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52 てづくりのサンクチュアリ
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俺はまとめた荷物を持って寮を出た。
傷ついた手は聖水で治した。
血はすぐに止まるし、皮膚もすぐに再生するが、痛みはしばらく残る。ような気がする。
この力は悪魔のものなのか、それとも天使のものなのか。
いずれにしても、人間のものじゃなさそうだが。
「……」
なんだか、頭がぼんやりとする。
余計なことを考えすぎているような。
「看守サン。一応、迎えに来たヨ」
「……ああ、どうも。俺の護衛はいないのか?」
ヴァンピールは影の中にいた。
俺は道の側の建物に寄りかかり、少し路地に入って目立たないようにしながら話す。
「一緒にいない方が、足手まといにならないかなと思っテ」
「じゃあ、なんで来たんだ? 道案内か?」
「一応だヨ」
「そりゃどうも、ご親切に。でも必要ない」
何度も行った場所なので、わざわざ道案内は必要ない。今更迷うことはないだろう。
しかしなんとなく一人になるのが嫌で、俺は「一緒に行くか」とヴァンピールに声をかけてから歩き出した。
「……」
「……」
影から声がするのも、影に向かって話しかけるのも、どちらもおかしいので、無言で歩き続ける。
もちろんヴァンピールの姿もない。
当然、道案内もなしだ。
それでも俺は、その気配を近くに感じた。
たぶん俺の影の中にいるのだろう。
その感覚を感じていなければ、発狂していたかもしれない。
「……」
俺は静かに大通りを外れて路地に入り、目立たないように歩いた。
「……看守サン」
「427は元気にしてるか?」
「元気だヨ。手紙、読む?」
「後でいい。予定より早く合流できそうだからな」
「そうだネ。簡単だっタ」
簡単だった。
確かに、そうだ。簡単だった。
気持ちの整理をつけるのが、難しいくらいに簡単だった。
「関所の方はどうなった? 砦は落ちたか?」
「問題ないヨ。みんな協力してくれると思ウ」
貧しい村が多くて、銀の弾丸なんて持ってる人はいないしネ。と、ヴァンピールは言った。
「砦に子供がいるのか?」
「色々なところから売られてきた子が、たくさん働かされてるヨ」
「そんな場所ばかりだな」
「安く買って、雑に使えるからじゃなイ?」
「あのあたりのは、よく増えるからな」
そういえば、427も連合との国境周辺の村にいたとか、そんなことを聞いたような気がする。
悪魔と出会ったのも闇の谷だとか言っていたし、今回の引っ越しには複雑な思いがあったりするのだろうか。
「……」
最後の曲がり角を曲がると、虚ろな目をした若い少女と目があった。
彼女は、ふらりと顔を上げて俺を見て、臨戦態勢に入る。
「僕だよ、この前言ってた人を連れてきタ」
「……」
少女は俺から目を反らし、そのまま背後のドアを開けた。
どうやら彼女は見張りをしているようだ。
「いつもありがとウ」
「……」
少女は何も言わなかったが、俺の背後のヴァンピールに笑いかけた。
俺はそのまま扉に入り、彼女は扉を閉める。
やはり見張りを担っているのだろう。若い少女に見えたが、ああ見えて腕に覚えがあるのだろうか。
「さっきのもヴァンピールか?」
「そうだヨ。後でみんなを紹介するネ」
「別に必要ない。どうせ区別はつかない」
「看守サン、名前が嫌いなんだっケ?」
「覚えられないんだよ」
「何度も聞いてれば、覚えるヨ」
「……そういう問題じゃない」
