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27 ありふれたモノローグ(中編)

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 の僕は、貧しい猟師の子でした。


 連合国との国境にほど近い峡谷近くにある、小さくて貧しい村の、その中でも一際貧しく、卑しい子です。

 僕の両親の家族は、村の長に子を差し出し、その対価で暮らしていました。

 珍しいことではありませんでした。
 看守様もご存知のように、卑しい都の外の者が生み出せるもので最も価値のあるものは、女の腹から取り出される、肉なのですから。

 だから僕は物心ついた頃には、家畜の如く村の長に売られたのです。


 買われた子は、色々な最期を辿りました。
 にスライスされた子。
 仲良しの小鳥と一緒に石に埋まった子。
 国境の砦に買われた子は、どうなったか知りません。

 けれどそうでなかったほとんどが、獣に食べられて死にました。

 大きな声で泣く子供は、獲物を誘き寄せるための撒き餌だった。
 逃げ惑っている内に、迷子になって置き去りにされて死にました。


 僕も追われて逃げていて、遠くの遠くまで逃げて逃げて逃げ続けて。
 何度も転んで傷だらけになりました。
 でも止まることはできなかった。
 

 そのうち日が暮れて、僕は自分の居場所も分からなくなって。
 悲しくて怖くて泣きながら、ぐるぐる歩き回っている内に、真っ暗な谷に迷い込みました。


 谷には知らない石でできた建物がたくさんあって、知らない石ころもたくさん転がってて。
 僕は泣きながら、疲れ果てて座り込みました。


 たくさん転んで血も出てて、お腹も空いたし喉も乾いて、ああこのまま死ぬんだろうなって気がついて。

 僕はその時願ってしまった。
 祈ってしまった。

 僕は家族が欲しかった。
 僕は仲間が欲しかった。
 僕は愛されてみたかった。


 僕の祈りは、悪魔に届きました。

 悪魔は僕の前に現れて、僕の願いを叶えてくれると言いました。
 悪魔は僕に、一つの呪いをかけました。


 お前に、才能を与えよう。
 この国を、そして全ての人間を、救う才能だ。
 お前の力は、貧しい者を救い、富める者をより満たすだろう。

 
 感謝することはない。これはテストだ。
 それも、君に対してのものではない。

 恐らく失敗するが、それでいい。多くを知る必要はない。
 可哀想なに、幸運を。


 そして僕は、次に目覚めた時には、看守さまがご存知のように、名家の分家に引き取られ、たくさんたくさん愛情を頂いて育ちました。
 本家に引き取られてからも、僕の人生はずっとずっと幸せでした。

 ……確かに、お折檻をいただくこともありました。
 でも、あの真っ暗な谷でひとりぼっちで震えていたあの時の僕からすれば、雲の上の生活でした。

 だって、明日もきっと、今日のように生きられる。
 痛くても苦しくても、それでも死ぬ必要はない。
 それに僕には家族がいた。家族がいたんです。
 僕が生まれてから死ぬまでずっと抱き続けた、家族との暮らしが、そこにあった。


 ――あの子は、すごく優しい子でした。
 僕みたいなつまらない奴にも、優しく接してくれて、笑いかけてくれて、僕にとっては、本当に、毎日救われる思いでした。

 はい、あの子はまだ赤ん坊でした。ベビーベッドの中にいました。


 それでも奥様は僕のことを重用してくださって、それで僕にあの子のお世話をするように仰せになったんです。

 あの子のお世話をするのは、本当に楽しかったです。
 僕の腕の中で眠るあの子のことが、僕は心の底から大好きでした。
 大好きで大好きで大好きで、本当に、本当に、本当に本当に本当に大好きだった。

 ……

 ……違うよ、恋愛感情なんかじゃない。

 ……だってあの子は、僕が好きになっちゃいけない子だ。
 本家の子で、僕の家族。
 僕のために世界でたった一人笑ってくれる女の子。

 ……

 ……

 ……そんなの、分からないよ。

 
 ――その日僕はすごくお腹が空いていて、あまりにも空腹だったから、あの子にあげるためのミルクを飲んでしまいました。

 もちろん空腹になったあの子は泣いて、お腹が空いたって訴えた。

 僕はなんとかあやそうとしたけど、ぜんぜん上手くいかなくて、あの子は泣き叫んで、お兄様はお疲れになっていました。

 お兄様は僕に「出ていけ」と言った。
 すごく寒い日で、外には雪が降っていて、だからお外に連れて行くことはできなくて。

 お外に連れて行かれたら、きっとあの子が死んじゃうから、僕は一生懸命にお願いして、許していただこうとしたけど、どうしようもなくて。

 僕は真っ赤に焼けた鉄の火かき棒で、お折檻を頂いて、僕は気を失ってしまいました。


 ……そうです。僕はあの子を噛んだ。


 あの子の血は、蕩けるように甘い蜜のような味だった。


 次に気がついたとき、僕はただ一人でその場所にいた。

 あの子だけじゃなく、他のみんなも誰もいなくて、ただ僕だけが、真っ赤な部屋の中に、たった一人で佇んでいて。


 僕は一人になった。
 また孤独になってしまった。

 今度は僕自身の牙で、大切だった全部を殺した。


 何日も泣きました。
 僕が飲んだ血と同じくらいに、涙を流しました。

 ずっとずっとずっと。
 ずっとずっとずっとずっとずっと。

 涙は崩れず散らばって、割れた窓ガラスと混ざりました。
 それで僕は、自分が最早人ではないのだと悟りました。


 僕は人から逃れるように、家を去りました。
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