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40 おしまい
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ケケがトランクを間違えるというハプニングがあったものの、全ては計画通りに進んでいた。
ルルはジャックと共に夜の闇に紛れ、魔法陣の最終確認を行なっている。
「……ちょっと、きえてる」
ルルは神経質に道に刻まれた溝を深く掘り込む。
中央都市は、大きな円形の壁に囲まれた都市であり、北に学園、南に騎士団拠点、西に居住区、東に教会が存在する。
各地区はそれぞれが壁で囲まれ、互いに没交渉。
平原の真ん中にあるため、平坦な街で、道幅も広いので魔法陣を描くにも不自由しない。
ルルはケケとコボルトたちにその設計図を見せて、日没前に巨大な魔法陣を描いてもらっていたのだった。
それは人間が扱うものほど複雑ではないが、何しろ規模がとても大きい。
しかしコボルトたちは建設のプロなので、彼らは完璧な仕事をしてくれた。
無数にばら撒かれたヨロイたちがすれ違う人々の体の中に入り込み、頭のなかみをずるずるつぶして注意を逸らす。
もちろん元には戻らないが、問題ない。
そこをコボルトが硬い体を使って模様を彫っていってくれたのだ。
コボルトたちはかなり大柄だが、部品のいくつかを取り外し、分厚いマントを羽織れば、人間らしく見えなくもない。
壁があるので少し面倒だが、それでも全く書けないわけでもない。
ルルは細部を確認しながら、まず北の学園から反時計回りで都市を回っていく。
ちなみに親ヨロイは、目立つ上に隠すのが難しすぎるのは置いてきた。
中央都市は人間の街、魔物はおろか、家畜の一匹も入れないのだ。
できることならジャックも置いてきたかったのだが、どうしてもと言って聞かないので、仕方なく連れて来ることになってしまった。
「……きしだん、つよい?」
「ヤツラは夜は居住区を巡回してるから、この辺にはいないゼ。万が一遭遇しても、オレが守る」
ケケはトランクを担いだまま、自信満々に頷いた。
「やはり、夜になると人間は全て居住区という場所に移動するのだろうな。誰の気配もないぞ」
『ガランドー?』
「そうだぞポポ、伽藍堂だ。さすがはワラワの下僕だな!」
「オマエラって、二人ともポポに甘いよな……」
「……」
しかし警備の一人すらいないのは、やはりこの都市が分厚い壁で囲まれているからだろう。
もちろん門番は、子ヨロイたちのおかげで無効化されている。
ルルたちは順調に巡回を進めた。
「……ん」
居住区。さすがにちょっと緊張気味のルルは、こくんと小さく生唾を飲んだ。
騎士団という人々は、冒険者よりも数段その実力は上で、ケケが全力で戦っても、たくさんいるとやられてしまうほどだという。
どうやら、強い武器を持った訓練された人々で、防具もしっかりしているので、子ヨロイに潜り込んでもらうことも難しい。
「ジャック、ぜったい、でてこないで。いい?」
「めぇ」
ルルはジャックに何度も言い聞かせている。
ジャックはとても忠実だが、ルルが危険に晒されると後先考えずに飛び出す癖があるのだ。
ジャックは少し心配そうだったが、それでもポポを背中に乗せて、外壁をよじ登り屋根の上へと移動した。
屋根の上なら、地上を巡回している騎士団の目には入らないだろう。
「ルル、あまり緊張しすぎるんじゃないぞ。彼らとは、刃を交える必要はないのだ」
とニコが言う。
「ん」
そう、騎士団は基本的に都市内部では戦わない。
そこにいるのは、皆市民だ。
敵を入り込ませないという構造になっている以上、中にいる者に対しては警戒しない。
「じゃ、入るゼ」
ルルはケケの背中におぶさって、こくんと頷く。
大きな門が細く開いた。ケケは中に滑り込む。一緒に来てくれたコボルトたちもそれに続く。
「……もんだいない?」
『アリマセン』
『ダレモ、キヅイテイナイ』
ルルたちは中で既に待機していたコボルトたちと合流し、何人かはそのまま居住区を去った。彼らには居住区の中の様子を探ってもらい、さらに門を開けるのを手伝ってもらったのだ。
「……」
ルルを背負ったケケは、淡々と歩を進めている。
その舗装された道には、ふとすれば気づかないような、でもはっきりと刻まれた、細い溝がある。
ケケはそれを辿るようにして歩いていた。
「……」
静かな緊張感、ルルはその溝を目で追っている。
決して間違いがあってはならない。
しかしどうやら、コボルトたちの仕事は完璧だった。
「……!」
確認作業はとても順調だったが、正面から足音が聞こえてきた。
リン、リン、という空気を震わせる嫌な音が響いている。
『ウゥ、ウルサイ……』
コボルトが苦しそうに頭を抑えている。
音は徐々に近づき、大きくなっている。
「……こんばんは、お嬢さん方」
「こんばんわ。騎士団の方々、巡回お疲れ様です」
ケケは淡々と答えて、無機質に頭を下げて会釈した。
「……このような夜更けに、婦女がお出かけとは。感心しませんが」
「お恥ずかしい限りデスワ。愛する妹が熱を出しまして、あいにく使用人が出払ってオリマスノ」
ケケは感情も抑揚もなく、決まった台詞をそのまま言う。
「……そうですか。では救急病院へ向かわれているのですか?」
「控えているのはワタクシの警護の者デスワ」
「我々もお供しましょうか」
「スミマセン。無口な者でして」
台本通りに喋っているので、全然会話が噛み合っていない。
もう少し場合によって柔軟に対処することはできないのだろうか?