地下に入り、しばらく歩くが、誰もいない。
「なんで誰もいないんだ」
「ここは広いからネ。もっと中の方にいるんだよ」
「594と427は?」
「ちゃんとお部屋を別に用意したヨ」
「そうか。もっといい場所を教えてやるよ」
俺は階段を下り、地下へと向かった。
「そっちじゃないヨ」
「見せたいものがある」
中央制御室は電子ロックで、暗証番号を入れないと開かない。
パスワードは知らないが、その壊し方は知っている。
俺はセンサーをぶっ壊し、緊急用の鍵穴をナイフで抉り取ってドアを開けた。
「何があるノ?」
「俺の信者がいる。あまり驚かせないようにしてくれ」
「こんなところにいるノ?」
中央制御室の奥には戸棚がある。
その戸棚の下の部分を開けると、その奥にはさらに地下深くへと続く階段がある。
「何こレ?」
ヴァンピールは驚いて、影から上半身を覗かせた。
「黙ってついて来い」
俺は階段を降りる。徐々に光が見えてくる。ヴァンピールは滑るように俺の影に潜んだ。
「……」
シトシトと足音が響く。
ここに来るのは久しぶりだ。できることならあまり来たくない。
「……」
突然目の前が開ける。
眩しいくらいの日差し。外と同じ光。いや、外よりも強い光。
驚くほど広い場所だ。
青色に塗られた高い天井、その中央に浮かぶ太陽。
人工芝の床、小さな小屋、プランターの作物。
ここは通称、『昼の部屋』。
「――我が君!」
俺と目が合った若い信者が、その表情を輝かせて駆け寄ってきた。
「……」
彼女はさらさらした髪をストレートに肩の高さで切り揃え、服は白色、頭に白い布をヘアバンドのように巻いている。
そして、目元にはこう記されている……『12』。
これは信者達全員、共通の服装だ。
違うのは目元の番号だけ。
これは正装であり普段着であり仕事着であるため、彼らがこれ以外のものを身につけることはない。
許されていない。
「嗚呼我が君、私共は、長くお待ちしておりました……」
と、若い信者は俺に駆け寄るが、俺の背後を見て、怯えたようにビクッと肩を揺らし、助けを求めるように俺を見た。恐らくヴァンピールが影から頭か体を出していたのだろう。
「怯えるな、審問官じゃない」
「…………どちら様、でしょうか……?」
信者は、不安そうに俺とヴァンピールを交互に見ながら言った。
「……お前らの、新しい『家族』だ」
「『家族』?」
「……それも含めて、伝えたいことがある。集合しろ。俺は祭祀場で待ってる」
「畏まりました、我が君!」
若い信者は慌てて走っていく。
俺は少し溜め息を吐いて、ヴァンピールを振り返り歩き出した。
「……ここは『昼の部屋』。一日中、春の日差しが降り続ける奇跡の場所だ。いるだけで心が安らぐらしい」
「どうして地下に、こんな場所ガ?」
「俺が信仰されてる理由だ」
「そういえば、看守サンは天使なんだっケ」
ヴァンピールは、不思議そうに空を見上げながら、ふんふんと頷く。
「ここはいい場所だネ」
「……お前もそう思うか?」
ここに住む信者たちも、口々にそう言って俺を褒め称える。
実際、ささやかながら風も吹くし、水も湧いている。
信者は、全部で十数人が共同生活を送っている。
この場所には彼らの全員が食べるのに困らないための、最低限の作物が栽培されている。
信者たちは小さな農場と、たまに提供される外部からの補給品だけで生活している。
「……お前もそう思うなら、そうなのかもな」
「みんな幸せそうに見えるヨ」
「慰めてんのか?」
「どうして、看守サンはそんなに悲しそうなノ?」
悲しそう、か?
