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03 にっくねーむ

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 傷は治ったものの、体力は未だ回復していないらしく、白い竜の少女は体を動かせない。
 ルルは自分の寝床に少女を寝かせて、謎の声のために洞窟の奥から澄んだ水を掬って来てやった。

 謎の声はルルがコップに汲んできた水にその意識を移し、土だらけの環境から抜け出すことができたみたいだ。


「本当にありがとな、ルル」
「……」

 助けた少女は嬉しそうに笑って言う。
 一方ルルは、そんな少女を無表情に眺めている。

(しらない……どらごん)


「改めて自己紹介させてくれ。オレはブロッサムだ。それと、こいつは水の精霊。オレ達は二人で、奴に追われながら各地を旅してた。……というか、逃げ回ってた、ってのが正しいか」
「……せーれー」
「まぁ、まともな力はないけどな。一応精霊なんだぜ。オレの相棒だ!」

 ルルはコップの中を覗き込む。

「い、一応、だけどな……相棒……うん」
「……」

 そういうことみたいだ。ルルは再び少女に視線を移す。


「ルルは、ずっとここに一人で住んでんのか?」
「ひとりじゃない。ジャックといっしょ」

 ルルは、伏したジャックのもこもこの体に背中を預けて座っている。
 その座り心地は高級なソファーみたいで、とっても気持ちがいい。


「……両親や家族は?」
「ジャックがいる」

 ルルは手を伸ばして、ジャックの頭を撫でた。
 ジャックは「めぇ」と気持ちよさそうに四角い瞳を細める。


「そっか、そうだな。仲間がいるなら十分だ。ケケッ」

 と、少女は喉の奥で舌を鳴らすような、変な笑い方をする。

「けけ?」

 ルルは不思議そうに真似をした。


「面白いなオマエ。ケケッ!」
「けけ!」
「ケケケッ!」
「けけけ!」

「何をやってるんだ、貴様ら……?」

 困惑気味の水の精霊が、小さく呟く。


「けけ、ケケちゃん」
「ケケちゃん? 何だそれ、オレのことか?」

「ケケ、ケケ!」
「ケケッ。いい名前だな。オマエ、カワイイなァ」

 ケケは気分を害した様子もなく、至極嬉しそうに笑っている。


「じゃあ、こいつにも何か名つけてやってくれよ」

「わ、ワラワは遠慮しておく。精霊って全において唯一なる存在だから、個体名は必要ないし……」
「個体名ってわけじゃなくて、あだ名だよあだ名」


 言われて、ルルはちょっと考えた。
 
 謎の声だけど、今のところこれといった特徴はないような。

「わらわ……」


「おい、ワラワは、言語などというコミュニケーションを、すごく頑張って習得しただろ! この上、名前までつけられるとか冗談じゃない!」

 謎の声は必死で抗議したが、ルルはそんなことなど聞き入れない。
 無表情に考える。


「ワラワ、わら、ニコニコ、ニコちゃん」
「え?」
「ニコ。ニコニコ、ニコ」

 ルルは確信を込めてそう言った。


「ケケッ、いい名前だな。さすがルルだゼ」
「ニコ」
「なんでそんな名前なんだよ!? ワラワって別に笑ってるわけじゃないんだが!?」

「まぁまぁ、いいだろ。せっかくルルがつけてくれたんだから。ところでルルって、何歳なんだ? 5歳くらいに見えるけど」

「……」

 ルルは無表情のまま首を傾げる。


「そっか、いやいいんだ、年齢なんて大した問題じゃないゼ。それと……その、頭のツノのことは、聞いてもいいか?」
「……?」
「それ、生えてるのか? おしゃれ?」

 言われたルルは自分の藍色の髪を軽くかき分けて、小さなツノをちょんちょん触る。


「……はえてる」

「ってことは、ルルは人間では……ないってことか?」
「ん」

 ルルは少し首を傾げて答えた。
 それがどうした、と言わんばかりに。

(このどらごん、ルルのこと、しらない……まものじゃ、ない?)


「あ、変なこと聞いてごめんな。じゃあつまり、亜人ってことで……いや亜人にしても、ツノ生えた亜人なんているのか? オレは知らないんだけど……ニコ、知ってるか?」

「貴様もそう呼ぶのか。……別にいいが。ワラワの記憶が正しければ、ルルは亜人ではないぞ」


「やっぱそうだよな、ツノ生えた亜人なんて聞いたことないし。……でもじゃあ、だとしたら何なんだ?」

「……ううんと、そうだな……」
「なんだよ、もったいぶんなよ」

「……えっと、多分……人の言葉で一番近いのは……魔王、だと思う」
「へ?」

 ケケは虚を突かれたような声を上げる。ルルは首を傾げた。


「魔王ってなんだよ? 魔物の王ってこと? つまりなんだ……魔物じゃないのか?」

「魔物ではない。どちらかといえば、我々と源を同じにする者だ。大方、こちらの世界にのだろう」


「……」

 どうやら、二人とも本当にルルのことを知らないらしい。
 ルルは大きなあくびを一つした。

「……ねむい。おひるね、する」

「あ、そっか、疲れたよな。ここで寝るか?」


 ケケはルルを気遣ってかそう言って体を起こそうとしたが、ルルは首を振る。

「んん。ジャックとするから、いい」
「めぇ」

 ジャックは既に待機している。ルルはその上にのっかり、横になった。


「ケケッ、オマエほんとカワイイな」

 ケケは心底嬉しそうに笑って言う。


「子供なんて好きだったのか?」

「いや別に、そうじゃねェけど。なんか初めて会った気がしないっていうか、懐かしいっていうか……ルルはカワイイしな、そう思うのかも。ケケッ」


「ケケ、ニコ、おやすみ」

「うん、おやすみ。オレも休ませてもらうぜ。ニコ、何かあったら起こしてくれ」
「了解した」

 ルルはジャックの背中によじ登り、目を閉じた。
 

「めぇ」

 ジャックの柔らかい毛はほのかに温かく、ルルはすぐに夢の世界へと旅立つのだった。
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