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プロローグ
しおりを挟む「ひどいよ、メルちゃん」
その声は、いつも聞いていたものとはあまりに違う、甘い中にも昏い義憤を帯びた声だった。
雷鳴轟く暗い曇天の中、湿度高い風が肌を撫でては髪を靡かせる。
そのせいでいつも視界の半分を隠している自分の砂色の前髪が忙しなく動き、視界が見慣れた狭いものから広くなってを繰り返す。
地面にへたりこみ、未だ鎮まらない体の震えに身を縮こませる私のことを、ただでさえ背の高い彼が見下ろしている。
かつて、その黄色い瞳をひまわりのようだと優しい気持ちで思ったことを呪いたくなるほどに、雷色の瞳が恐ろしく自分を射抜く。
初めて見たときから強烈に印象に残った、黒髪に金色のメッシュが入った少し変わった彼の髪が、片耳に飾られている大きな耳飾りと一緒に靡いている。
もう一生会うことがないと諦めた。
熱くて、痛くて、苦しくて、切なくて、悲しくて、でも嬉しかったあの激情の中、彼を脳裏に焼き付けた。
なのに、その彼が今、私の目の前にいる。
地面に倒れている男の頭を踏みつけながら……――――
「ラ……ライ、くん……」
「花火、一緒に見ようって約束したのに」
辺りに累々と転がる人間にも、そこから漂う焦げた臭いも気にした様子はなく、冷たい声を落とした。
そのことに総毛だつと同時に言葉では表せない激情が体を迸っている。
「君がまた、僕から逃げようなんてするから、僕はこうするしかなかったんだ」
頭を踏みつける脚に力がこもったように見えた。
だが踏みつけている彼の表情はとても柔和。慈愛と悲憤、そして隠しきれていない執着がその瞳に宿っている。
「でも、ごめんね? メルちゃん」
「……え?」
「逃げないで、なんて……生温いことを言っちゃった僕が悪いよね」
恐ろしい。
今自分の体を支配しているのは恐怖だ。
でもこの恐怖は、人の頭を踏みつけている彼への純粋な恐怖じゃない。
「僕はもう、君を……――――」
どうして、私は思ったのだろう。
この思いを押し込めて押し込めて、外に漏れ出ないように厳重に鍵をかけて閉めたとしても無理だと、わかっていたはずなのに。
どうして、彼から逃げられると、私は思ったのだろう。
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