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4 独占禁止の魔術師

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「ヴァレリオン先生に不用意に近づかないでよね」




 あと少しでお昼休みという時間、本校舎にほど近い別館の裏庭掃除をしているときのこと。
 掃き集めた落ち葉を袋に入れようとしゃがんだとき、後ろから刺々しい声が聞こえ、思わず手を止めて振り返った。

 だが周りには誰もいない。
 どうやら声は今いる場所から見えない、建物の影となっている場所から聞こえているようだ。

「先生には授業以外近づかないというのは、大学内でも周知のルールよ。あなたも知っているでしょ」
「わ、わたしはただ授業のことで話を聞きたくて……」
「嘘言わないで。あなたが魔術科じゃないことも知っているのよ」

 建物の影からこっそりのぞくと、案の定1人の女子学生が壁に追いやられ、3人の女子学生に囲まれている。

「先生は人間嫌いなのにここに勤めてくださっているのよ。あなたみたいなのが先生の周りをウロチョロして、先生が気分を害してここを辞めてしまったらどうするのよ」
「……すみません、でも私先生のことが……」
「あなたの気持ちなんてどうでもいいのよ。とにかく、先生には近づかないというルール、しっかり守ってよね」

 そう言い残して、取り囲んでいた3人の女子学生たちは去って行き、残された女の子も目元を強く拭ってからその場を去っていった。

 ライ君と友達になって10日ほど経過しているが、こんなテンプレのような修羅場にすでに何度も遭遇している。



 一度意識するとよく目に入ると言うが、私の場合はよく耳に入ってきた。
 友達となったあの日以降、少し周囲に耳を澄ますだけであちこちでライ君の話題が飛び交っている。


 ――――ライレット・ヴァレリオン。


 国内屈指の名門校であるこのロックウェル大学の魔法学部大学教員。
 弱冠24歳にして魔法学会では知らぬ者はいない天才。
 彼の講義は常に立ち見が出るほど満員で、しかもほとんどは女子学生ばかり。その理由は彼の類稀なる美麗な容姿を拝むためだという。
 魔法学部教員であることを示す教員ローブのフードを、いつも目深に被っていてもわかる美貌。その黄色い瞳から放たれる冷たい眼光は冷徹さもありながら神々しさを感じさせ、容易に近づくことを許されないかのよう。
 だが、だからこそ彼に畏怖の念を抱き、神格化しているともいえよう。
 そんな才能も容姿も完璧な彼だが、常にぬいぐるみを片手に抱いている。それが彼のミステリアスさを引き立て、むしろ彼の魅力を助長しているものであった。

 生まれながらに住む世界が違う人。


 そんな彼を皆羨望し、憧憬し、恋慕する。


 だからこそ彼を望んではいけない、自分のものにしてはいけない、誰のものにもなってはいけない、そのような輩がいたら徹底的に排除する、という思想が生まれてしまった。



 ライレット・ヴァレリオン。
 彼は孤高であり続けなければならない、“独占禁止の魔術師様”なのだ。





 だが、当の本人はというと……――――









「メルちゃん!」
「こんにちは、ライ君」


 いつものように昼過ぎに洋館を訪れると、ライ君は既にお菓子の準備をしていて、私を心待ちにしていたかのように喜んで出迎えた。
 ちょっとしたパーティーかと思うほど華やかなお菓子と小さなサンドイッチがテーブルに並んでいるのだ。きっと高級なのであろう紅茶を始め、すべてライ君が用意してくれたものだ。
 いつも座っている長椅子に腰掛けた瞬間、まるで執事かのようにライ君が淹れてくれた紅茶が目の前に運ばれた。

 ライ君は私と友達となってから、毎回こうして高級そうなお菓子や軽食を用意して待ってくれている。
 もちろん、ミーちゃんと共に。

「いつもありがとう。でも、お茶なら私が淹れるよ」
「えっ! も、もしかしてメルちゃんは僕が淹れたお茶、飲みたくない……?」

 まるで捨てられる寸前の仔犬のように落ち込むライ君を見て、慌てて宥めた。

「違う違う! いつももらってばっかりだからお茶を淹れるくらいは、と思って」
「そんなこと気にしなくていいよ! 僕、すっごく楽しいから!」

 嘘偽りない満面の笑みで楽しいと言われてしまうと何も言えない。
 それに、純粋な気持ちでもてなしを受けるというのは決して不快ではない。むしろ嬉しいくらいだ。
 それに極力人と接せずに生きてきた私にとって、懐いている大型犬のようなライ君と一緒にいるのは心地がいい。

「今日はフルーツダイフクっていうのを用意してみたんだ。とっても美味しいんだって」
「この白くて丸いやつ? フルーツが入ってるの?」
「そうみたい。僕も食べたことはないんだ。……ごめんね?」
「謝らなくていいよ。いつも用意してくれてありがとう」

 仕事をサボれるだけでなく、もう何年も口にしていなかった甘い物を食べられることは素直に嬉しい。初めは遠慮もしていたのだが、どうやらライ君は私に甘い物を食べさせたいらしい。
 先日、あまりにも連日お菓子を用意してくれるからさすがに申し訳なく思い、「こんな毎日お高そうなお菓子をこんなにたくさんは用意しなくていいよ?」と遠回しに断りを入れると「そ、そうだよね……。いくら美味しいものでも僕なんかが用意したものなんて食べたくなんかないよね……」と、この世の絶望を味わったかのように落ち込んだ。
 食べ物に罪はない。それどころかライ君にも罪はない。
 結局、ライ君の望んでいるようにティータイムを楽しむことにしたのだった。


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