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30 感情ロストバゲージ
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官吏は何事もなかったかのように、ダイニングテーブルに座り、何かを読んでいた。
「早かったな。昼休みか?」
「お前には、この返り血が目に入らないのか?」
官吏は僅かに視線を上げて、俺を見て、無感情に「どうかしたのか」と言った。
「427が言うには、貴重種の牙には感染力があるらしい。看守の一部が噛まれて、ヴァンピール化してた」
「襲われたのか?」
「ああ。殺した」
「……そうか」
官吏は手に持った書類を封筒に仕舞いながら、静かに頷いた。
「君は噛まれても問題ないのか?」
「そうみたいだな。なぁ、427。説明しろ」
「……」
「……427?」
427に同意を求めたが、返事がない。
もしかして俺の知らない間に撃たれて死んだのかと思い、慌てて確認してみるが、427はただぐったりとしていただけだった。
どうやら外傷はないらしい。
「……寝てるな」
「疲れているのだろう」
「疲れたのは俺の方なんだよ。ったく、クソガキが」
俺は悪態をつきながら、官吏の向かい側に座る。
官吏がさっきまで読んでいた書類が目に入る。それは郵便物のように見えた。
「おい、俺のだろそれ」
「いや違う」
俺が手を伸ばすと、官吏は素早くそれを取り上げた。
「は? 俺の部屋に届いたんじゃないのか?」
「私宛だ」
「お前の手紙が俺の部屋に届くわけないだろ。おい寄越せ」
「私が元々持っていたものだ。君の部屋で見つけたものではない」
「……ああそう」
真実はどうであれ、官吏が見せたくないと言うなら無理に見る必要もない。俺は引き下がり、キッチンで炭酸水をグラスに注ぎ、官吏の斜め正面に座る。
「594は?」
「彼女は寝室にいる。君の言っていた死刑囚というのは、彼女のことか?」
「可愛いだろ」
「典型的な公国民に見えたが」
「594のいいところはな、強情で愛想がないところなんだよ」
「私に似ているな」
「ぶっはっ」
俺は口に含んだ炭酸水を噴き出し、ゲホゲホと激しく咳き込んだ。
「な、何言ってんだお前? は? お前、なんかに、似てるわけないだろ! 馬鹿にするのも……!!」
「そうか」
こ、この野郎……俺をどこまでも馬鹿にしやがって……何涼しい顔してんだよ、お前には愛想がないんじゃなくて、感情がないんだろうが。
「……」
官吏は憂い気に俯き、ぼんやりと虚空を見ている。
やはり、職場を失ったのが相当ショックだったのだろうか。
このとても人とは思えないほどの冷血鬼に、そんな情緒が残っていたことが驚きだ。
「……お前もいい歳だし、この機会に、早めに退職して余生を楽しんだらどうだ? 帝国の方にでも移住して」
「なんだ、養ってくれるのか?」
「仕事が見つかればな」
「君は本当にいい子だな」
官吏は少し笑って、頬杖をつき俺を見る。
「実に優秀で、模範的だ」
「部下に殺されかけて部下を殺す看守が模範的な国とか、終わりだろ」
「私なしでも、君は上手くやっていけるだろう」
「……おい、俺の声が聞こえてないのか?」
確かに官吏は俺の方を見ているが、微妙に焦点がぼんやりと虚空を見ているような気がする。
こんな高度な放置プレイは聞いていない。
俺は先ほど半分くらい吐き出した炭酸水の残りを飲み干し、官吏を無視して立ち上がった。
「……」
「官吏、お前友達とかいないのかよ」
「……」
「……おい官吏、ぼーっとすんなお前」
俺は官吏の目を覗き込む。
官吏は目を逸らした。
「……すまない、疲れているようだ。少し寝させてくれ」
「みたいだな。リビングで寝ろ」
「……そうだな。零時に起こしてくれ」
「朝に起きろよ。なんで夜更かしの準備万端な子供みたいになってんだよ」
「……」
官吏はそのまま、自分の腕を枕に、頭を乗せて寝始めた。
本格的に子供だなこれ。
「おい、俺はリビングで寝ろって言っただろうが。何ダイニングで寝てんだお前は」
「……」
「風邪引くだろ」
「……」
「おい」
反応がない。
不眠症の俺に、自分はどこでも寝られるんだぞと見せつけて、嫌がらせをしてるのか?