もしルルが騎士団だったら、ちょっと怪しいなぁと思う。
「……ではお嬢様方、お気をつけて」
「おやすみなさいデスワ!」
(ルルだったら、ぜったいにひっとらえる)
ケケの大根芝居にヒヤヒヤしていたルルだったが、結局咎められることはなかった。
「……ケケ。どうして、うたがわれない?」
「ケケッ。ヤツラはコトナカレシュギなんだ。問題が起きても、気づかなきゃ問題じゃないと思ってる。実際戦えば強いが、ヤツラが戦い始める頃には、既に手遅れ」
ケケは楽しそうにそう言った。
「昼間教会が落としただろ? けどアイツラは、こうして呑気にパトロールなんかしてるんだ。大きな壁で隔てられたこの都市では、別の地区で起こったことは、全部対岸の火事。他人事なんだよ」
「……」
ルルは空を見上げ、少し考えた。
居住区の建物に隠れて、月は見えない。
「……ケケ、ついでにひとつ、やりたいこと、ある」
「ん? なんだ?」
「——」
ルルがケケに言うと、ケケは少し眉を顰めたが、仕方なく頷いた。
「オマエがそう言うなら、そうすればいいと思うゼ。でもなルル、あんまり人間に期待しすぎるなよ」
……ルルが再び中央都市の入口の門に戻ってきたとき、そこには魔物たちが勢揃いしていた。
『ブジニ、カエッテキタ!』
『トドコオリ、ナク?』
ルルは彼らに向かってこくんと頷く。
「すべてのもんをしめる。よる、あけるまえにおわらせる。コイシ、みんなたのむ。ジャックたち、コイシたちをのせてあげて」
『オオセのトオリに!』
『ギャザ・ト・ルツィフェル』
ジャックの親戚に跨ったコイシたちは、そのまま都市の外周をめぐる。
「ポポ、なかにのこってるこ、いない?」
「確認した。魔物は一匹もいないぞ」
「……ん」
遠くに月が見える。朝日は間もなく昇るだろう。
しかしこの都市の人々がそれを目にすることは、もう二度とない。
ルルは地面に手を当てて、集中する。
頭の中に、その魔法陣が見える。薄らと、でも確かにその模様は刻まれている。
「『拝聴せよ、迷える魂達』」
魔力を受けた地面が輝き始める。
それは夜明けの光にも似ているが、それよりも淡い。
しかし、降り始めた雨が土を濡らしていくように、その光はますます強くなる。
夜明けの朝日なんかよりずっと。
「……おい、何故門が開かない?」
内側から門が叩かれている。
ルルは視線だけ上げてジャックを見た。
『モチロン! アケナイよ!』
(かわいい)
ルルは魔法陣の制御を続けている。
それに抵抗しようとする人の反応が増えているが、既に起動は終わっている。
「おい! 開けろ! 門番はどこだ!?」
『モウ、シンデル』
近くに残っていたコイシの一匹が、小さく呟く。
「開けろ! おい開けてくれ!!」
「『我の名の下に』」
激しく叩かれる門を、魔物たちが押さえつけている。
あまり力になっているようには見えないが、小さいヨロイも頑張っているようだ。
「……! オマエラ! 門から離れろ!」
ケケが叫んだ次の瞬間、その門は凄まじい光の奔流に包まれた。
避難が遅れたコイシたちが数名巻き込まれ、跡形もなく消えてなくなる。
「聖属性耐性のないヤツは下がれ!」
ケケはドラゴンに変身して、頭を低くして威嚇した。
なお、ブレスは出ないので実害はない。
「……ケケさん! ここは我々にお任せを!」
「なっ、変態女!? やめろ、キずが開くぞ! 下がってろ!」
「『つ……』んぶっ……」
