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42 ばいばい
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壮年の男は、全身に酷い傷を負っている。
彼は恐らく白玉の森のダンジョンからここまで歩いて来たのだろうが、それが奇跡的だと思えるほどの傷だ。
先ほどケケが切りつけた傷がばっくり開いて、赤い鮮血がドクドクと流れる。
目は虚ろで、疲れ果てていると分かる。
しかしそんな状態でも、小柄な少女をその腕にしっかりと抱きかかえている。
「おまえ、ケケのしりあい?」
ルルは男に対して話しかけた。
男はチラッとケケの方を見て、少し困ったように微笑し、首を傾げた。
「……ケケ、さんですか。すみません、その名前は、ちょっと分かりません」
そういえば、ケケというのはルルが勝手に呼んでいるだけの名前だったと思い出したルルは、ケケを指差す。
「これ、ケケちゃん。しってる?」
「……」
男は顔を上げ、今度はしっかりとケケの方を見る。
そしてすぐに目を逸らし、やはり困ったように微笑を浮かべながら、曖昧に頷いた。
「……ルル、おまえにたのむことがある」
「私に、何かできることが?」
男は微笑を浮かべたまま、そう呟く。
その微笑は、彼の仮面なのだろうと、ルルは思った。
「ん」
ルルは眠り続ける小柄な少女を指さす。
「ルルがたすけた」
「そう、ですね。王よ、ありがとうございます」
男は素直にルルに向かって感謝した。
しかし彼は少し自嘲気に笑う。
「……あなたが王、だったのですか。俺は……てっきり、先頭にいたのが、リーダーかと」
「バフォメト、ただのまもの。とつぜんへんい」
「……そうですか」
「……」
「……無事ですか?」
「ぶじではない。でも、しんでない」
「……それなら、良かった」
男は力なく微笑し、俯いた。
昔ケケと一緒にいたというだけあって、ポポはまだしも、近くにいるジャックやオズのことも気にしている様子はない。
「……ところで、もしよければ、教えていただけますか? この地に、ギルドから避難してきた人々が……」
「ほかのひとびとはしんだ」
男は少し驚いた様子だったが、むしろ微笑を深くしたように見えた。
彼は、その指先で愛おしそうに腕の中の少女の頭を撫でる。
「……全員?」
「ここのまちに、まほうじんをかいた。もんをとじて、とじこめた。なかにいるのは、ぜんぶしんだ。それだけ、ねむらせて、とっておいた」
「……」
男はさすがに青ざめ、しばらく沈黙したが、それでも特に何か言うこともなく、無言で頷いた。
「……話の腰を折って、申し訳ありませんでした。私に頼みたいこととは、何ですか?」
「ルル、このあたりに、ひとびと、はいれないようにする。そのまえに、ひとびと、つれていけ」
「……連れて行く?」
「やまにいけ。どうくつがある。すくないひと、じゅうぶんいきられる」
「……」
「ルル、へいわなせかい、めざしている。ひとびと、あらそいがおおいから、いっしょになれない。でも、はなれてくらせばいい」
ルルはかつてケケにしたように、布を織るようにして両手を動かす。
必要な糸は、ずっと少なかった。
出来上がった布を、ルルは男にかけた。
すると男の傷は、きれいに癒えた。
傷が癒えた男は、少し驚いたように、笑みを消して何度か瞬きした。
それからまた微笑み、「懐かしいですね」と小さな声で呟いた。
「おまえ、ぎりがたいせいかく。ケケがゆってた。ルルがそれ……その、おんなのこ、まもった。だからおまえも、ルルとのやくそく、まもってほしい」
「……」
男は眠り続ける少女に視線を落とし、彼女を背負いなおして、立ち上がろうとした。
ふらり、と体が揺らぎ、男は倒れそうになるが、なんとか踏ん張る。
「……彼女に話を聞いたなら、私の無能ぶりは、よくご存じかと思いますが」
「くわしくはきいてない」
「……そうですか。とにかく、私は人々を導くような能力はありません。私はただ、運がいいだけで。一人ずつ説得していくとしても、どれだけ時間がかかることか」
「それなら、それでいい。ルル、すでにでえたとまりょくをてにいれた」
「……」
「きせつ、かわったら、ルルは、ここにおおきな『けっかい』をつくる。そのときのこっているもの、みんなしぬか、どれいになる。
「でも、それまでは、みんな、ひとびと、おそいかからない」
「……分かりました」
男は頷き、少女を背負ったまま、ルルに跪いた。
「新たなる世界の王に、敬意を表します」
「……」
「……」
男はしばらくそうして跪いていたが、やがて立ち上がり、一度黙礼してから、少し迷って、悲しそうに笑った。
「……末永く、お幸せに。それが、ご主人様の一番の望みだと思います。……さようなら」
男は少女をしっかりと背負い直し、元来た道を戻っていった。
「……お前もな」
ケケは男に聞こえないくらいに小さな声で呟いて、男に背を向け歩き出した。
「ケケ。にんげんでも、なかまなら、いっしょにするか?」
「やめろよ、ルル」
ケケは足早に歩き、振り返らない。
「アイツは仲間じゃない。……敵じゃないけど、仲間じゃない」
「……」
「人間は敵で、アイツは人間の仲間……に、……なり、たがってるんだ。だから、オレ達とは仲間にはなれない」
「……」
ルルは黙ってケケの後ろをトコトコついて行きながら、一度だけ背後を振り向いた。
男は小柄な少女を背負ったまま、淡々と歩いていく。
彼もまた、こちらを振り向く様子はない。
「……残念だけどな」
その言葉は、まるでありきたりな枕詞のようだった。
