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 これは治療②

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「あの、治療…ですから…」
「っ、あ、あぁ…」
「いつもの、不眠に対する治療です……ほんとです。……それ以外のなにものでも、ないですから……」
「あぁ……そう…だよな」
「ど、……どう、されます、か……?」
「っ」


冷めた茶から、ほんの少しだけ香るラベンダー。
聞こえるのは自分の大きすぎる鼓動と小さな息遣い。
そしてレナード様の僅かに荒い呼吸音。
私の腕を掴む手は熱くとても優しく、ほんのわずかに震えている。
静音タイプの時計から微かに聞こえる秒針音が彼の葛藤を示している。

でも一体何の感情が葛藤しているのかを深く考えたくはなく、卑怯にも答えをレナード様に丸投げした私はただただ彼から下される決断を待った。


そしてゆっくりと顔を上げ、しっかりと私の瞳をとらえた。



「店主……、俺を、抱きしめてくれないか……?」



そのライムグリーンの瞳に映るのは、やはり悲痛と絶望。
だけどその中に微かに熱情が見えたのは、きっと私が生み出した幻想なのだろう。――――…そう思った。













これは治療。

そう頭の中で何度も何度も唱えながら今まさにレナード様を抱きしめている。



レナード様に与えた客室へ移動した。
立った状態で抱き合えば私たちの身長差を鑑みると絶対に「抱きしめている」というよりも「しがみついている」になってしまうと思い、レナード様にはベッドに座ってもらったまま、脚を開いてその間に私が立ち頭を抱えるようにして今、抱きしめている。

体の割には小さい頭は私の割と大きい胸にすっぽりと埋まり、微動だにしない。
レナード様の手は、さっきの私みたいに何かに耐えているかのように膝の上に拳の状態で置かれている。

―――やっぱり嫌なのかな?
それなら逆にストレスを与えてしまっている。ここは素直に聞いてみることにした。

「ど、どうですか…?リラックスできるって聞いたんですけど……体勢がつらいですか?……それとも、やっぱり私じゃお嫌ですか…?」

胸元に静かに埋まるレナード様の耳元に囁くと、体全体がピクッと動いてさらに拳に力が入ったように見えた。

「い、いや……問題ない……。体勢も平気だし、あなたが嫌だなんてことも、絶対にない……」
「ほんとに…?」
「あぁ…」
「じゃあ、あの…頭撫でたり、体触ってみても、いいですか…?」
「っ!………………あぁ、店主の好きにしてくれ」

割と長い間を感じたがとりあえず許可を得られた。
なんとも不思議なのだが、現状レナード様のほうが目線が低いことと頭を抱きかかえているからなのか、子供をあやしているような気持ちになってきて、甘やかしてあげたい気持ちになってきているのだ。
赤ちゃんプレイを嫌がるレナード様には悪いけど…。


ゆっくりと艶やかな黒髪を整えるように撫でていく。
頭を撫でることを堪能した次は背中にいってみよう。そう思って片手は頭を支えたままもう片方の手だけ背中へと伸ばして驚いた。

自分の体とはあまりに違う筋肉の多さと硬さに感動のようなものを覚えながら、撫でるというよりいじくり回すように背中を手のひらで堪能していく。だけど気づけばレナード様の肩が上擦り、あきらかに体に力が入ってしまっている。

しまった!筋肉に夢中になっちゃったけどもしかして背中触られるのダメだったのかもしれない!

そう思ってパッと手を離し、降参したように両手を上げるとずっと私の胸に顔を埋めていたレナード様が少し眉を寄せながら妖艶な表情で顔を上げた。

「どうした…?何故急に止めたんだ…?」
「え、あ、レナード様の体に力が入ってるように思ったからやっぱり嫌なのかなって思って…」
「嫌じゃない。ほんとのほんとに嫌なんかじゃないよ。……ただ、俺も要望を言ってもいいだろうか?」
「ど、どうぞどうぞ」

レナード様の眉が困っているかのように寄せられている。
だけどまるで縋りつくような目で見つめられ、ドクンと大きく心臓が跳ねた。


「俺も、あなたを抱きしめても、いいだろうか…?」


ジリジリと、胸を炙られているのではないかと思うほどに痛くて、熱い。
治療だ、と頭の中で必死に唱えていないと得体のしれないものに呑み込まれてしまいそうになる。……いや、もう手遅れだろう。

レナード様の何もかもが、私を抗えなくさせる。
この人から齎されるものすべてが心地よく、すべてを受け入れてしまう。



きっとこの逞しい腕に体を包まれたら私はとても幸福になる。

だけどそれは一瞬だけ。

あとは彼を浅ましく求める乞食となるだろう。……わかってる。わかっているのにそのたった一瞬の幸福が今は欲しい。



「…はい」


小さく呟いた瞬間に、やや性急に腰に太く固い腕が回り、また胸にレナード様の顔が埋まった。

――――……それは得も言われぬ心地だった。

私はまたレナード様の頭を抱えるようにしながら黒い髪を撫でてあげると、胸元に熱い呼気を感じた。




「……っ、こんなにも……なの、かっ……」




ぼそりとレナード様が何かを呟いたけれど、それは私の胸に囁かれ耳には届かなかった。

頬を擦り寄らせるように私の胸に顔を埋めて腕の力を少し強めてくる。それがなんだか嬉しくて私もレナード様の頭をさらに自分の胸元に引き寄せた。






私は、この人が好きだ。




密かに、でも確かに、そう思った。




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