上 下
9 / 15

しおりを挟む



「アルガ……ヴァートレット卿、何故ここに?」


ここで会ったことにも驚いたが、柳眉を下げて困惑しているような表情にさらに驚いた。


「……ノエルに頼んで君をここに呼んでもらったんだ」

ノエルとは殿下のことだ。
殿下は私にあれこれ言ってから退室したとききっとアルガルド様のところへ行ったのだろう。でも、呼び出したのはアルガルド様というのは驚きだ。てっきりアルガルド様もここに行くように殿下に言われたのかと思ったが。

「君に聞きたいことがある…」
「聞きたいこと…?」

聞き返すと苦虫を噛みつぶしたような顔をしてアルガルド様は言い淀んだ。
だが、絞り出すように弱弱しく言葉を発した。

「……フェリシアは忘れられない男がいるから独身主義者というのは本当か?」
「ぁ、はい、そうですけど…」

忘れられない男っていうのはあなたなんですけどね。

思えばこの話題は初日に殿下が話して以来口にしてはいなかった。
だって初恋の人に初恋相手の話をするだなんてこっぱずかしいことできないし、アルガルド様からも聞かれなかった。
だけどきっとアルガルド様はずっと気にしておられたのだろう。


「君はそいつに振られてしまったのか…?」
「いいえ、思いを告げてもいませんし告げようとも思っていません」

今こうして話をしていても、私は自分の気持ちを告げようなど微塵も思っていない。
すべては自分の思い出の中。それを大切に愛でながら生きていく。
そう決めたのだ。

「君は叶わぬ男をずっと思いながらこれからも生きていくのか?」
「はい。なかなか人には理解が難しい考えとわかっています。でも私は彼が幸せに暮らしてくれていればそれだけで幸せなんです」
「……っ」

私の言葉にどうしてアルガルド様が苦しそうに顔を歪めるのだろう。
理解できないと苛立っているのだろうか。好きな人に振り向いてもらえない私を憐れんでいるのだろうか。
私のことなど気にしなくていいのに。…優しい人。

もしかしたら1ヶ月間一緒に過ごした私に何かしらの褒美を上げたいと思っておいでなのかな。初恋相手を忘れられない可哀そうな私に結婚相手、若しくは見合い相手を宛がおうとしているのかもしれない。

だとしたら申し訳ないけどいらないお世話だ。
況してや初恋の人に男性を宛がわれるなど、さすがに傷つく。
もしそうならきちんと断ろう。
明日はアルガルド様の大事な日だから私にかまけず彼を早く帰らせないと。


「ヴァートレット卿、あの……」

「―――――嫌だ」



ガシッ



大きく厚い手が私を捕らえるように両肩を掴んだ。
それは初めてのアルガルド様との触れ合いだった。

「え?」

自分を華奢だなんて思ったことは一度もないが、今、アルガルド様という屈強な御方に肩を掴まれている状況は自分がとても矮小なものに思える。
だけどまったく恐れはない。


「ヴァ、ヴァートレッ……」
「君が、俺をそう呼ぶことが嫌だ…」
「ぇ…」
「君と過ごす時間が、もうないなんて、嫌だ…」
「っ」
「君が、俺と他の女性との幸せを願うのが嫌だ…」
「それは…」
「君の心に、他の男が住み続けていることが、嫌だ…」
「ぁの…」

グイッと強く引き寄せられた。

「――――っ!?」
「フェリシア……フェリシアッ……」

気付けば、厚く固く大きい胸に顔を埋め、太く逞しい腕の中。
そしてその腕の中で名を呼ばれた。何度も、何度も。



「フェリシア……俺は、………君のものになりたいっ」



懇願する、乞うような声。
鼻腔に広がる初めて嗅いだ男性的な爽やかな香り。
自分を閉じ込める強い力。

初めて誰かに抱きしめられ、この心地よさに驚いた。



――――が、すぐにハッと気が付いた。

大変だ。
アルガルド様がご乱心だ!
この1ヶ月で彼は私に情を抱いてしまったのだ。
彼の目を覚まさなきゃ。
明日は大事なお見合いなのに!


「…ヴァートレッ」
「アルガルドだっ!」
「ア、アルガルド…様……」
「フェリシア、……俺は………俺はっ……!」
「待っ、待ってください!アルガルド様!ちょ、ちょっと、苦しっ!痛いっ!」

説得したいのにアルガルド様がどんどん抱きしめる力を強くしてきて私の体は容易く悲鳴を上げた。タップするように固い体を叩くとグンッ!と体を離されたが、未だ両肩は掴まれたまま。

呼吸が楽になり大きく深呼吸をしてから顔を上げると、私は言葉を失った。




「……っ、……っぅぐ、…ぅっ、……っ、」




アルガルド様が号泣していたのだ。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや
恋愛
令嬢オフェリアはラティスラの第二王子ユリウスと恋仲にあったが、悪事を告発された後婚約破棄を言い渡される。 国外追放となった彼女は、監視のためリアードの王太子サルヴァドールに嫁ぐこととなる。予想に反して、結婚後の生活は幸せなものであった。 そしてある日の昼下がり、サルヴァドールに''昼寝''に誘われ、オフェリアは寝室に向かう。激しく愛された後に彼女は眠りに落ちるが、サルヴァドールは密かにオフェリアに対して、狂おしい程の想いを募らせていた。

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。 ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。 しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。 そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

洗浄魔法はほどほどに。

歪有 絵緖
恋愛
虎の獣人に転生したヴィーラは、魔法のある世界で狩人をしている。前世の記憶から、臭いに敏感なヴィーラは、常に洗浄魔法で清潔にして臭いも消しながら生活していた。ある日、狩猟者で飲み友達かつ片思い相手のセオと飲みに行くと、セオの友人が番を得たと言う。その話を聞きながら飲み、いつもの洗浄魔法を忘れてトイレから戻ると、セオの態度が一変する。 転生者がめずらしくはない、魔法のある獣人世界に転生した女性が、片思いから両想いになってその勢いのまま結ばれる話。 主人公が狩人なので、残酷描写は念のため。 ムーンライトノベルズからの転載です。

洞窟ダンジョン体験ツアー案内人役のイケメン冒険者に、ラッキースケベを連発してしまった私が患う恋の病。

待鳥園子
恋愛
人気のダンジョン冒険ツアーに参加してきたけど、案内人のイケメン冒険者にラッキースケベを連発してしまった。けど、もう一度彼に会いたいと冒険者ギルド前で待ち伏せしたら、思いもよらぬことになった話。

燐砂宮の秘めごと

真木
恋愛
佳南が子どもの頃から暮らしていた後宮を去る日、皇帝はその宮を来訪する。そして

結婚前夜の妹を寝取る王子

岡暁舟
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...