鏡のない場所だから、俺には自分の姿は見えない。
「……後で話す。お前も彼らと同じ席に座ってくれ」
俺は、別の部屋の扉を開けた。
「我が君!」
「我が君!」
その部屋は薄暗いが、ステンドグラスから偽物の日光が降り注いでいる。
既に待っていた信者達は、空白の台座に向かって跪きながら、祈りを捧げていた。
彼らは背後から入ってきた俺を振り向き、思わずといった風に呟く。
「……」
俺は中央に敷かれた道を歩き、空白の台座の上に立って彼らを振り向いた。
「……久しいな、愛する信徒達」
彼らは嬉しそうに俺の方を見ていた。
信者はほとんどが成人した若者で、数人だが幼い子供もいる。
老人はいないが、最も年上の信者は壮年だ。
彼女は病に罹り片目を失明している。
信者はほとんどが女性だが、男性もいる。
「今日は皆に、伝えることがある」
俺は彼らを見下ろしながら言う。
「……長い間、この場所は皆の家であり、庭だった。だがこの度、皆を新天地に導きたいと思っている」
小さく息をする。
不思議と、監獄で朝礼をするときよりも緊張する。
しかし同時に、この場所にいると力がみなぎる。信仰を感じるのだ。
「長い間、この場所にいたが、状況が変わった。皆には急な話だが」
「……」
信者たちは、何も言わず、なおも俺の方を見つめている。
しかし幼い子供は困惑して、俺から目を逸らして、周りの大人を見つめる者もいた。
「皆のことは俺が導こう。だから心配する必要はない。全員の安全は保障する。だが、今までとは環境が変わる」
「……」
「……」
「……ヴァンプ、こっちに来てくれ」
俺が呼びかけると、ヴァンピールはするすると滑るように俺の影から体を出し、礼儀正しく一礼した。
「……彼らと共に生活してほしい。彼らは見ての通り、人間じゃない。だから同じ戒律を守ってるわけじゃないが、お互いを尊重できると思ってる」
「……」
「……」
信者達は、ヴァンピールのことをジッと見つめた。
その異様な視線にたじろいたのか、彼はスッと影の中に潜って消える。
「……」
「……」
相手が人間ではないということははっきりと分かったはずだが、信者達は何も言わない。
再びその視線を俺に戻す。
「……何か、言いたいことはあるか?」
「……」
「……」
ほとんどの信者は何も言わない。彼らは俺の命令に盲目的に従う。それに異を唱えることはない。
この場所は一部の隙なく見張られていて、少しでも反逆を企てることがあれば『審問官』と呼ばれる存在が、即座に重い罰を下す。
子供だろうが老人だろうが、決して容赦はされない。その罰を受けている間に死亡する者も多い。
そんな凄惨な罰を、全員の前で下し、見せしめにする。
そしてそんな罰が下されると、俺は欠かさず駆けつけて、その罰を見て傷ついた彼らに寄り添い、優しい言葉をかけ、慰める。
俺を信じるなら、絶対にあんな目には遭わせないと言い聞かせる。
故に、彼らは審問官を恐れ、俺を慕うのだ。
「……」
「……」
……どうなんだ、これは。
嫌だけど何も言えないのか、本心から信じてるから何も言うことがないのか、どっちだ。
マジで分からない。俺は彼らが苦手だ。
嫌いなわけじゃない。決して嫌いとは言わない。
だが苦手だ。どうしようもないくらいに。
「……」
「……」
これだから、ここには来たくない。
信者は俺を慕っているが、閉鎖環境の極限状態で洗脳されてる状態で慕われても怖いだけだ。
彼らをここで監禁洗脳しているのは決して俺の意思ではない。
俺の力を最大限に引き出したいという、官吏の意思だった。
多分それは俺が死なないために、という親心からだったのだろうけど、俺は、どうせ崇められるなら悪魔として崇められたかった。
まだそっちの方が、気が楽だ。
「……我が君」