何の遠慮もないケケが、真剣に叫んだのが面白くて、ルルは詠唱の途中だったのに思わず笑ってしまった。
「問題ありません! これでもご主人様の祝福を受けた身です! 我々のもふもふの毛皮で、ご主人様をお守りするのです! 絶対にモチーフを踏んではなりません! ご主人様の御姿と心得なさい!」
「めぇ!」
『オマモリする!』
(へんたい……へんたいおんな……ふふっ……ふふふっ……)
バフォメトは目を輝かせているが、ルルは笑いを堪えてプルプルしていてそれどころではない。
詠唱はあとちょっとなのに、声が出てこない。
ルルは一回落ち着いて、深呼吸することにした。
壊れた門から出ようとする騎士団と押し寄せた人々、それと揉み合うジャックの親戚。
それを後ろから応援する、包帯だらけのバフォメト。
「おい、動くな変態女! 死にたいのか!?」
「離して下さい! ワタクシ、ご主人様のために散るなら本望です!」
ケケはわざわざ人の姿に戻り、バフォメトの肩を掴んで止める。
「何言ってるんだ! オマエみたいな変態でも、死んだらルルが悲しむだろうが!」
(やめっ、やめて、へんたいってゆーの、やめて……、ふふっ……)
「……あなたに何が分かるんですか!? ワタクシはただの一魔物、ご主人様のために、この儚い命を散らすのがその天命なのです!」
「『はいちょうせよまよえるたましいたちわれのなのもとにつどえ』!」
ルルは隙をついて、最初から最後まで一息で言い切った。
これ以上揉められると、本格的に笑いが止まらなくなりそうだったからだ。
ついに目が潰れるほどに発光した魔法陣は、その都市の全てを包み込む。
「……ん」
ルルはそれらを握りしめ、頷いた。
ルルはジャックと共に夜の闇に紛れ、魔法陣の最終確認を行なっている。
「……ちょっと、きえてる」
ルルは神経質に道に刻まれた溝を深く掘り込む。
中央都市は、大きな円形の壁に囲まれた都市であり、北に学園、南に騎士団拠点、西に居住区、東に教会が存在する。
各地区はそれぞれが壁で囲まれ、互いに没交渉。
平原の真ん中にあるため、平坦な街で、道幅も広いので魔法陣を描くにも不自由しない。
ルルはケケとコボルトたちにその設計図を見せて、日没前に巨大な魔法陣を描いてもらっていたのだった。
それは人間が扱うものほど複雑ではないが、何しろ規模がとても大きい。
しかしコボルトたちは建設のプロなので、彼らは完璧な仕事をしてくれた。
無数にばら撒かれたヨロイたちがすれ違う人々の体の中に入り込み、頭のなかみをずるずるつぶして注意を逸らす。
もちろん元には戻らないが、問題ない。
そこをコボルトが硬い体を使って模様を彫っていってくれたのだ。
コボルトたちはかなり大柄だが、部品のいくつかを取り外し、分厚いマントを羽織れば、人間らしく見えなくもない。
壁があるので少し面倒だが、それでも全く書けないわけでもない。
ルルは細部を確認しながら、まず北の学園から反時計回りで都市を回っていく。
ちなみに親ヨロイは、目立つ上に隠すのが難しすぎるのは置いてきた。
中央都市は人間の街、魔物はおろか、家畜の一匹も入れないのだ。
できることならジャックも置いてきたかったのだが、どうしてもと言って聞かないので、仕方なく連れて来ることになってしまった。
「……きしだん、つよい?」
「ヤツラは夜は居住区を巡回してるから、この辺にはいないゼ。万が一遭遇しても、オレが守る」
ケケはトランクを担いだまま、自信満々に頷いた。
