝わってくる。

手のひらにじわりと汗が滲み、持っている洗濯物を握りしめる手に力がさらにこもった。
頭の中で「これ以上聞くな」と確かに警鐘が鳴っているのに、私の足は静かにもう一歩進んでいく。


まるで呼吸をすることすら緊張するような空気の中、レナード様の美声が苦しそうに震えながら聞こえてきた。





「彼女と一緒にいることが……どうしようもなく、つらいんだ…」





「……っ」


息が、本当に止まってしまうと、そう思った。



自分の荒い呼吸と、強すぎる鼓動だけが頭の中にうるさく響く。
洗濯物を握る力は次第に強まっていくのに、それに反比例するかのように膝の力がどんどん抜けていく。

倒れそうな体を支えるようにタン、と音とも言えない音をたて足が一歩後ろに着いた。
たったそれだけの音と気配で騎士という高位職に就いておられる方には気づかれた。気づかれてしまった。

弾かれたように後ろを振り向いたレナード様のライムグリーンの瞳とハッキリと目が合って、その目が、その表情が、驚愕に染まっていくのを目の当たりにした。

「あっ…」

そう言葉を発したのは私なのか、レナード様なのか、その隣にいた人なのか、わからない。
とにかく今わかるのは、2人の会話を私が聞いていたことを2人に知られてしまったということだ。


盗み聞きしたのは私だ。
そっと忍び寄ったのは私だ。
不穏な空気を感じていたけど、それでも耳を傾けたのは私自身だ。


――――……なのに






「レナード様の、バカアアァァァ!!!」






「っ」


急に溢れた涙を拭うことすらせずそう叫んで、一目散に家の中へと逃げ込みそのまま自分の部屋へと飛び込んだ。
後ろから「待ってくれ!」と焦る声が聞こえ、それを聞きたくないと思いながらも心の奥で追いかけてくれていることを仄暗く喜んだ。だけどどうにもこの激情が治まらず、大きなバッグに手当たり次第に服やらなんやらを詰めこんでいく。

するとドアの向こうでレナード様が少し強めに扉を叩いてきた。
鍵なんてない。だけどレナード様は扉を叩くだけで中に入らない。

私の入室の許可を待っていることに、何故だか苛立ちが増した。


「店主っ!違うんだ!さっきの話は…」
「違うって何が違うんですか!?私と一緒にいるのがつらいって、耐えられないって、ハッキリ聞こえました!!」
「それはっ…」


「つらい」と思われていたことが、好きな人レナード様にそう思わせていたことが、つらい。


これ以上の言葉を聞きたくなかった。
「つらい」という言葉も、それを釈明する薄っぺらい言葉も、すべて聞きたくなかった。
だって何を言われたところで「私といることがつらい」とレナード様が思っていることに変わりはないのだから。


「店主すまない!でも…」
「――――私の名前は“店主”じゃないっ!!」


当たり散らす、という表現が正しいように言葉を投げ捨てた。
するとドンドンと鳴っていたドアを叩く音が止み、耳鳴りするほどの静寂が訪れた。

そしてそのことにも何故だか苛立ちが増した。





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