けれど、それには、確かに、彼女の心が込められていたように、ルルには感じられた。
彼は恐らく白玉の森のダンジョンからここまで歩いて来たのだろうが、それが奇跡的だと思えるほどの傷だ。
先ほどケケが切りつけた傷がばっくり開いて、赤い鮮血がドクドクと流れる。
目は虚ろで、疲れ果てていると分かる。
しかしそんな状態でも、小柄な少女をその腕にしっかりと抱きかかえている。
「おまえ、ケケのしりあい?」
ルルは男に対して話しかけた。
男はチラッとケケの方を見て、少し困ったように微笑し、首を傾げた。
「……ケケ、さんですか。すみません、その名前は、ちょっと分かりません」
そういえば、ケケというのはルルが勝手に呼んでいるだけの名前だったと思い出したルルは、ケケを指差す。
「これ、ケケちゃん。しってる?」
「……」
男は顔を上げ、今度はしっかりとケケの方を見る。
そしてすぐに目を逸らし、やはり困ったように微笑を浮かべながら、曖昧に頷いた。
「……ルル、おまえにたのむことがある」
「私に、何かできることが?」
男は微笑を浮かべたまま、そう呟く。
その微笑は、彼の仮面なのだろうと、ルルは思った。
「ん」
ルルは眠り続ける小柄な少女を指さす。
「ルルがたすけた」
「そう、ですね。王よ、ありがとうございます」
男は素直にルルに向かって感謝した。
しかし彼は少し自嘲気に笑う。
「……あなたが王、だったのですか。俺は……てっきり、先頭にいたのが、リーダーかと」
「バフォメト、ただのまもの。とつぜんへんい」
「……そうですか」
「……」
「……無事ですか?」
「ぶじではない。でも、しんでない」
「……それなら、良かった」
男は力なく微笑し、俯いた。
昔ケケと一緒にいたというだけあって、ポポはまだしも、近くにいるジャックやオズのことも気にしている様子はない。
「……ところで、もしよければ、教えていただけますか? この地に、ギルドから避難してきた人々が……」
「ほかのひとびとはしんだ」
男は少し驚いた様子だったが、むしろ微笑を深くしたように見えた。
彼は、その指先で愛おしそうに腕の中の少女の頭を撫でる。
「……全員?」
「ここのまちに、まほうじんをかいた。もんをとじて、とじこめた。なかにいるのは、ぜんぶしんだ。それだけ、ねむらせて、とっておいた」
「……」
男はさすがに青ざめ、しばらく沈黙したが、それでも特に何か言うこともなく、無言で頷いた。
「……話の腰を折って、申し訳ありませんでした。私に頼みたいこととは、何ですか?」
「ルル、このあたりに、ひとびと、はいれないようにする。そのまえに、ひとびと、つれていけ」
「……連れて行く?」
「やまにいけ。どうくつがある。すくないひと、じゅうぶんいきられる」
「……」
「ルル、へいわなせかい、めざしている。ひとびと、あらそいがおおいから、いっしょになれない。でも、はなれてくらせばいい」
ルルはかつてケケにしたように、布を織るようにして両手を動かす。
必要な糸は、ずっと少なかった。
出来上がった布を、ルルは男にかけた。
すると男の傷は、きれいに癒えた。
傷が癒えた男は、少し驚いたように、笑みを消して何度か瞬きした。
それからまた微笑み、「懐かしいですね」と小さな声で呟いた。
「おまえ、ぎりがたいせいかく。ケケがゆってた。ルルがそれ……その、おんなのこ、まもった。だからおまえも、ルルとのやくそく、まもってほしい」
「……」
男は眠り続ける少女に視線を落とし、彼女を背負いなおして、立ち上がろうとした。
ふらり、と体が揺らぎ、男は倒れそうになるが、なんとか踏ん張る。
「……彼女に話を聞いたなら、私の無能ぶりは、よくご存じかと思いますが」
「くわしくはきいてない」
「……そうですか。とにかく、私は人々を導くような能力はありません。私はただ、運がいいだけで。一人ずつ説得していくとしても、どれだけ時間がかかることか」
「それなら、それでいい。ルル、すでにでえたとまりょくをてにいれた」
「……」
「きせつ、かわったら、ルルは、ここにおおきな『けっかい』をつくる。そのときのこっているもの、みんなしぬか、どれいになる。
「でも、それまでは、みんな、ひとびと、おそいかからない」
「……分かりました」
男は頷き、少女を背負ったまま、ルルに跪いた。
「新たなる世界の王に、敬意を表します」
「……」
「……」
男はしばらくそうして跪いていたが、やがて立ち上がり、一度黙礼してから、少し迷って、悲しそうに笑った。
「……末永く、お幸せに。それが、ご主人様の一番の望みだと思います。……さようなら」
男は少女をしっかりと背負い直し、元来た道を戻っていった。
「……お前もな」
ケケは男に聞こえないくらいに小さな声で呟いて、男に背を向け歩き出した。
「ケケ。にんげんでも、なかまなら、いっしょにするか?」
「やめろよ、ルル」
ケケは足早に歩き、振り返らない。
「アイツは仲間じゃない。……敵じゃないけど、仲間じゃない」
「……」
「人間は敵で、アイツは人間の仲間……に、……なり、たがってるんだ。だから、オレ達とは仲間にはなれない」
「……」
ルルは黙ってケケの後ろをトコトコついて行きながら、一度だけ背後を振り向いた。
男は小柄な少女を背負ったまま、淡々と歩いていく。
彼もまた、こちらを振り向く様子はない。
「……残念だけどな」
その言葉は、まるでありきたりな枕詞のようだった。
けれど、それには、確かに、彼女の心が込められていたように、ルルには感じられた。
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