「やはり、夜になると人間は全て居住区という場所に移動するのだろうな。誰の気配もないぞ」
『ガランドー?』
「そうだぞポポ、伽藍堂だ。さすがはワラワの下僕だな!」
「オマエラって、二人ともポポに甘いよな……」
「……」
しかし警備の一人すらいないのは、やはりこの都市が分厚い壁で囲まれているからだろう。
もちろん門番は、子ヨロイたちのおかげで無効化されている。
ルルたちは順調に巡回を進めた。
「……ん」
居住区。さすがにちょっと緊張気味のルルは、こくんと小さく生唾を飲んだ。
騎士団という人々は、冒険者よりも数段その実力は上で、ケケが全力で戦っても、たくさんいるとやられてしまうほどだという。
どうやら、強い武器を持った訓練された人々で、防具もしっかりしているので、子ヨロイに潜り込んでもらうことも難しい。
「ジャック、ぜったい、でてこないで。いい?」
「めぇ」
ルルはジャックに何度も言い聞かせている。
ジャックはとても忠実だが、ルルが危険に晒されると後先考えずに飛び出す癖があるのだ。
ジャックは少し心配そうだったが、それでもポポを背中に乗せて、外壁をよじ登り屋根の上へと移動した。
屋根の上なら、地上を巡回している騎士団の目には入らないだろう。
「ルル、あまり緊張しすぎるんじゃないぞ。彼らとは、刃を交える必要はないのだ」
とニコが言う。
「ん」
そう、騎士団は基本的に都市内部では戦わない。
そこにいるのは、皆市民だ。
敵を入り込ませないという構造になっている以上、中にいる者に対しては警戒しない。
「じゃ、入るゼ」
ルルはケケの背中におぶさって、こくんと頷く。
大きな門が細く開いた。ケケは中に滑り込む。一緒に来てくれたコボルトたちもそれに続く。
「……もんだいない?」
『アリマセン』
『ダレモ、キヅイテイナイ』
ルルたちは中で既に待機していたコボルトたちと合流し、何人かはそのまま居住区を去った。彼らには居住区の中の様子を探ってもらい、さらに門を開けるのを手伝ってもらったのだ。
「……」
ルルを背負ったケケは、淡々と歩を進めている。
その舗装された道には、ふとすれば気づかないような、でもはっきりと刻まれた、細い溝がある。
ケケはそれを辿るようにして歩いていた。
「……」
静かな緊張感、ルルはその溝を目で追っている。
決して間違いがあってはならない。
しかしどうやら、コボルトたちの仕事は完璧だった。
「……!」
確認作業はとても順調だったが、正面から足音が聞こえてきた。
リン、リン、という空気を震わせる嫌な音が響いている。
『ウゥ、ウルサイ……』
コボルトが苦しそうに頭を抑えている。
音は徐々に近づき、大きくなっている。
「……こんばんは、お嬢さん方」
「こんばんわ。騎士団の方々、巡回お疲れ様です」
ケケは淡々と答えて、無機質に頭を下げて会釈した。
「……このような夜更けに、婦女がお出かけとは。感心しませんが」
「お恥ずかしい限りデスワ。愛する妹が熱を出しまして、あいにく使用人が出払ってオリマスノ」
ケケは感情も抑揚もなく、決まった台詞をそのまま言う。
「……そうですか。では救急病院へ向かわれているのですか?」
「控えているのはワタクシの警護の者デスワ」
「我々もお供しましょうか」
「スミマセン。無口な者でして」
台本通りに喋っているので、全然会話が噛み合っていない。
もう少し場合によって柔軟に対処することはできないのだろうか?