静寂を破ったのは、年上の女だった。
彼女は俺を真っすぐに見つめ、曇りのない眼をしていた。表情は笑顔だった。
「眩い光の中でも、深淵の闇の中でも、我が君が導く場所に、我々の天獄はあるのです」
彼女のその言葉を聞いて、周囲の若者が、誰からともなく拍手を始めた。
それは広がり、やがて、全ての信者が、それに加わった。
「行きましょう、新天地へ! 新たな家族と共に!」
誰かが叫んだ。
それを境に、彼らは口々に叫び始めた。
「行きましょう!」
「安らかなる天獄!」
「永遠なる天獄!」
「……」
俺は彼らが静かになるまで、ただ引き攣った笑みを浮かべ、彼らを見下ろしていた。
大勢のヴァンピールより、この集会の方がよっぽど怖い。
傷ついた手は聖水で治した。
血はすぐに止まるし、皮膚もすぐに再生するが、痛みはしばらく残る。ような気がする。
この力は悪魔のものなのか、それとも天使のものなのか。
いずれにしても、人間のものじゃなさそうだが。
「……」
なんだか、頭がぼんやりとする。
余計なことを考えすぎているような。
「看守サン。一応、迎えに来たヨ」
「……ああ、どうも。俺の護衛はいないのか?」
ヴァンピールは影の中にいた。
俺は道の側の建物に寄りかかり、少し路地に入って目立たないようにしながら話す。
「一緒にいない方が、足手まといにならないかなと思っテ」
「じゃあ、なんで来たんだ? 道案内か?」
「一応だヨ」
「そりゃどうも、ご親切に。でも必要ない」
何度も行った場所なので、わざわざ道案内は必要ない。今更迷うことはないだろう。
しかしなんとなく一人になるのが嫌で、俺は「一緒に行くか」とヴァンピールに声をかけてから歩き出した。
「……」
「……」
影から声がするのも、影に向かって話しかけるのも、どちらもおかしいので、無言で歩き続ける。
もちろんヴァンピールの姿もない。
当然、道案内もなしだ。
それでも俺は、その気配を近くに感じた。
たぶん俺の影の中にいるのだろう。
その感覚を感じていなければ、発狂していたかもしれない。
「……」
俺は静かに大通りを外れて路地に入り、目立たないように歩いた。
「……看守サン」
「427は元気にしてるか?」
「元気だヨ。手紙、読む?」
「後でいい。予定より早く合流できそうだからな」
「そうだネ。簡単だっタ」
簡単だった。
確かに、そうだ。簡単だった。
気持ちの整理をつけるのが、難しいくらいに簡単だった。
「関所の方はどうなった? 砦は落ちたか?」
「問題ないヨ。みんな協力してくれると思ウ」
貧しい村が多くて、銀の弾丸なんて持ってる人はいないしネ。と、ヴァンピールは言った。
「砦に子供がいるのか?」
「色々なところから売られてきた子が、たくさん働かされてるヨ」
「そんな場所ばかりだな」
「安く買って、雑に使えるからじゃなイ?」
「あのあたりのは、よく増えるからな」
そういえば、427も連合との国境周辺の村にいたとか、そんなことを聞いたような気がする。
悪魔と出会ったのも闇の谷だとか言っていたし、今回の引っ越しには複雑な思いがあったりするのだろうか。
「……」
最後の曲がり角を曲がると、虚ろな目をした若い少女と目があった。
彼女は、ふらりと顔を上げて俺を見て、臨戦態勢に入る。
「僕だよ、この前言ってた人を連れてきタ」
「……」
少女は俺から目を反らし、そのまま背後のドアを開けた。
どうやら彼女は見張りをしているようだ。
「いつもありがとウ」
「……」
少女は何も言わなかったが、俺の背後のヴァンピールに笑いかけた。
俺はそのまま扉に入り、彼女は扉を閉める。
やはり見張りを担っているのだろう。若い少女に見えたが、ああ見えて腕に覚えがあるのだろうか。
「さっきのもヴァンピールか?」
「そうだヨ。後でみんなを紹介するネ」