俺はリビングに置いてあったブランケットを持って来て、官吏の背中にかけた。
彼が胸元に仕舞った書類の封筒が見えた。どうやら、役所から送られてきたもののようだ。
いや、官吏は役人なんだから、官吏が送るものの可能性もあるが。
よっぽど疲れているらしく、官吏はぴくりともしない。
そんなにしんどかったなら、俺に構わず寝ていてくれても良かったのに。
俺は官吏の括った髪をほどく。
効率主義だし丸坊主かと思いきや、意外とその髪は長くて綺麗だ。理由は聞いた気がする。なんだったか。
確か……変なことを言われた気がする。「この方が母親らしいだろう」とかなんとか。
母親になりたいなら、髪型よりも先に改めるべきことがあると思うのだが。
「……よく寝てるな」
今ならこの首を掻っ切って、殺せそうだ。
官吏はどんな顔をするだろう。
俺を見て、信じられない、みたいな表情を見せるだろうか。
いや、官吏のことだ。俺がそうするのも予想済みなのかもしれない。
君がそうすることなんて知っていた。
なんて、見透かしたように言うのだろうか。
「早かったな。昼休みか?」
「お前には、この返り血が目に入らないのか?」
官吏は僅かに視線を上げて、俺を見て、無感情に「どうかしたのか」と言った。
「427が言うには、貴重種の牙には感染力があるらしい。看守の一部が噛まれて、ヴァンピール化してた」
「襲われたのか?」
「ああ。殺した」
「……そうか」
官吏は手に持った書類を封筒に仕舞いながら、静かに頷いた。
「君は噛まれても問題ないのか?」
「そうみたいだな。なぁ、427。説明しろ」
「……」
「……427?」
427に同意を求めたが、返事がない。
もしかして俺の知らない間に撃たれて死んだのかと思い、慌てて確認してみるが、427はただぐったりとしていただけだった。
どうやら外傷はないらしい。
「……寝てるな」
「疲れているのだろう」
「疲れたのは俺の方なんだよ。ったく、クソガキが」
俺は悪態をつきながら、官吏の向かい側に座る。
官吏がさっきまで読んでいた書類が目に入る。それは郵便物のように見えた。
「おい、俺のだろそれ」
「いや違う」
俺が手を伸ばすと、官吏は素早くそれを取り上げた。
「は? 俺の部屋に届いたんじゃないのか?」
「私宛だ」
「お前の手紙が俺の部屋に届くわけないだろ。おい寄越せ」
「私が元々持っていたものだ。君の部屋で見つけたものではない」
「……ああそう」
真実はどうであれ、官吏が見せたくないと言うなら無理に見る必要もない。俺は引き下がり、キッチンで炭酸水をグラスに注ぎ、官吏の斜め正面に座る。
「594は?」
「彼女は寝室にいる。君の言っていた死刑囚というのは、彼女のことか?」
「可愛いだろ」
「典型的な公国民に見えたが」
「594のいいところはな、強情で愛想がないところなんだよ」
「私に似ているな」
「ぶっはっ」
俺は口に含んだ炭酸水を噴き出し、ゲホゲホと激しく咳き込んだ。
「な、何言ってんだお前? は? お前、なんかに、似てるわけないだろ! 馬鹿にするのも……!!」
「そうか」
こ、この野郎……俺をどこまでも馬鹿にしやがって……何涼しい顔してんだよ、お前には愛想がないんじゃなくて、感情がないんだろうが。
「……」
官吏は憂い気に俯き、ぼんやりと虚空を見ている。
やはり、職場を失ったのが相当ショックだったのだろうか。
このとても人とは思えないほどの冷血鬼に、そんな情緒が残っていたことが驚きだ。
「……お前もいい歳だし、この機会に、早めに退職して余生を楽しんだらどうだ? 帝国の方にでも移住して」
「なんだ、養ってくれるのか?」
「仕事が見つかればな」
「君は本当にいい子だな」
官吏は少し笑って、頬杖をつき俺を見る。
「実に優秀で、模範的だ」
「部下に殺されかけて部下を殺す看守が模範的な国とか、終わりだろ」
「私なしでも、君は上手くやっていけるだろう」
「……おい、俺の声が聞こえてないのか?」
確かに官吏は俺の方を見ているが、微妙に焦点がぼんやりと虚空を見ているような気がする。
こんな高度な放置プレイは聞いていない。
俺は先ほど半分くらい吐き出した炭酸水の残りを飲み干し、官吏を無視して立ち上がった。
「……」
「官吏、お前友達とかいないのかよ」
「……」
「……おい官吏、ぼーっとすんなお前」
俺は官吏の目を覗き込む。
官吏は目を逸らした。
「……すまない、疲れているようだ。少し寝させてくれ」
「みたいだな。リビングで寝ろ」
「……そうだな。零時に起こしてくれ」
「朝に起きろよ。なんで夜更かしの準備万端な子供みたいになってんだよ」
「……」
官吏はそのまま、自分の腕を枕に、頭を乗せて寝始めた。
本格的に子供だなこれ。
「おい、俺はリビングで寝ろって言っただろうが。何ダイニングで寝てんだお前は」
「……」
「風邪引くだろ」
「……」
「おい」
反応がない。
不眠症の俺に、自分はどこでも寝られるんだぞと見せつけて、嫌がらせをしてるのか?
俺はリビングに置いてあったブランケットを持って来て、官吏の背中にかけた。
彼が胸元に仕舞った書類の封筒が見えた。どうやら、役所から送られてきたもののようだ。
いや、官吏は役人なんだから、官吏が送るものの可能性もあるが。
よっぽど疲れているらしく、官吏はぴくりともしない。
そんなにしんどかったなら、俺に構わず寝ていてくれても良かったのに。
俺は官吏の括った髪をほどく。
効率主義だし丸坊主かと思いきや、意外とその髪は長くて綺麗だ。理由は聞いた気がする。なんだったか。
確か……変なことを言われた気がする。「この方が母親らしいだろう」とかなんとか。
母親になりたいなら、髪型よりも先に改めるべきことがあると思うのだが。
「……よく寝てるな」
今ならこの首を掻っ切って、殺せそうだ。
官吏はどんな顔をするだろう。
俺を見て、信じられない、みたいな表情を見せるだろうか。
いや、官吏のことだ。俺がそうするのも予想済みなのかもしれない。
君がそうすることなんて知っていた。
なんて、見透かしたように言うのだろうか。
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