もしルルが騎士団だったら、ちょっと怪しいなぁと思う。
「……ではお嬢様方、お気をつけて」
「おやすみなさいデスワ!」
(ルルだったら、ぜったいにひっとらえる)
ケケの大根芝居にヒヤヒヤしていたルルだったが、結局咎められることはなかった。
「……ケケ。どうして、うたがわれない?」
「ケケッ。ヤツラはコトナカレシュギなんだ。問題が起きても、気づかなきゃ問題じゃないと思ってる。実際戦えば強いが、ヤツラが戦い始める頃には、既に手遅れ」
ケケは楽しそうにそう言った。
「昼間教会が落としただろ? けどアイツラは、こうして呑気にパトロールなんかしてるんだ。大きな壁で隔てられたこの都市では、別の地区で起こったことは、全部対岸の火事。他人事なんだよ」
「……」
ルルは空を見上げ、少し考えた。
居住区の建物に隠れて、月は見えない。
「……ケケ、ついでにひとつ、やりたいこと、ある」
「ん? なんだ?」
「——」
ルルがケケに言うと、ケケは少し眉を顰めたが、仕方なく頷いた。
「オマエがそう言うなら、そうすればいいと思うゼ。でもなルル、あんまり人間に期待しすぎるなよ」
……ルルが再び中央都市の入口の門に戻ってきたとき、そこには魔物たちが勢揃いしていた。
『ブジニ、カエッテキタ!』
『トドコオリ、ナク?』
ルルは彼らに向かってこくんと頷く。
「すべてのもんをしめる。よる、あけるまえにおわらせる。コイシ、みんなたのむ。ジャックたち、コイシたちをのせてあげて」
『オオセのトオリに!』
『ギャザ・ト・ルツィフェル』
ジャックの親戚に跨ったコイシたちは、そのまま都市の外周をめぐる。
「ポポ、なかにのこってるこ、いない?」
「確認した。魔物は一匹もいないぞ」
「……ん」
遠くに月が見える。朝日は間もなく昇るだろう。
しかしこの都市の人々がそれを目にすることは、もう二度とない。
ルルは地面に手を当てて、集中する。
頭の中に、その魔法陣が見える。薄らと、でも確かにその模様は刻まれている。
「『拝聴せよ、迷える魂達』」
魔力を受けた地面が輝き始める。
それは夜明けの光にも似ているが、それよりも淡い。
しかし、降り始めた雨が土を濡らしていくように、その光はますます強くなる。
夜明けの朝日なんかよりずっと。
「……おい、何故門が開かない?」
内側から門が叩かれている。
ルルは視線だけ上げてジャックを見た。
『モチロン! アケナイよ!』
(かわいい)
ルルは魔法陣の制御を続けている。
それに抵抗しようとする人の反応が増えているが、既に起動は終わっている。
「おい! 開けろ! 門番はどこだ!?」
『モウ、シンデル』
近くに残っていたコイシの一匹が、小さく呟く。
「開けろ! おい開けてくれ!!」
「『我の名の下に』」
激しく叩かれる門を、魔物たちが押さえつけている。
あまり力になっているようには見えないが、小さいヨロイも頑張っているようだ。
「……! オマエラ! 門から離れろ!」
ケケが叫んだ次の瞬間、その門は凄まじい光の奔流に包まれた。
避難が遅れたコイシたちが数名巻き込まれ、跡形もなく消えてなくなる。
「聖属性耐性のないヤツは下がれ!」
ケケはドラゴンに変身して、頭を低くして威嚇した。
なお、ブレスは出ないので実害はない。
「……ケケさん! ここは我々にお任せを!」
「なっ、変態女!? やめろ、キずが開くぞ! 下がってろ!」
「『つ……』んぶっ……」
何の遠慮もないケケが、真剣に叫んだのが面白くて、ルルは詠唱の途中だったのに思わず笑ってしまった。
「問題ありません! これでもご主人様の祝福を受けた身です! 我々のもふもふの毛皮で、ご主人様をお守りするのです! 絶対にモチーフを踏んではなりません! ご主人様の御姿と心得なさい!」
「めぇ!」
『オマモリする!』
(へんたい……へんたいおんな……ふふっ……ふふふっ……)
バフォメトは目を輝かせているが、ルルは笑いを堪えてプルプルしていてそれどころではない。
詠唱はあとちょっとなのに、声が出てこない。
ルルは一回落ち着いて、深呼吸することにした。
壊れた門から出ようとする騎士団と押し寄せた人々、それと揉み合うジャックの親戚。
それを後ろから応援する、包帯だらけのバフォメト。
「おい、動くな変態女! 死にたいのか!?」
「離して下さい! ワタクシ、ご主人様のために散るなら本望です!」
ケケはわざわざ人の姿に戻り、バフォメトの肩を掴んで止める。
「何言ってるんだ! オマエみたいな変態でも、死んだらルルが悲しむだろうが!」
(やめっ、やめて、へんたいってゆーの、やめて……、ふふっ……)
「……あなたに何が分かるんですか!? ワタクシはただの一魔物、ご主人様のために、この儚い命を散らすのがその天命なのです!」
「『はいちょうせよまよえるたましいたちわれのなのもとにつどえ』!」
ルルは隙をついて、最初から最後まで一息で言い切った。
これ以上揉められると、本格的に笑いが止まらなくなりそうだったからだ。
ついに目が潰れるほどに発光した魔法陣は、その都市の全てを包み込む。
「……ん」
ルルはそれらを握りしめ、頷いた。
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