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28 ありふれたモノローグ(後編)

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 何故か分からないが、俺はやたらと独白を聞く機会が多い。

 長々と427は、さも悲劇的な過去話をつらつらと話してくれたが、特別俺の琴線に触れるようなことはなかった。


 不幸話なんて、家族が目の前で惨殺されてから食べ物に困って姉妹を妊娠させ食ってからが始まりみたいなものなのだが。
 マセガキのくせに輪姦のエピソードすら出てこないとは、興醒めもいいところだ。

 そもそも、孤独が辛いとか思ってる内はまだまだだ。
 他人だろうが、家族だろうが、気配を感じただけで夜中に叫んで飛び起きるくらいになってから泣け。


「……つまり、お前は一度目の人生で悪魔に出会ったんだな。それで、恐らく悪魔は、お前に眷属の種を植え付けた。お前が限界になったときに、発芽するように。そしてお前は発芽した、と」

 そして恐らく、それをされたのは、427だけではないのだろう。


「それからどうしてた?」
「……」
「言いたくないのか?」
「……あまり、楽しい思い出じゃ、ないから」

 427は口ごもり、不安そうに俺を見上げる。

「その間のことで、俺がお前を責めることはしないつもりだ。ただ嘘を言うな」
「……ほんと? 427のこと、キライにならない?」

 427は心底不安そうに、くりゅりと首を回して俺を見つめる。
 俺が「ああ」と念を押すと、427はそれでも少し迷っていたが、決心して、話し始めた。


「僕は、ヴァンピールになって、ハンターに追われるようになりました。お腹が空いて、でも、死にたくなくて、だから僕は、仕方なく人間様の血を飲んで、生き永らえました。僕には力がなかったから、抵抗されるのを押さえつけて飲むことはできなかったし、一度体から出た血を飲んでしまうと、凄まじい渇きに襲われて、理性を失ってしまうから」

「同じヴァンピールの血は飲めないのか?」
「同じヴァンピールの血は、宝石なので、飲むことはできません。その体液は死んだら液体に戻りますが、死んだ後の血は、飲んでも意味がないんです」


 なるほど、つまり427はどうあっても、人間から血を吸うしかなかったわけだ。

 吸血のことに対しては本当に話したがらないので、動物でも良かったんじゃないかとか、深堀りして聞いてみたいような気もしたが、残念ながら今は時間がない。


「その間にも悪魔は、どんどん仲間を増やしていきました。僕もハンターからあちこち一生懸命逃げているうちに、ふと思い立ったんです。僕はどうすれば人間様に愛してもらえるのか」
「あぁ」

 俺は、同意とも溜息ともとれないような、中途半端な呻き声を上げた。
 どっちだったのかは、俺にも分からない。

「そうです。だから僕は、悪魔を殺しました。その残党のことも、根絶やしにします。そうすれば、僕は愛してもらえるから」
「そうか」

 そうか。としか言いようがない。
 徹頭徹尾、自己中心的にもほどがある。


 別の国なら、こんなにちっちゃくて可哀想な男の子が残酷な運命を背負ったとか思うのかもしれないが、公国ではそもそも選択権があることが稀なので、選択肢があったのに間違えたのなら同情の余地はない。

 確かにそれはお前の努めだ。俺を巻き込むな。

 何なら、ちょっととばっちりの節すらある。
 お前が恨むべきは愛してくれなかった家族であって、死にかけたところを助けてくれた悪魔じゃないだろ。さすがに同情する。悪魔側に。

 恐らく悪魔はそんなに簡単に殺されるものではないので、どこかに身を潜めているか、魔界だか冥界だかに帰っただけだと思うが、巻き込まれた罪なきヴァンピールが不憫だ。

 ……いや、罪なきヴァンピールなんて、矛盾してるか。


「……それで、427。お前がその呪いを解く方法はないのか?」
「あるかもしれませんが、僕は知りません」
「……で、お前はヴァンピールを皆殺しにしようとしてるのか?」
「いいえ」
「ああそうか……え? いいえ?」
「はい」

 427は暗い瞳に狂気を纏わせて、足をバタバタゆっくり動かしながら、その口元を歪めて言った。


「僕には夢があるんです。いっぱいの人に愛される夢です」
「そうか」
「看守様は言いました。『この場所にはたくさんの拷問具がある』と」
「そうだな」

「僕はヴァンピールが嫌いです。奴らは滅びるべきです。でも正直、そんなのどうでもいい。ただ僕は、人間様に愛されたい」

 427は俺を見据えて、くたっと首を傾げて力なく笑った。

「よく分からないけど、奴らを殺せば、僕は悪魔の言う通り、『英雄』になれるんでしょ?」


 はぁ。
 なんだやっぱりこのガキは、しっかり、ぬかりなく、狂気に侵されているわけだ。



 要領を得ない話を要約し、適度に補完し、客観的に直すと、こうだ。


 427は、連合国近くの国境の峡谷、通称を闇の谷とか、闇の峡谷とか呼ばれる場所の近くで生まれた。

 この谷は、魔界と繋がっているんじゃないかと噂されるくらいにヤバい場所で、未知物質で構成された古代遺跡やら、闇から飛び出して人を殺す謎の獣、『魔獣』なんかが発生している恐ろしい場所だ。

