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しおりを挟む「アルガ……ヴァートレット卿、何故ここに?」
ここで会ったことにも驚いたが、柳眉を下げて困惑しているような表情にさらに驚いた。
「……ノエルに頼んで君をここに呼んでもらったんだ」
ノエルとは殿下のことだ。
殿下は私にあれこれ言ってから退室したとききっとアルガルド様のところへ行ったのだろう。でも、呼び出したのはアルガルド様というのは驚きだ。てっきりアルガルド様もここに行くように殿下に言われたのかと思ったが。
「君に聞きたいことがある…」
「聞きたいこと…?」
聞き返すと苦虫を噛みつぶしたような顔をしてアルガルド様は言い淀んだ。
だが、絞り出すように弱弱しく言葉を発した。
「……フェリシアは忘れられない男がいるから独身主義者というのは本当か?」
「ぁ、はい、そうですけど…」
忘れられない男っていうのはあなたなんですけどね。
思えばこの話題は初日に殿下が話して以来口にしてはいなかった。
だって初恋の人に初恋相手の話をするだなんてこっぱずかしいことできないし、アルガルド様からも聞かれなかった。
だけどきっとアルガルド様はずっと気にしておられたのだろう。
「君はそいつに振られてしまったのか…?」
「いいえ、思いを告げてもいませんし告げようとも思っていません」
今こうして話をしていても、私は自分の気持ちを告げようなど微塵も思っていない。
すべては自分の思い出の中。それを大切に愛でながら生きていく。
そう決めたのだ。
「君は叶わぬ男をずっと思いながらこれからも生きていくのか?」
「はい。なかなか人には理解が難しい考えとわかっています。でも私は彼が幸せに暮らしてくれていればそれだけで幸せなんです」
「……っ」
私の言葉にどうしてアルガルド様が苦しそうに顔を歪めるのだろう。
理解できないと苛立っているのだろうか。好きな人に振り向いてもらえない私を憐れんでいるのだろうか。
私のことなど気にしなくていいのに。…優しい人。
もしかしたら1ヶ月間一緒に過ごした私に何かしらの褒美を上げたいと思っておいでなのかな。初恋相手を忘れられない可哀そうな私に結婚相手、若しくは見合い相手を宛がおうとしているのかもしれない。
だとしたら申し訳ないけどいらないお世話だ。
況してや初恋の人に男性を宛がわれるなど、さすがに傷つく。
もしそうならきちんと断ろう。
明日はアルガルド様の大事な日だから私にかまけず彼を早く帰らせないと。
「ヴァートレット卿、あの……」
「―――――嫌だ」
ガシッ
大きく厚い手が私を捕らえるように両肩を掴んだ。
それは初めてのアルガルド様との触れ合いだった。
「え?」
自分を華奢だなんて思ったことは一度もないが、今、アルガルド様という屈強な御方に肩を掴まれている状況は自分がとても矮小なものに思える。
だけどまったく恐れはない。
「ヴァ、ヴァートレッ……」
「君が、俺をそう呼ぶことが嫌だ…」
「ぇ…」
「君と過ごす時間が、もうないなんて、嫌だ…」
「っ」
「君が、俺と他の女性との幸せを願うのが嫌だ…」
「それは…」
「君の心に、他の男が住み続けていることが、嫌だ…」
「ぁの…」
グイッと強く引き寄せられた。
「――――っ!?」
「フェリシア……フェリシアッ……」
気付けば、厚く固く大きい胸に顔を埋め、太く逞しい腕の中。
そしてその腕の中で名を呼ばれた。何度も、何度も。
「フェリシア……俺は、………君のものになりたいっ」
懇願する、乞うような声。
鼻腔に広がる初めて嗅いだ男性的な爽やかな香り。
自分を閉じ込める強い力。
初めて誰かに抱きしめられ、この心地よさに驚いた。
――――が、すぐにハッと気が付いた。
大変だ。
アルガルド様がご乱心だ!
この1ヶ月で彼は私に情を抱いてしまったのだ。
彼の目を覚まさなきゃ。
明日は大事なお見合いなのに!
「…ヴァートレッ」
「アルガルドだっ!」
「ア、アルガルド…様……」
「フェリシア、……俺は………俺はっ……!」
「待っ、待ってください!アルガルド様!ちょ、ちょっと、苦しっ!痛いっ!」
説得したいのにアルガルド様がどんどん抱きしめる力を強くしてきて私の体は容易く悲鳴を上げた。タップするように固い体を叩くとグンッ!と体を離されたが、未だ両肩は掴まれたまま。
呼吸が楽になり大きく深呼吸をしてから顔を上げると、私は言葉を失った。
「……っ、……っぅぐ、…ぅっ、……っ、」
アルガルド様が号泣していたのだ。
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