「別に必要ない。どうせ区別はつかない」
「看守サン、名前が嫌いなんだっケ?」
「覚えられないんだよ」
「何度も聞いてれば、覚えるヨ」
「……そういう問題じゃない」
地下に入り、しばらく歩くが、誰もいない。
「なんで誰もいないんだ」
「ここは広いからネ。もっと中の方にいるんだよ」
「594と427は?」
「ちゃんとお部屋を別に用意したヨ」
「そうか。もっといい場所を教えてやるよ」
俺は階段を下り、地下へと向かった。
「そっちじゃないヨ」
「見せたいものがある」
中央制御室は電子ロックで、暗証番号を入れないと開かない。
パスワードは知らないが、その壊し方は知っている。
俺はセンサーをぶっ壊し、緊急用の鍵穴をナイフで抉り取ってドアを開けた。
「何があるノ?」
「俺の信者がいる。あまり驚かせないようにしてくれ」
「こんなところにいるノ?」
中央制御室の奥には戸棚がある。
その戸棚の下の部分を開けると、その奥にはさらに地下深くへと続く階段がある。
「何こレ?」
ヴァンピールは驚いて、影から上半身を覗かせた。
「黙ってついて来い」
俺は階段を降りる。徐々に光が見えてくる。ヴァンピールは滑るように俺の影に潜んだ。
「……」
シトシトと足音が響く。
ここに来るのは久しぶりだ。できることならあまり来たくない。
「……」
突然目の前が開ける。
眩しいくらいの日差し。外と同じ光。いや、外よりも強い光。
驚くほど広い場所だ。
青色に塗られた高い天井、その中央に浮かぶ太陽。
人工芝の床、小さな小屋、プランターの作物。
ここは通称、『昼の部屋』。
「――我が君!」
俺と目が合った若い信者が、その表情を輝かせて駆け寄ってきた。
「……」
彼女はさらさらした髪をストレートに肩の高さで切り揃え、服は白色、頭に白い布をヘアバンドのように巻いている。
そして、目元にはこう記されている……『12』。
これは信者達全員、共通の服装だ。
違うのは目元の番号だけ。
これは正装であり普段着であり仕事着であるため、彼らがこれ以外のものを身につけることはない。
許されていない。
「嗚呼我が君、私共は、長くお待ちしておりました……」
と、若い信者は俺に駆け寄るが、俺の背後を見て、怯えたようにビクッと肩を揺らし、助けを求めるように俺を見た。恐らくヴァンピールが影から頭か体を出していたのだろう。
「怯えるな、審問官じゃない」
「…………どちら様、でしょうか……?」
信者は、不安そうに俺とヴァンピールを交互に見ながら言った。
「……お前らの、新しい『家族』だ」
「『家族』?」
「……それも含めて、伝えたいことがある。集合しろ。俺は祭祀場で待ってる」
「畏まりました、我が君!」
若い信者は慌てて走っていく。
俺は少し溜め息を吐いて、ヴァンピールを振り返り歩き出した。
「……ここは『昼の部屋』。一日中、春の日差しが降り続ける奇跡の場所だ。いるだけで心が安らぐらしい」
「どうして地下に、こんな場所ガ?」
「俺が信仰されてる理由だ」
「そういえば、看守サンは天使なんだっケ」
ヴァンピールは、不思議そうに空を見上げながら、ふんふんと頷く。
「ここはいい場所だネ」
「……お前もそう思うか?」
ここに住む信者たちも、口々にそう言って俺を褒め称える。
実際、ささやかながら風も吹くし、水も湧いている。
信者は、全部で十数人が共同生活を送っている。
この場所には彼らの全員が食べるのに困らないための、最低限の作物が栽培されている。
信者たちは小さな農場と、たまに提供される外部からの補給品だけで生活している。
「……お前もそう思うなら、そうなのかもな」
「みんな幸せそうに見えるヨ」
「慰めてんのか?」
「どうして、看守サンはそんなに悲しそうなノ?」
悲しそう、か?