 魔獣は残忍かつ用心深い性格で、見つけた獲物をすぐには殺さない。
 恐怖を煽り、必死で逃げる獲物の体力が尽きるまで追いかけ続け、弱り切って動けなくなったところを捕食する。


 427は生まれてすぐに家族に捨てられ、売られた先は『ミミズ小屋』。
 奴隷どころか干しエビみたいな扱いで、魔獣を狩るために、その餌としてロープに括られ、森の奥に送られる。
 そして魔獣に見つかったら、ロープを頼りに必死で戻って来る。

 その食事時を狙って狩るため、どんなに頑張っても子供は食われる運命だったりするが、それはまた別の話。


 さて、そんな餌にされた427は、森の奥を彷徨い歩き、ついに魔獣に見つかってしまった。
 戻ろうとしたが、ロープは、どこかで絡まったのか魔獣が噛んだのか狩人が切ったのか、とにかく何故か切断され、427は深い森の中で魔獣に追われながら遭難することになってしまった。

 427は殺されないように闇雲に逃げ惑う内、闇の峡谷の中に入っていった。

 真っ暗な谷の中、幼い子供が一人、日の光の射さない死の世界。
 さぞかし怖かったことだろう。
 そして奪われていく体温と、食糧など持たされているはずのない427は、死を悟り、その間際、渾身の力で、祈った。

 しかし、そこは光のない世界。神の目の届かない闇の世界。
 その祈りは天には届かなかった。

 代わりにそれを聞き届けた悪魔は、狡猾に姿を現し、427に呪いを施し、消え去った。


 その呪いとは、眷属化だ。

 飢えも渇きも知らない肉体、超人的な身体能力、宝石を生み出すその奇跡。
 それは間違いなく『益病』だ。
 飢えに苦しむ貧民にとっては、それは救済になり得る。

 その感染方法は、恐らく427自身による意思が関係している。
 ヴァンピール化と生命維持のための吸血は恐らく無関係だ。


 悪魔はこういう関係を想定してこんな力を与えたのだと思う。

 ヴァンピールは、宝石を対価に吸血を。
 人間は、吸血を対価に宝石を。


 そうやって、吸血することを許されれば、ヴァンピールは問題なく、人と共存できるのだろう。
 故に悪魔は427を『英雄』と呼んだ。
 しかし同時に、その偉業は成し遂げられないと知っていた。

 人は決して犠牲を許容しない。
 宝石のために血を差し出すなんてあり得ない。
 むしろそれを知ったら、より強く、彼らを弾圧するだろう。


「お前はヴァンピールを増やさなかったのか?」
「増やさないもん。嫌いだから」

「つまり、お前の意思でヴァンピールにするのかどうかは制御できるんだな」
「……うん」

「どうやって増やす?」

「一緒。でも、首じゃないとだめ。そのときに、ヴァンピールにしようと思えばヴァンピールになるし、思わなければ、人間のまま。ヴァンピールになると、眷属になるから、自分の思い通りにできるの。……基本的には」

「つまり、他のヴァンピール全部が、ヴァンピールを増やせるってわけじゃないんだな。じゃなきゃもっと爆発的に広がってる。感染を広げられる存在は限られてて、だがお前だけじゃない」
 
「純血種だけだよ」
「純血種ってのは?」
「始祖と、その直系の眷属」
「始祖ってのは?」
「悪魔の直系の眷属」
「直系の眷属ってのは?」
「正当な後継者として、力を分け与えた眷属」

「それを官吏には?」
「……聞かれてないもん」

 多分、あの研究所の奴らが欲しがったのはそういう情報なんだろうなと思いながら、俺は「ああそう」と言う。


「だって、だって、ててが痛くて、あんまり考えられないんだもん! すごく痛くて、頭がぼんやりして、聞かれたことに答えるのに、精一杯になっちゃうの!」

 427は慌てたように言い訳した。
 別に責めているつもりはなかったが、そう聞こえたのかもしれない。

「お前が暴れるから拘束されるんだろ」
「暴れてないもん……427、良い子にしてるもん……」
「じゃあ『痛いからやめて』って言えばいいだろ。幼稚園で習わなかったか?」

「でも……せっかくしてもらったのに、申し訳ないかなって」
「奴隷根性極めすぎだろ、気持ち悪い」
「んへへ」
「嬉しそうにするな」

 俺は溜息を吐いて、一応頭を撫でてみた。
 427は嬉しそうに、目を閉じて笑った。
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