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まずは私の初恋メモリーから話そう。


この国では12歳となった貴族令嬢は登城して皇帝陛下に謁見をする“デビュタント”という習わしがある。
貧乏男爵家の生まれな私は、一家総出で無いお金を必死にかき集めて純白のドレスを作って登城し、数日前から緊張でずっとバクバク打っている鼓動を感じながらも恙なく謁見を終えた。

他の令嬢たちは親しい友人と優雅に皇家主催のお茶会を楽しんでいたが私は日々家業を手伝いお金を稼ぐことしか頭になく貴族令嬢の友達など皆無だったため、お茶会会場を抜け出してもう一生来ることはないかもしれない城の中を散策していた。
あれは売ったらいくらになるだろう、などと下世話なことを考えながら歩いていると迷子となってしまい出口らしきところを見つけて出たところは皇宮庭園だった。

―――……壮観だった。

子どもの私の腰ほどの高さの緑豊かな生垣に囲まれたパステルカラーのカラフルな花々は妍を競うように咲き乱れ、まるでその場の空気さえも淡いピンクや黄色のように幻想的な錯覚を見せてくれた。
心地よく吹く風が花々たちをまるで歌わせているかのように揺らし、その歌声は耳にではなく鼻にフワリと甘い香りを届けた。


目に楽しく
肌に心地良く
鼻に甘い


すると、耳がすすり泣く声を拾った。


声の主はすぐに見つかった。
背の低い生垣に身を隠すように蹲っていた少年はこのパステルカラーの空間に黒のインクをポタリと垂らしたような艶やかな黒髪でよく目立っていた。
彼が着ているベビーブルーの騎士服は少年騎士であることを示している。

「あのっ…」
「っ!?」

声をかけると弾かれたように顔を上げた。




    群青。




濡れて光を白く反射させながら輝くその青の瞳に、私は一瞬で魅せられ囚われた。
私の何とも言えない茶色い瞳とは全く違うこの青を、心の奥の奥まで染みるほどに刻み込めば、私はそれだけで満たされる。
たった一瞬でそう思った。
そう直感した。
そう理解した。


見れば私と同い年ほどの少年。
幼い子供が号泣しているのならいざ知らず、12,3歳の男の子が泣いていることに尚驚きながらも、私達は少し話をした。
……だが、その話した内容というのは全く覚えてはいない。

それは偏に時間の経過ということもあるが、それよりも彼の濡れた群青の瞳にいつまでも魅せられていたからともいえよう。


そうして、私は固く固く心に決めた。
名前も知らない彼を、一生好きでいよう、と。
誰とも恋愛関係にもならず勿論結婚することもなく彼を思い続けていよう。思い続けたい、と。だって私はもう、絶対に彼以外を好きになることなどないのだから、と。


結婚をしないと決めた私は自立することを目標とし猛勉強をして、晴れて皇城の事務員として入職を果たした。皇城の単身寮に住み日々必死に仕事をして昇進し2年前から皇太子殿下第二秘書官補佐として大変だけどやりがいを持って働いている。
実家の男爵家も私の仕送りの他に聡明な弟が家業を手伝い始めたことからうまくいき、今では仕送りをせずとも問題なく暮らせている。
私の人生は十二分に充実していた。


あの時の彼がアルガルド・ヴァートレット卿だということは城勤めを始めて彼の姿を遠目から見かけたときすぐに気が付いた。だがお近づきになりたいなど露ほども思わなかった。

きっともう思い出の中の彼と、今の彼は別の人間と言っていい。
私は自分の心の中に大切に仕舞った濡れて光る群青の瞳さえあればそれでいいのだ。


そんなふうに思っていたのに、今回の話が転がり込んできた。




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