鏡のない場所だから、俺には自分の姿は見えない。
「……後で話す。お前も彼らと同じ席に座ってくれ」
俺は、別の部屋の扉を開けた。
「我が君!」
「我が君!」
その部屋は薄暗いが、ステンドグラスから偽物の日光が降り注いでいる。
既に待っていた信者達は、空白の台座に向かって跪きながら、祈りを捧げていた。
彼らは背後から入ってきた俺を振り向き、思わずといった風に呟く。
「……」
俺は中央に敷かれた道を歩き、空白の台座の上に立って彼らを振り向いた。
「……久しいな、愛する信徒達」
彼らは嬉しそうに俺の方を見ていた。
信者はほとんどが成人した若者で、数人だが幼い子供もいる。
老人はいないが、最も年上の信者は壮年だ。
彼女は病に罹り片目を失明している。
信者はほとんどが女性だが、男性もいる。
「今日は皆に、伝えることがある」
俺は彼らを見下ろしながら言う。
「……長い間、この場所は皆の家であり、庭だった。だがこの度、皆を新天地に導きたいと思っている」
小さく息をする。
不思議と、監獄で朝礼をするときよりも緊張する。
しかし同時に、この場所にいると力がみなぎる。信仰を感じるのだ。
「長い間、この場所にいたが、状況が変わった。皆には急な話だが」
「……」
信者たちは、何も言わず、なおも俺の方を見つめている。
しかし幼い子供は困惑して、俺から目を逸らして、周りの大人を見つめる者もいた。
「皆のことは俺が導こう。だから心配する必要はない。全員の安全は保障する。だが、今までとは環境が変わる」
「……」
「……」
「……ヴァンプ、こっちに来てくれ」
俺が呼びかけると、ヴァンピールはするすると滑るように俺の影から体を出し、礼儀正しく一礼した。
「……彼らと共に生活してほしい。彼らは見ての通り、人間じゃない。だから同じ戒律を守ってるわけじゃないが、お互いを尊重できると思ってる」
「……」
「……」
信者達は、ヴァンピールのことをジッと見つめた。
その異様な視線にたじろいたのか、彼はスッと影の中に潜って消える。
「……」
「……」
相手が人間ではないということははっきりと分かったはずだが、信者達は何も言わない。
再びその視線を俺に戻す。
「……何か、言いたいことはあるか?」
「……」
「……」
ほとんどの信者は何も言わない。彼らは俺の命令に盲目的に従う。それに異を唱えることはない。
この場所は一部の隙なく見張られていて、少しでも反逆を企てることがあれば『審問官』と呼ばれる存在が、即座に重い罰を下す。
子供だろうが老人だろうが、決して容赦はされない。その罰を受けている間に死亡する者も多い。
そんな凄惨な罰を、全員の前で下し、見せしめにする。
そしてそんな罰が下されると、俺は欠かさず駆けつけて、その罰を見て傷ついた彼らに寄り添い、優しい言葉をかけ、慰める。
俺を信じるなら、絶対にあんな目には遭わせないと言い聞かせる。
故に、彼らは審問官を恐れ、俺を慕うのだ。
「……」
「……」
……どうなんだ、これは。
嫌だけど何も言えないのか、本心から信じてるから何も言うことがないのか、どっちだ。
マジで分からない。俺は彼らが苦手だ。
嫌いなわけじゃない。決して嫌いとは言わない。
だが苦手だ。どうしようもないくらいに。
「……」
「……」
これだから、ここには来たくない。
信者は俺を慕っているが、閉鎖環境の極限状態で洗脳されてる状態で慕われても怖いだけだ。
彼らをここで監禁洗脳しているのは決して俺の意思ではない。
俺の力を最大限に引き出したいという、官吏の意思だった。
多分それは俺が死なないために、という親心からだったのだろうけど、俺は、どうせ崇められるなら悪魔として崇められたかった。
まだそっちの方が、気が楽だ。
「……我が君」
静寂を破ったのは、年上の女だった。
彼女は俺を真っすぐに見つめ、曇りのない眼をしていた。表情は笑顔だった。
「眩い光の中でも、深淵の闇の中でも、我が君が導く場所に、我々の天獄はあるのです」
彼女のその言葉を聞いて、周囲の若者が、誰からともなく拍手を始めた。
それは広がり、やがて、全ての信者が、それに加わった。
「行きましょう、新天地へ! 新たな家族と共に!」
誰かが叫んだ。
それを境に、彼らは口々に叫び始めた。
「行きましょう!」
「安らかなる天獄!」
「永遠なる天獄!」
「……」
俺は彼らが静かになるまで、ただ引き攣った笑みを浮かべ、彼らを見下ろしていた。
大勢のヴァンピールより、この集会の方がよっぽど怖い。
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